WHAT’S 夜好性?
ネットから拡散する次世代アーティストたち。
「ヨルシカ」「ずっと真夜中でいいのに。」「YOASOBI」と“夜”という言葉に由来する3組のアーティストの音楽を愛好するリスナーの総称として登場。3組ともにボーカロイドクリエイターが関わったYouTubeへのMV公開がきっかけでブームが急速に広がる。ネットカルチャーが流行を生む、新しいJ‐POPシーンのカタチに、いま注目が集まっている。
ヨルシカ
文学的な歌詞と郷愁ある音色が胸を打つ。
ボカロPとして活動していたコンポーザーのn-buna(ナブナ)が、ボーカリストsuis(スイ)を迎え2017年に結成。コンセプチュアルな物語性を持つ楽曲が人気。2ndミニアルバム『負け犬にアンコールはいらない』収録の「ただ君に晴れ」は、今年10月にストリーミング累計再生数1億回突破した。2021年1月27日にEP『創作』をリリース。
ずっと真夜中でいいのに。
ネット世代クリエイターとJ‐ロックの融合。
ボーカル、作詞作曲を手がけるACAねを中心とした“特定の形をもたない音楽バンド”。2018年6月、YouTubeに「秒針を噛む」のMVを投稿し、活動スタート。楽曲には、ぬゆり、100回嘔吐、煮ル果実など著名なボカロPが参加し、独自の世界観を確立。『約束のネバーランド』など映画主題歌にも抜擢され、ますます注目が集まる。通称「ずとまよ」。
YOASOBI
“夜好性”のアイコン的存在となったニューカマー。
小説を音楽にするというコンセプトのもと結成。ボカロPのAyaseとボーカリストikuraの2人組ユニット。2019年、「夜に駆ける」のMVをYouTubeに公開し、デビュー。本曲は現在までに累計再生回数が2億回を突破。2021年1月6日に初のフルアルバム『THE BOOK』をリリース予定。匿名性を掲げる他2アーティストと異なり、雑誌・TV・ラジオにも出演。
夜好性の人気を読み解く徹底対談!
音楽プロデューサー、音楽評論家の冨田明宏さんと、編集者の小松香里さんが、夜好性の人気を読み解きます。
それぞれの夜の時間に、寄り添ってくれる音楽。
小松:“夜好性”というキーワードが、ここまで大きな注目を集めたのはやはり「YOASOBI」の「夜に駆ける」のブレイクにあったと思います。この曲のリリースは、2019年11月なんですよね。でも、バズったのは半年以上後なんです。Billboard JAPAN Hot 100で1位を獲得したのが2020年6月1日付のランキング。日本がコロナ禍でステイホームをしていた頃です。みんな通勤・通学中はスマホで音楽を聴くけど、家にいたからYouTubeで音楽を“見て”いたんです。
冨田:YouTubeでMVを見たくなる音楽。3組の共通点はまさにそれですよね。彼らのルーツは、ボーカロイドカルチャーですから。アニメーションなどの映像と音楽を組み合わせて作品世界を構築する文化が基本としてある。それをYouTubeなど動画投稿サイトにアップすることでクリエイターはリスナーと作品の“物語”や“音楽”を共有します。
小松:家にいるからこそ視覚的なものを楽しみたくなる。「THE FIRST TAKE」というチャンネルで、「DISH//」の北村匠海さんが歌う「猫」も話題になりましたが、今年はYouTubeから音楽のブームが次々と出ましたね。
冨田:あと、“夜好性”というくらいだから、3組とも夜の音楽らしさがある。しかも、夜に騒ぐというより、ひとり夜の部屋で静かに聴くようなもの。人々の日常に寄り添う夜の音楽です。不安な日々が続く中、YouTubeのコメント欄でリスナーがそれぞれの思いを語れたことも大きい。複雑な物語の考察をし合ったり、共感した思いを投げ合ったりして音楽と密接につながり、物語を掘り下げることができた。そのことが再生回数やチャンネル登録者数となって、この熱気ある人気につながったと思います。CDの売り上げやTV出演、ラジオオンエアの数でヒットを決めていた従来の音楽シーンとは明らかに違う広がり方、スターの生まれ方だなと思います。
小松:そもそも“夜好性”って言葉が生まれたのも大きかったのでは? お笑いの“第7世代”じゃないですけど、ひとつの括り方として確立したことでわかりやすく広まったと思います。また、2010年以降、米津玄師さんはじめボカロ出身のクリエイターがJ‐POPのメインストリームで活躍するようになってきました。この3組もまさにその流れだと思います。冨田さんがおっしゃるようなボカロ的な要素をベースに持ちながらも、決してそれだけではない。J‐POP的なマスに訴えかけるアプローチをしっかり感じます。
夜好性的アプローチは今後も増えていくはず。
冨田:確かに音楽的にもそれぞれ強度とカラーがありますよね。ボカロ世代ももはや第4とか第5世代目。彼らは、ボカロ文化もJ‐POPも分け隔てなく自分たちの音楽に取り入れています。例えば「東京事変」や「ゲスの極み乙女。」のようなテクニカルなサウンドやジャズっぽい鍵盤の響きはボカロ的な疾走感や音楽的快感を引き出す音作りとも相性がいい。その影響を色濃く感じます。
小松:3組の中でも異質というかJ‐ロックの系譜を感じるのが「ずっと真夜中でいいのに。」だと思います。ACAねさんを中心とした“特定の形をもたない音楽バンド”で、100回嘔吐ら様々なボカロPが編曲で参加しています。サウンドは、めちゃくちゃ技巧派のバンドサウンドで、それこそ川谷絵音さんが絶賛しています。プログレ的な展開と音数の多さ、そしてそれに乗る奇抜なメロディライン…これでもか、と繰り出される情報量に圧倒されます。楽曲によって様々なクリエイターと組んでいるので、ジャンルの幅が広いのも特徴的。
冨田:一方、「ヨルシカ」と「YOASOBI」は物語性が重要なキーワードとなっているユニット。時にネガティブな感情も吐き出す内省的な歌詞世界は多くのリスナーの胸にグサグサと刺さっています。そんな重たいストーリーを体現するからこそ、大事になってくるのはボーカル。いや、基本的なところですけれど、みなさん、歌がうまいですよね(笑)。
小松:「YOASOBI」のボーカルのikuraさんはもともと幾田りら名義でソロ活動をしていて、様々な楽曲のカバー動画で有名な存在だった方。透明感ある歌声は、彼女がピカいちでは。
冨田:「ヨルシカ」のsuisさんはもはや主演女優ですよね。コンポーザーのn-bunaくんが映画監督のように描く物語を巧みに表現している。
小松:suisさんは、TK from 凛として時雨の楽曲にも参加していますが「ヨルシカ」の時とは、また違う歌声で驚きました。様々な演じ分けができる歌声はさらなる可能性を秘めています。この3アーティストの今後も楽しみですが、“夜好性”的なアプローチをするミュージシャンはもっと登場するでしょうね。
冨田:僕が注目しているのは、独自の3Dアバターを持つTHE BINARYやVシンガーの花譜などのボーカルプロジェクト。それと「うっせえわ」という楽曲で、メジャーデビューした現役女子高生シンガーのAdoも素顔を出さずSNS中心で活動している“夜好性”好みのサウンドです。
小松:戦略的にYouTubeを上手に使っているVaundyも今の時代に必要なセルフプロデュース力に長けているなと思います。
冨田:総じて言えるのはネット時代の今を如実に反映しているムーブメントが“夜好性”だということ。今後も、どう進化していくのか注目していきたいですね。
とみた・あきひろ 音楽プロデューサー、音楽評論家。内田真礼、黒崎真音らを手がける。幅広い音楽ジャンルに精通し、アニソン評論ではTV、ラジオ出演も多数。文化放送『神ラボ!』などラジオレギュラー番組も。
こまつ・かおり 編集者。カルチャー誌、音楽誌の編集部を経て2019年、独立。音楽、映画、アートのジャンルを中心に幅広く執筆。本誌の音楽関係のインタビューも手がける。
※『anan』2020年12月23日号より。取材、文・梅原加奈
(by anan編集部)