こぼれ落ちた記憶を辿るサスペンス・ヒューマンドラマ。
写真右・藤竜也さん、左・森山未來さん
藤竜也(以下、藤):撮影に入る前に森山さんが舞踏をされていらっしゃるのを拝見したんですけれど、大谷翔平さんみたいに何刀流もされているなんて素晴らしいですよね。隔世の感があります。そんな素晴らしい役者さんとお仕事ができて楽しいですね。
森山未來(以下、森山):藤さんが今回の映画の現場のことを“居合”という言葉で表現されていたんです。映画は舞台のように一緒に時間を共有するということが撮影の日までほぼないですし、今回は監督にもその場で生まれるものを撮りたいという意図があったようで。藤さんと現場で言葉を多く交わすことはなかったですが、ある種、映画の現場だからこそのヒリヒリ感みたいなものを浴びさせてもらいました。
藤:人間の感情ってとても複雑で、端的な言葉で表現できるものではないんですよね。私たちの職業って不思議で、ディスカッションしたりすればするほど言葉に縛られてしまうんです。でも、たとえば森山さんがちょっと視線を下げてぐっと上げる一瞬でも、小説で10ページや20ページ費やすようなものが表現できちゃったりする。それぞれが培ってきた経験を持ち寄って、役として対峙すれば、言葉はいらないんです。そういう意味で森山さんとは楽しく仕事ができましたね。
――印象的なシーンについて伺うと、「陽二さんがそこにいるだけで、私はいませんでしたから」と藤さん。
藤:陽二さんがたっくん(卓)と話している間、ふたりの成り行きを、上の方から見守っている感覚でした。
森山:まさに現場はそんな空気感でした。しかも僕が対峙した陽二さんは記憶がかなり断片的で、次に何を言い出すかもわからないし、それが嘘か本当かもわからなくて。とにかく翻弄されていたというか、この人の話のどこまでが本当なのかずっと見定めようとしていた気がします。
――映画は、掘り返されていく過去が断片的に挟み込まれて進んでゆく。
森山:最初に脚本を読んだときには、卓という人がこの状況をどう認識して反応しているのかが掴みづらくて、監督の近浦(啓)さんとかなり話させてもらいました。脚本自体、近浦さん自身の経験に紐づいている部分があったので、実際に認知症のお父さんに会ったときのことや、父子の関係値、そういったことを話している監督自身の様子など、それらから少しずつヒントをもらって、役を積み上げていった感じです。
藤:私自身も日々老いと向き合っているわけで、シンパシーを感じましたし、人生の末期に迷宮に入り込んでしまった人間というのをわりとすんなり掴むことができた気がします。妄想を話す場面も、陽二の中では実際に起きたことなわけですから、話しているうちに本当にボロボロ涙が出てきちゃったりして。
森山:物理学者でロジックの世界の中で生きてきた陽二さんが、言葉や記憶を剥ぎ取られていく中で、コアにある他者への求めが剥き出しになっていく。そういう人間の根源的な部分を感じさせる作品ですよね。
藤:怖いし感動もあるし、この映画を観終わった後の不思議な感覚を、ぜひ味わってほしいですね。
『大いなる不在』 森山未來と藤竜也が初共演を果たした注目作。トロント国際映画祭やサンフランシスコ国際映画祭など国外の映画祭でも高い評価を得ている。監督/近浦啓 出演/森山未來、真木よう子、原日出子、藤竜也ほか 全国公開中。©2023 クレイテプス
ふじ・たつや 1941年生まれ、神奈川県出身。近年の主演作に、映画『それいけ!ゲートボールさくら組』『高野豆腐店の春』などがある。また、本作で、サン・セバスティアン国際映画祭コンペディション部門最優秀俳優賞を受賞。
もりやま・みらい 1984年生まれ、兵庫県出身。俳優として活動する傍ら、ダンサーとして国内外で公演をおこなうほか、神戸に設立したアーティスト・イン・レジデンス神戸の運営にも携わるなど多岐に活動。近作に映画『ほかげ』『i ai』など。
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※『anan』2024年7月24日号より。写真・兼下昌典 スタイリスト・杉山まゆみ ヘア&メイク・須賀元子 インタビュー、文・望月リサ
(by anan編集部)