
小島秀夫の右脳が大好きなこと=○○○○⚫︎を日常から切り取り、それを左脳で深掘りする、未来への考察&応援エッセイ「ゲームクリエイター小島秀夫のan‐an‐an、とっても大好き○○○○⚫︎」。第37回目のテーマは「能ある鷹は深爪を隠す」です。
歳を取ると、普通に日常で簡単に出来ていたことが、難しくなってくる。思いっきり走ったり、思う存分飛び跳ねたり、急な坂道や階段を駆け上がったり。子供のように快活に動けなくなる。持久力も柔軟性もなくなる。運動神経や筋力、体力だけではない。加齢と共に記憶力も、脳の回転も落ちてくる。視覚や聴覚など五感も衰えてくる。
そんな衰えの中で、悩まされていることがある。自分の足の爪がうまく切れないのだ。昔から“能ある鷹は爪を隠す”というが、“年老いた鷹は爪さえも切れない”では、洒落にもならないが、あまりにも些細な悩みなので、これまで誰にも相談は出来なかった。
手の爪はまだ切れる。厄介なのは、足の爪だ。老眼も進んではいるのだが、6年前に目の手術をしたこともあり、足先にうまくピントが合わせられない。裸眼でも、眼鏡をかけてみても調節が出来ない。おまけに足爪を切るための姿勢がうまく取れない。体操部だったのにもかかわらず、股関節が硬くなり、爪がちゃんと切れる定位置を作り出せないのだ。
いろいろと試してはみた。床に座って足爪に対峙する。ソファの上に足を乗せてみる。もしくは、椅子に座って机の上に足を乗せてみる。あるいは、立った状態でしゃがんで足爪に対峙する。ところが、どうやっても、爪を切る最適なポジション取りが出来ない。
右利きなので、特に右足はかなり切るのが難しい。見えていない状態で切ることになり、ついつい深爪をしてしまう。切り口も綺麗にはならず、歪な形になってしまう。同じように、ヤスリもうまくかけられない。
切れ味がすこぶる良いとされる爪切りもいくつか試してみた。メイクさんから頂いた最高級の爪切り“匠の技 ステンレス製高級つめきり”も試してみたが、うまくは切れなかった。僕の足指は、親指より人差し指がかなり長い。欧米人に多く、日本人には約25%しかいないと言われる“ギリシャ型”と呼ばれる足形だそうだ。
そのため、常に爪の手入れをしておかないと、靴下がすぐに破れてしまう。運動やストレッチで負荷をかけると尚更だ。迷信好きの両親からは、“秀夫は、人差し指が長いから、親より出世するぞ”と、呪文のように何度も言われた。
僕は、何歳くらいから爪を自分で切っていたのだろう。もちろん、幼児の頃は、おそらくは母親だろうが、誰かに切ってもらっていたはずだ。幼稚園児くらいの頃だったろうか、普及している“テコ型”ではなく、大人用の“ペンチ型”の爪切りを拝借して、自分の爪を切る練習をしていたのを微かに憶えている。一方で、小さな“ハサミ型”の爪切りで、子供たちの爪を切り揃えていたのは、つい最近のように鮮明に憶えている。
足ツボやマッサージ(連載
参照)、リフレクソロジーには頻繁に通っているが、爪の手入れをしたことはない。台湾に出張した際に、足ツボ専門店で足の手入れ(小刀を使った足裏の角質取り)を何度かしてもらったことはある。それでも、爪は切ってもらったことはない。大人になってから、足の爪を他人に切ってもらうという発想は、僕には全くなかったからだ。いつものように、コペンハーゲンの自宅にいるレフン監督(注1)と東京のコジプロとを繋いで、定例の雑談に近いZoom会議をしていたある日のこと。「ごめん。これから足を綺麗にしてもらいに出るので会議を終了するね」と言われた。「足を綺麗に?」いつもは“ピラティス”や“タイ式キックボクシング”が会議の終了理由だったので、興味が湧いた。
それで詳しく聞いてみた。レフン監督曰く、足の爪や角質などの手入れを定期的にやっているのだと。特に珍しいことではなく、デンマークでは当たり前だと、照れながら告白をした。「へえ、そうなの!?」と驚いていると、Zoom会議にパリから参加していたセシール(注2)も同じような手入れをしているという。そこでようやく気がついた。なるほど! 切れない爪は、人に手入れしてもらえばいいのだ! と。
ネットで検索してみると、足の爪を整えてくれる専門店として、“フットケアサロン”、“ネイルサロン”、“足爪切り専門店”、“フットケア外来(医療機関)”などが引っかかった。どこも爪を切るサービスがあるらしい。辿り着いたのが、ヘアケアやネイルケアなどをしてくれる男性可の“トータルビューティー”のお店。偶然にも、通院している病院が入っている複合施設にあるという。予約して、お店へ向かった。
店内には、僕の他に男性客は見当たらなかったが、指のネイルケアをしてもらっている女性客で随分と繁盛していた。慢性的な寝不足が続いていた僕は、座ってすぐに睡魔に負ける。落ちている間の90分。爪を切ってもらい、角質を除去してもらい、最後にマッサージをしてもらったらしい。
ずっと眠っていたので、何をどうしたら、こうなったかはわからないが、“綺麗な足”が目の前にあった。足自体もすべすべ、赤ちゃんのような質感。爪は完璧な曲線を保ち、健康的な光沢を放っている。これなら、足タレができるのでは! と思ったくらいだ。
帰宅して、お風呂に入ってからも、他人のような“自分の足”を何度も眺めた。そこで、わかった。人は生まれ落ちて、親に爪を切ってもらい、同じように今度は子供の爪を整え、また年老いてからは、他人に爪を切ってもらう。これが爪をめぐる人生の輪廻なのだと。“能ある鷹は深爪を隠す”のではない。“能ある人に爪を切ってもらえばいい”。
注1:ニコラス・ウィンディング・レフン監督 デンマーク出身の映画監督。『DEATH STRANDING』にハートマン役で出演。昨年小島秀夫とPRADA AOYAMAにて展覧会「SATELLITES」を開催。
注2:セシール セシール・カミナンデス。メタルギアシリーズに登場する鳥類学者のモデルとしても知られる。
今月のCulture Favorite

『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』 でドールマンを演じた声優・杉田智和さんとの、 対談取材時後の一枚。

パリのノートルダム大聖堂にて。
Profile

小島秀夫
こじま・ひでお 1963年生まれ、東京都出身。ゲームクリエイター、コジマプロダクション代表。1987年、初めて手掛けた『メタルギア』でステルスゲームと呼ばれるジャンルを切り開き、ゲームにおけるシネマティックな映像表現とストーリーテリングのパイオニアとしても評価され、世界的な人気を獲得。世界中で年間最優秀ゲーム賞をはじめ、多くのゲーム賞を受賞。2020年、これまでのビデオゲームや映像メディアへの貢献を讃えられ、BAFTAフェローシップ賞を受賞。映画、小説などの解説や推薦文も多数。ゲームや映画などのジャンルを超えたエンターテインメントへも、創作領域を広げている。

PC版『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』が発売中!
小島秀夫監督が編集したロンチトレーラー“No Rain, No Rainbow”
写真・内田紘倫(The VOICE)
anan 2492号(2026年4月15日発売)より


















