地方都市の飲食店と人間模様を描く。食をテーマにした、ごはん小説が登場

エンタメ
2023.01.16
とんかつ店、ダイニングカフェ、ラーメン店、パン屋さん…。行成薫さんの新作『できたてごはんを君に。』は、とある地方都市で飲食業に関わる人たちの人生ドラマを描く。
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「以前、ごはんに関わる話を2編小説誌に寄稿した時、ごはんをテーマの短編集を作りましょうという話になって。それで書いた『本日のメニューは。』という本が、宮崎県の書店員さんなどによる宮崎本大賞という賞をいただいたんです。それで、せっかくなのでもう一冊、ごはんをテーマにした短編集を作りましょう、と書いたのが今回の本です」

食をテーマにするにしても、なぜ、飲食店を舞台にしたのだろう。

「人と人が繋がる話がいいなと考えました。たとえば家庭料理だと家の中で話が閉じてしまう。飲食店の人と客の話のほうが、世界が広がると思いました」

今回は先にメニューを決め、そこから物語を考えたという。たとえば、とんかつ店の話では、大女将と客のボクサーとの交流が語られるが、

「まず、かつ丼というメニューを候補にした時に、かつ=勝つのゲン担ぎ、というところからボクサーをイメージしました。ボクサーは減量が必要なので、お腹いっぱい食べられない。そこから食べたくても食べられない人にとっての食事の価値、というテーマに繋がっていきました」

また、カフェのランチメニューにするカレーのスパイス調合にのめりこむ夫と、幼児の子育てに追われ孤独を募らせる妊娠中の妻の話も。

「スパイスの調合と、違う立場同士の人の調合が重なるかな、という発想です。夫は誰かに美味しいものを食べてもらいたい人。妻は子供に食べさせるのが精一杯で、それが美味しいかどうか考える余裕がない人。正反対の二人がどうなるかを考えていきました」

とある派遣社員の女性は、贔屓のラーメン店の主人が亡くなり、味を引き継ぐことを決意。しかしレシピが見つからず、味が再現できない。

「これは代替のきく人材として働いていく人生に不安を感じていた女性が、オンリーワンの人生を歩むための選択をする話になりました」

町のパン屋の長男は小麦アレルギーの少女と出会い、独立して米粉のパン屋を開くつもりが前途多難で…。

「取材先の米粉パンのお店の店長のお話を参考にさせてもらいました。自分でも米粉パンを焼いてみましたが、難しくて。作中でも最初は餅みたいなパンになりますが、それは僕の実体験です(笑)」

また、各話の合間に挟まれるのは、フードデリバリーのバイト女性のエピソード。彼女は食に興味がない。

「とんかつや米粉パンの話もそうですが、今回は食べられない人、食べたくない人も出しました。食は“いいもの”と扱われがちですが、それを楽しめない人だっている。食に価値を感じる人と感じない人をどう繋ぐか、ということもこの本のテーマのひとつでした」

それぞれの理解や発見が、人と人の結びつきに繋がっていく。

「今回は、未来への願いだったり、希望だったりをこめたつもりです」

行成薫『できたてごはんを君に。』 名物かつ丼の誕生秘話、脱サラ夫婦のカフェオープン前夜、ラーメンのレシピ探し、米粉パン研究…。魅力的な人物が続々登場のごはん小説。集英社文庫 726円

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ゆきなり・かおる 2012年『名も無き世界のエンドロール』(応募時「マチルダ」を改題)で第25回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。’21年『本日のメニューは。』で第2回宮崎本大賞受賞。

※『anan』2023年1月18日号より。写真・土佐麻理子(行成さん) インタビュー、文・瀧井朝世

(by anan編集部)

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