コロナ禍で話題作の公開延期が続き、アカデミー賞も盛り上がりは期待できないとはいえ、オスカー像の行方はやっぱり気になる。最有力と目されているのが、オスカー女優フランシス・マクドーマンドが車上生活を送る女性ファーンを演じた『ノマドランド』。ジェシカ・ブルーダーの渾身のルポ『ノマド:漂流する高齢労働者たち』をもとにしたロードムービーだ。
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ベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞し、ゴールデングローブ賞でも作品賞&監督賞の2冠を獲得。中国出身でアジア系女性としては初の監督賞受賞(女性としては2人目)となったクロエ・ジャオは、マーベルの新作映画『エターナルズ』の監督でもある。

特定のオフィスを持たず、おしゃれなカフェで仕事する「ノマド・ワーカー」がもてはやされた時代もあったけれど、ここで描かれる生き方は過酷さと背中合わせだ。思い出の品々を倉庫に預け、古びたバンに乗って、住み慣れた土地を後にしたファーンは60代。あるときはアマゾンの配送センター、あるときはキャンプ場スタッフと、仕事を求めて移動する姿は、まさに「現代のノマド」。でも、そんなおしゃれな呼び方を与えられても、その生活は原作のタイトルにあるようにまさに漂流。そもそもファーンが車上生活を始めることになったのも、夫と共に暮らしていた町そのものが企業の破綻によって消滅してしまったから。夫亡き後、たった一人で仕事を求めて移動する彼女は、とても孤独に見える。

そんなファーンを支えているのは、自分への誇り。代用教員時代の教え子の少女に、「先生はホームレスになったの?」と尋ねられ、自分はハウスレスだと答える姿は印象的だ。ホームレスとハウスレスは、全然違うのだと。

そう、ファーンが出会うノマド仲間も、ハウスレスを選んだ理由はさまざまながら、誰も自分を不憫だなどと思っていない。むしろ、家賃や家のローンから解放されたことを喜ぶ者もいれば、人生に悔いを残さないための選択である者もいる。そんなノマド仲間役で、原作にも登場する本物のノマドたちが本人役で出演。ジャオ監督は、過酷な現実をたくましく生きる彼らにアメリカの開拓者精神を感じているようで、その思いは、皮肉にも夫が不動産業で成功しているファーンの姉の言葉にもうかがえる。

とはいえ、こちとら定住してナンボの農耕民族。しかも老後に不安しかないフリーランスの身としては、ファーンがクルマを走らせる広大なアメリカ西部をとらえた詩的な映像に心洗われてばかりはいられない。その美しさが自然の大きさを感じさせるほど、帰るべき“ふるさと”を持たない人々を生む社会の現実を考えずにいられなくなるのよね。

それにしても、マクドーマンドの佇まいの味わい深いこと。彼女を見るたびに、その昔、美容整形をしていない自分のことを「年配女性を演じる歳になったら独り勝ちだ」と言っていたのを思い出すのだけれど、重ねてきた人生が刻まれた彼女の顔は、ファーンがノマドな日々を通して見つけるものを私たちの胸に深く響かせる。単純に面白いと言える作品ではないけれど、ちゃんと受け止めるためにもう一回観たくなるのも、マクドーマンドがファーンをリアルな存在にしているからだろうな。

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『ノマドランド』 監督・脚色・編集・製作/クロエ・ジャオ 製作・出演/フランシス・マクドーマンド 出演/デヴィッド・ストラザーン、リンダ・メイ、スワンキー、ボブ・ウェルズほか 3月26日より全国公開。©2020 20th Century Studios. All rights reserved.

※『anan』2021年3月31日号より。文・杉谷伸子

(by anan編集部)

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