講談の世界から誕生した若きスターとして、数々のメディアに取り上げられ、若い女性からも絶大な人気を誇る神田松之丞さん。そんな彼の人気を全国区にしたきっかけのひとつが、自身がパーソナリティを務めるラジオ番組『神田松之丞 問わず語りの松之丞』だ。
「伝統芸能を生業にしながら、講談の口調ではない普通のしゃべり言葉で人様の悪口を言ってるのって、なんかおかしいじゃないですか。和服を着ているだけで許されちゃうようなところもあるし。ただ一方でそれは伝統芸能の人間だからというだけでありがたがる風潮に対する皮肉でもあるんです」
同じ局のパーソナリティやテレビ番組で共演した人など、名前をあげて「どうもあいつは信用できない」といった忌憚のない発言をする様は、聴いているこちらがドキッとしてしまうほど。そこまで言ってしまえるのはなぜなのか。
「ひとつは、自分が学生時代にテレビやラジオで好きだった人たちは、『放送室』の松本(人志)さんだとか、自由に発言していた人たちだった。なのにいざ自分が出る番になって物怖じしてたら、それはウソになる。もうひとつ、僕はあくまで講談師として活動していて、これからも講談師を続けていくつもりなので、番組に出ることが本業ではない。芸能プロダクションにも入っていないし、事務所絡みの忖度もない。ほかの方と比べて、圧倒的に自由なんです」
別の世界に身を置いているからこそ、できることは多いのだと。
「そういう意味で、今の自分の原点だったなと思う人がいまして。森本平という歌人です。彼は歌壇のホープとして作品を発表しながら、僕の高校で国語の教師をしていました。よく学校の壁に『ゴミはゴミ箱へ』という標語が貼ってあるじゃないですか。すると彼は『おれはゴミみたいなものだから』って、ゴミ箱に入って授業をやったりするんです。こうして話すと奇をてらっているようにしか思えないけど、当時は『この人は本音でやってるな』って感じました。それで彼の作品集を読んでみたら、当時はガングロギャルが流行っていて、女子高生をガスバーナーで焼いてガングロにする、みたいなことを歌っているわけですよ。短歌に興味のない人のところまで降りていき、刺激的な内容で興味を惹きつける。そうやって自分の名刺を配る。僕が講談師として今やっていることにすごく近い」
白か黒かの言葉は芸とはいえない。
高校生活が終わるころ、その後の人生を決定づける体験をする。浪人が決まり、一人で聴きに行った落語家・立川談志の独演会。あまりの感動に「帰り道は鳥肌が止まらなかった」という。
「芸に衝撃を受けたのは当然のこと、生き様にも大きな影響を受けました。談志師匠の言葉は、若者に訴える力があった。押し付けがましくないのに熱がある。ジャンルに対する愛情に溢れ、芸と戦っている。ウソを言わないための努力をしているんです。ウソを言う方が楽な場面もありますからね」
ウソのない本音を芸にするのは、誰もが真似できることではない。
「みなさんに言えるのは、ほめることは笑いになりにくいです。それよりは、くさすようなことを言うほうが、エンターテインメントになるんです。某掲示板みたいに。ただし、芸というのは言葉だけではなく、口調や前後の流れ、その場の空気なども込みで面白さを伝えているわけで、余白の部分がある。だからラジオでしゃべった言葉だけを切り取られてネットに出ると、余白の部分が伝わらずに批判が起きたりする。ツイッターなんかを見ていると、白か黒かの言葉が溢れていますよね。伝えづらいツールで言い合っている」
『問わず語りの松之丞』の中でも神回として語られているのが、出産直後の松之丞さんの妻が自宅で倒れた日のことを、ときにユーモアをはさみながら、その緊張感を見事な話芸で伝えた回だ。
「あの日は本当に追い詰められました。血を流して倒れる妻と、傍らには泣き叫ぶ生まれたばかりの赤ん坊。でもそんな状況の中、どこか俯瞰している自分もいた。これは伊集院光さんのラジオで学んだことでもありますが、辛いことがあったときこそ、その詳細を自分の番組で話すっていう。この出来事をどう話そうか、どうしたら面白くなるか、目の前の現実に面食らいながらも、頭の片隅ではラジオの構成を思い浮かべていました。妻が無事だったから、ネタにできたというのもありますが」
私たちが、話芸を身につけるにはどうしたらいいのでしょうか?
「そんなの身につけなくていいんですよ。誰もが上手に言葉を駆使できるようになる必要なんてない。必要な人なんてそもそもいない。私も発展途上で、ラジオで色々な人に怒られている。それに国民全員が僕みたいに何も恐れずものを言うようになったら、それこそ日本は終わりでしょう」
かんだ・まつのじょう 1983年生まれ、東京都出身の講談師。2007年に三代目神田松鯉に入門。数々の読み物を異例の早さで継承し、持ちネタの数は140を超える。2020年2月には真打ちに昇進予定。
※『anan』2019年2月13日号より。写真・田村昌裕(FREAKS) インタビュー、文・おぐらりゅうじ
(by anan編集部)
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