町おこしとしての可能性も? 名匠アキ・カウリスマキ監督が故郷に映画館を作るドキュメンタリー

エンタメ
2024.12.18

『キノ・ライカ 小さな町の映画館』

フィンランド映画界を代表する名匠アキ・カウリスマキ監督が、故郷カルッキラにワインバーを併設する映画館「キノ・ライカ」をオープンさせるまでを追うドキュメンタリーだ。深い森や湖があり、あちこちで馬が草を食(は)んでいるのどかな田舎町カルッキラは、かつて製鉄と鋳造で栄えていたが、鋳物工場の閉鎖後は活気を失っていた。カウリスマキ監督はそんな町に映画館を作ることを思い立ち、町に住む親友の作家ミカ・ラッティを巻き込んでプロジェクトを進め始める!

アキ・カウリスマキの映画館ができるまで。

アキ・カウリスマキ監督といえば、兄ミカと共にフィンランドを代表する映画監督のひとりだ。カンヌ国際映画祭のグランプリを受賞した『過去のない男』をはじめ、『ル・アーヴルの靴みがき』や『希望のかなた』『枯れ葉』といった作品で社会から取り残された人々の人生を独自の視点で描いてきた。静謐だがユーモラスなアキの作風は、観る人の心に多くを訴えかけ、国際的にも高く評価されている。もちろんカルッキラ住民にとっては町の誇りであり、彼が映画館をオープンさせるとあって住民の間に期待と興奮の波が静かに広がっていく。

映画館へと生まれ変わるのは、閉鎖された鋳物工場だ。アキ自ら陣頭指揮を執り、現場監督としてリノベーションに取り組む過程を追いつつ、ヴェリコ・ヴィダク監督はさまざまな住民の日常にカメラを向ける。退屈なカルッキラを離れようと考えていた厩舎(きゅうしゃ)オーナーは妹と乗馬を楽しみながら、デンマーク語字幕で観たイタリア映画『自転車泥棒』の素晴らしさを熱弁する。映像の力を体感したからこそ、彼女はアキが映画館を作ると知り、町に残る決意をするのだ。地元のバー〈ヘルミ〉常連客の一人は、仲間とアキ作品について語り合いながら、お得な「キノ・ライカ」回数券を購入したと自慢する。「キノ・ライカ」開館に期待を寄せ、住み慣れたフランスから戻ったという家具職人は、『愛しのタチアナ』にエキストラ出演をした経験を語る。黙ってチェス盤に向かう初老の男性たちやチョッパーバイクの愛好家もいるし、さらにアキ作品でお馴染みの俳優やスタッフも顔を見せる。

地元感たっぷりなライブハウスやヴィンテージカーが並ぶガレージ、古い歴史を持つ工場内などを捉えた映像の構図や色調、光や音楽の使い方はまさに、ヴィダク監督による“アキ・ワールド”の再現だ。そして、終盤を飾るのは盟友ジム・ジャームッシュが語る爆笑ものの「アキとキャデラックの思い出」と、アキへのインタビュー。故郷や映画館への愛情はもとより、映画ファンだった頃の思い出やスプートニク2号に乗せられた犬ライカへの思い、いかにして独自の映画製作スタイルを形成したかなどを語る言葉から、アキの率直な人となりが伝わってくる。

ヴィダク監督は撮影前に「映画館とは何か?」と自問していたという。インターネット配信が始まり、映画を観る環境が大きく変化した昨今、映画館の存在意義は製作側、配給側、観客側でそれぞれ異なるだろう。とはいえ、「キノ・ライカ」が地方の町に変化をもたらす様子を捉えた本作を観れば、映画館には町おこしとしての可能性もあると期待感が膨らむのである。

INFORMATION インフォメーション

『キノ・ライカ 小さな町の映画館』

監督・脚本・撮影・編集/ヴェリコ・ヴィダク 出演/アキ・カウリスマキ、ミカ・ラッティ、カルッキラの住人たち、ジム・ジャームッシュ、マウステテュトットほか ユーロスペースほかにて上映中、全国順次公開。Ⓒ43eParallele

文・山縣みどり

anan 2427号(2024年12月18日発売)より

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