綿矢りさ
わたや・りさ 1984年生まれ、京都府出身。2001年「インストール」で文藝賞を受賞しデビュー。2004年には「蹴りたい背中」で芥川賞を受賞。『勝手にふるえてろ』『ひらいて』など映画化作品も多数。最新著書『グレタ・ニンプ』(小学館)が発売中。
ゆっきゅん
1995年生まれ、岡山県出身。2021年からセルフプロデュースで「DIVA Project」を開始。EP『OVER THE AURORA』が配信中。映画パンフレットへの寄稿、アイドルへの詞提供などマルチに活躍する。
人生が見逃せないブリトニー・スピアーズ
こんな質問、作家の方にする人間はいないと思うんですけど、やはり気になるのでさせてください。綿矢さんにとってのDIVAは誰ですか?
歌手でいうなら…やっぱりブリトニー・スピアーズですかね。
そうです。私の高校は英文系で、修学旅行として1か月アメリカに短期留学ができるんです。私はそれでサンフランシスコに行ったんですけど、ちょうどその頃、ブリトニー・スピアーズがすごく人気な時期でした。
はい。スーパーの前に設置してあるカプセルトイとかも、ブリトニー・スピアーズ。
制服を着て踊っている「…Baby One More Time」の頃からもう25年以上経ちますが、今でもずっと好きです。
ブリトニーは、全盛期のキラキラした時も好きなんですけど、丸坊主になったり、傘をパパラッチの車に叩きつけたり、スキャンダルや狂気を孕んでいた時期も含めて、年々愛着が増しています。精神的に不安定だった時期を経て、アルバム『Circus』で再起を図って、実際に人気が再燃して、日本にも来てくれたんです。それを辛酸なめ子さんと一緒に観に行きました。
ブリトニーが好きだってどこかで公言していましたっけ?
あまり言える機会はないですよね。だから質問してもらえて嬉しいです(笑)。
私、本家のDIVAも好きだけど、それに憧れて近づこうとする人も好きなんです。アイドルが卒業後に自由にソロをやる時とか、自分がなりたいアーティスト像が明確で、たとえ今の実力が伴っていなかったとしても、力ずくでその理想に近づこうとしている人に「ブルース」を感じて惹かれます。普通なら見ていて恥ずかしくなったり、痛々しいと思ってしまうような場面でも、その必死さを見ると、むしろ愛おしさやリスペクトが止まらなくなるというか。
客観的に見れば哀愁を感じたり、本家に比べて貧乏くさく見えるような状況でも、ゆっきゅんさんはそれが「エモい」になってるんですね。たしかに、完璧な姿もいいけど、人間的な陰の部分や、周囲がコントロールできないような姿にこそ、目が離せない魅力があったりしますよね。
そう。ここまでくると、人間として惹かれちゃいますよね。
生命力があるDIVA作家・宇野千代の魅力
本の世界だと、私は宇野千代さんが好きなんです。着物を自作していたり、ファッションも素敵で。それに奔放な恋愛関係をあの時代に包み隠さず言っていたところとかも、やっぱりDIVAだなと思います。
10年前くらいからハマりました。エッセイで「楽しく生きれば長生きできる」ということを書かれているんですけど、実際に98歳まで生きたので、信頼感と説得力があるんですよね。
信念を寿命で証明されているなんて、すごすぎますね。
宇野さんは夜ふかしして麻雀をするなど、楽しく遊びつつ、粗食を心がけたり、足腰を鍛えたりと健康管理もちゃんとしていて、そういうところに憧れます。
以前は太宰治のような、デカダンな作風の作家が好きだったんですけど、そういう人を目標にしてしまうと、自分の人生も短くなってしまうなと思って。だんだん生命力のある人を好きになっていきました。
素晴らしいですね。インスタのアイコンも宇野千代コスプレじゃないですか。あれは一体…?
宇野千代さんが2026年度後期の朝ドラのモデルに決定したんですよ。私はいちファンなだけなんですけど、宇野さんの格好をしてインタビューを受けるようになって…私は本人でもないし、「降ろして」いるわけでもないから、本当に謎の存在になってきているんですけど。
もともとインスタは、朝ドラが決まった嬉しさで始めたファンアカウントみたいな感じだったんですけど、自分のことも発信し始めたから混ざっていっちゃって。
ゆっきゅんさんも衣装をいろいろ着られるじゃないですか。
でも私は何かになりたくて着る衣装みたいなものはあまりないんです。ライブでは自分用のオーダーメイドの衣装を着ているから、着ると「誰かになる」というよりは、「これが本当の自分です」という感じがします。
そうですね。普段着や裸でいるよりも、華美な格好をしたほうが、自分の魂があるべき形でみなさんにお届けできるというか。
社会が期待する『おしとやか』への抵抗
技術があるわけではないんですけど、人形の服をつくったりしていますね。
人形のお洋服つくってますって言われて、その人形の発想はなかったから、聞いといてよかったです(笑)。自分が少女趣味だから、当たり前にリカちゃんとかそういうのをイメージしてました。
今はこの人形に着せる用に、リアーナが着ていたマタニティドレスをつくってます。
もういろんな設定すごすぎません? ていうか、つくり方とかあるんですか?
あのドレスは布というより、「糸の集合体」みたいな感じだから、ほぼ手作業ですね。
やっぱり妊娠している姿がすごくて、惹きつけられますよね。
デニス・ロッドマン、そして妊娠といえば新刊『グレタ・ニンプ』ですよね。本当に面白かったです! このファンキーな主人公はどこから生まれたんですか?
ありがとうございます。由依はつらい不妊治療の末に妊娠したことによって、社会が期待する「おしとやかな妊婦」ではなく、今までの自分と変わりたい、殻を破りたいという気持ちが強く、ちょっと妙な方向性に走ってしまう。そういう、今までの控えめな妊婦像とは真逆の女性を描きたいなと思っていたんです。
まさに新しい妊婦像ですね。「ワタイ」という一人称、初めて出合いました。
物語が由依の視点で書かれていないところも面白かったです。
変わり果てた由依を見て驚いている人の視点で書きたかったんです。由依はどんどん変わっていったけど、彼女自身はそれを自然と受け止めている。でもそれは周りの人にとっては不自然だから、そのギャップみたいなものを書きたくて。だから夫目線で。
この主人公、すごく真面目な方なんだろうなと思いました。だって一生懸命暴れてるから。
誰かに対して反抗しているわけではないんですよね。理想からの逸脱というか。一回反発しないと、そこから出られないまま死んでいくことにもなるわけで。
荒業だけど、本来の自分を取り戻す大事さ。身に沁みました。
傍観者として、物語のDIVAの声に耳を傾ける
綿矢さんの作品の女性の主人公ってめっちゃDIVAっぽいと思うんです。
私の作品の主人公って、自分自身とは遠い存在なんですけど、たしかに出てくるのはDIVAに近いと思います。魂のままに生きている人が多いから、私も次の行動の予測ができないくらい。もちろん自分にも多少なりともそういう部分があるから描けるとは思うんですけど、ゆっきゅんさんみたいに発露するタイプではなく、常に傍観者というか。魂が突っ走る経験はあまりないんです。傍らで眺めながら、引っ張られていく人生、みたいな。
憧れはちょっとあります。自分もいつかそうなるのかなと思ったけど、全然なれていないから、こういうふうに頭の中の登場人物の話を聞いて終わりそうな人生。
聞いたのを作品にして届けてくれているんで、それはさすがにさみしく言いすぎです(笑)。
そうですね。DIVAみのある主人公の声を聞きながら書いて、ブリトニーの動向を見守る人生。
やっぱりブリトニー・スピアーズの存在は大きいんですね。綿矢さんの作品にはモデルや俳優が登場すると思うんですけど、歌手について書いたりはしますか?
ないんです。歌手に対して、自分の中で神格化しすぎているのかもしれないですね。芸能人だと表の姿と、それ以外の裏の姿を想像して書こうと思えるんですけど、歌手については表しか想像できないというか。それくらい距離が遠い存在です。
歌手もいろんなタイプがいますからね。本当に謎に包まれているタイプもたしかにいますね。
イメージとしては、マスクをしたりして喉を大切にしている。
オフの過ごし方が気になるから、そんな話を書きたいですね。
オフの話、いつでもお伝えしますよ! 綿矢さん、執筆の時は音楽をかけたりしますか?
そうですね。作中に出てくる曲を聴きながら書くこともあります。私の中で音楽は記憶と結びついているから。でも一番聴くのは寝る前ですね。
結構新しい曲を聴いています。でも配信だと懐かしいヒット曲も検索して聴けるので、マッキー(槇原敬之)も外せない。あと、最近は台湾のフォーク歌手にハマっていて、包美聖(パオ・メイシェン)はオススメです。
✍️ ゆっきゅんのまとめ
頭の中にDIVAを宿しながら傍観者として描く、綿矢作品
綿矢さんは対談の日、ビビッドなピンク色の長いワンピースを着ていました。それは普段着よりも派手な装いだったらしく、新作『グレタ・ニンプ』の話をするためには、いつも通りの私服では主人公(紫色の坊主頭で一人称は“ワタイ”)との乖離が大きすぎるので、少し寄せて気合の入る服装でいらしたそうです。気合の入れ方がDIVA。
綿矢さんの作品にはDIVAと呼べるような女性がよく登場します。ここでいうDIVAとは、周りの目を気にせず(気にするよりも早く)自分の頭の中に囚われて突き進んでいくような存在だったり、大胆不敵な行動力を持つ存在だったり。綿矢さん自身はそのようには生きていなくて、傍観者として「頭の中の登場人物の話を聞いて終わりそうな人生」なんて言っていましたが、頭の中にDIVAが宿る時点でやっぱりDIVAなんですよね。
モデルや芸能人が登場する作品はいくつも書かれていますが、いつか歌手の物語も読んでみたいと軽率に思いました。綿矢さんはエッセイに「音楽はときどき記憶のパスワードだ」と書いていて、それは綿矢作品の音楽の流れ方でもあると思いました。二人の思い出の一曲や、時代の描写として流れ出す音楽があって、誰と聴いたとかどんな気持ちで再生したとかそんな情景も含めて記憶が蘇ってくる。私も音楽の持つその力が大好きです。
ブリトニー・スピアーズが脚光を浴びていた頃から今のインスタまで好きだということについて初耳だったので、どこかで書いたりしてましたかと聞いたら「インタビューで聞かれることがなくて言える機会がないですね」と言われて、そりゃそうか。作家やクリエイターが質問されるのは基本的に影響を受けた人物や作品のことで、さらにその回答は誤解されたり、過剰に解釈されないように気をつけて発言されるものだから。この連載が初めて綿矢さんのブリトニー好きに切り込むことができたのでした。光栄です。
バカな質問だと思いつつご自身の作品で一番好きなのはどれかと聞いてみたら「(最新作を除いて)どれも平等に遠い」とおっしゃっていたのも印象的でした。歌は発表してから何度も人前で歌い続けて更新されていくもので、小説だって何年経っても感想をもらうことはあるだろうけど、在り方が全然違う。
そして秋からの朝ドラは綿矢さんにとってのDIVAである宇野千代さんがモデル。数々のドラマを見逃してきた私も、これは本当に見逃せない。