
小島秀夫の右脳が大好きなこと=⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚫︎を日常から切り取り、それを左脳で深掘りする、未来への考察&応援エッセイ「ゲームクリエイター小島秀夫のan‐an‐an、とっても大好き⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚫︎」。第25回目のテーマは「“ファンならざる”ものたち」です。
3月上旬、テキサスで開催されるSXSW(注1)に登壇するため、渡米した。LAX(注2)に到着し、自動入国審査を済ませ、迎えの車へ向かおうとしたところ、「サインをくれ!」と、数人のファンに囲まれた。コアファンらしきものもいるが、まだ幼い少年、若い女性、老婦人、ゲームには縁が無いような風貌も混ざっている。手にはそれぞれ大きなボードを重ねて持っている。ボードにはネットで拾ったと思しき僕の写真、MGS(注3)のビジュアル、ゲームのパッケージや取説がどれも青いテープで貼り付けられている。素材、大きさ、フォーマット、全てが同じ。残念ながら、彼らはファンではない。彼らはセレブやスターをパパラッチし、追い回し、強引にサインを強請(ねだ)る、“autograph hounds(サインハンター)”や“grapher(グラファー)”(注4)と呼ばれる、成功報酬で雇われた“ファンならざる”ものたち。ファンであれば、サインよりもスマホで写真を撮りたいはずだ。ところが、彼らはサインだけが欲しい。eBayで売りやすくするためだ。
彼らの中にはリーダー格がいて、法に触れないギリギリのラインを監視、指示している。だから、誰も注意できない。頭のいい連中なのだ。こういう“グラファー”は世界中、何処にでもいる。NYでは車やバイクで追われたこともある。
いつもの鮨屋で夕食。帰ろうと業者用の地下駐車場に降りると、空港にいた連中がいた。「カウンターにタランティーノがいたぞ!(本当の話) そっちを追えよ」と。なんとか振り切り、ホテルに辿り着く。車を降りて、発信機が車に仕掛けられてないか、入念にチェックしたが、何も見つかるはずもない。情報通によれば、ホテルやレストランのお預かり駐車(バレーパーキング)(注5)の担当者が情報をパパラッチに売って、副収入を得ているという。
2日後、テキサスへ向かうため、再びLAXへ。またあの連中が現れた! 数は倍に増えている。チェックインカウンターまで付いてきて、サインを要求し続ける。「本当にファンなのか?」と聞くと「ファンだよ」と。仕方なく、整列してもらい、全員にサインをする羽目に。しばしの静寂が戻ってくる。セキュリティを抜けて、搭乗ゲートまで行く。するとそこにまた別班がいた! もう頭がおかしくなりそう。
テキサスのオースティン・バーグストロム国際空港に到着。ここでも待ち伏せをされていた! 異国の女性、高齢女性など、ゲーマーとは思えない人たちもいて、何かを怒鳴りながら興奮気味。「サインはしない」と言うと、「ロスではしたじゃないか」と、恨み節で空港内を延々と付いてくる。LAXでサインをした情報も彼らは共有しているらしく、整列までして見せた。明らかにロス班より、凶暴。しかし、かなり訓練されているようで、強い態度は見せない。ヘらヘらと笑いながら、こちらが根負けするのを待っている。キレそうになった頃、手荷物受取所(バゲージクレーム)(注6)に到着。セキュリティたちが待機してくれていた。彼らと合流、車まで同行してもらう。車に乗ると白髪の隊長がハンドルを握りながら、「元特殊部隊の若い屈強な現役セキュリティがSXSW開催中、あなたを警護するので安心して」と挨拶、いいねをくれた。
ホテル到着直前、ロビーにそれらしき連中が屯(たむろ)しているとの情報が入る。急遽、地下の裏口から入ることに。裏口に車を寄せて急停車。扉を開けると、空港にいた女性が突進してくるではないか! セキュリティたちに盾になってもらいながら、直通エレベーターへと急ぐ。女性はエレベーター内まで入ってこようとする。まるでゾンビ映画だ。セキュリティの一人、Sさん(仮名)は、僕の部屋の前で待機、安全を確保してくれた。
SXSW期間はずっとSさんに同行してもらった。ロビーやメインエレベーターは使わず、荷物用エレベーターと異臭のする厨房の裏、従業員入口を通って移動した。スパイ映画さながらだ。
無事、SXSWでの発表も終了。帰りのオースティン空港。彼らは一人もおらず、ホッとしたにもかかわらず、乗り継ぎのLAXに到着すると、ボーディング・ブリッジの向こうに連中がアンブッシュしているのが見えた。Sさんが出ていき、彼らに直接話をすると、蜘蛛の子を散らすように消えていった。残ったのは指示役らしき男性2名。夜中の1時過ぎだ。もっと効率のいい仕事は他にあるだろうに。僕のことを知っていたラウンジの若いスタッフが気を利かせてくれ、出発までの間、VIPルームを使わせてくれることに。Sさんは僕をゲートまで無事送り届けた後、最終深夜便でオースティンへ帰ると言う。寡黙だが、職務を全うする信頼できる好青年だった。搭乗時間になり、ゲートに赴いた。その際、Sさんと固い別れのハグをした。彼には随分とお世話になった。軍を抜けたとはいえ、彼が携わるのは現役隠密任務。なので、本名も素性も明かせない。写真も撮れない。勿論、プライベートな会話もできない。でも、彼のことは忘れない。“ファンならざる”ものたちとの顔や嫌な記憶は忘れたとしても。
注1:SXSW サウス・バイ・サウスウェスト。1987年からテキサス州オースティンで毎年3月に行われている、テクノロジー、映画、テレビ、音楽など多様なカンファレンスが行われるイベント。世界中のクリエイティブコミュニティの人々が集う交流の場にもなっている。
注2:LAX ロサンゼルス国際空港。
注3:MGS 1998年に発売された、小島秀夫が手がけたゲーム『メタルギアソリッド』。
注4:autograph hounds、grapher 売却することを目的とした、 有名人のサインの収集者。
注5:お預かり駐車(バレーパーキング) ホテルやレストランで、係員に車を預け駐車をしてもらうサービス。
注6:手荷物受取所(バゲージクレーム) 空港などで預けた手荷物を引き取る場所。
今月のCulture Favorite
Profile

小島秀夫
こじま・ひでお 1963年生まれ、東京都出身。ゲームクリエイター、コジマプロダクション代表。’87年、初めて手掛けた『メタルギア』でステルスゲームと呼ばれるジャンルを切り開き、ゲームにおけるシネマティックな映像表現とストーリーテリングのパイオニアとしても評価され、世界的な人気を獲得。世界中で年間最優秀ゲーム賞をはじめ、多くのゲーム賞を受賞。2020年、これまでのビデオゲームや映像メディアへの貢献を讃えられ、BAFTAフェローシップ賞を受賞。映画、小説などの解説や推薦文も多数。ゲームや映画などのジャンルを超えたエンターテインメントへも、創作領域を広げている。
写真・内田紘倫(The VOICE)
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