――原作の『陸王』を読んだ時、もの作りの現場だけでなく、どんな仕事にも当てはまる物語だと思いました。たとえば、多くの分野のプロたちの熱意と誠実さがチームワークを強固にし、それが高品質の製品を作り上げていくという過程は、映画やドラマの世界にも通じる気がします。
役所:そうですね。ビジネスのために作られる映画って結構少なくて、多くの作品は、映画好きが集まって、この監督のためならって、多くのスタッフが手弁当とまでは言わなくても、極めて少ない予算のなかで頑張っていたりします。限られた予算のなかで少しでも豊かな画面になるように頑張ろうとすると、費やせるのって時間しかないんですよね。いい作品を作りたいという監督の熱だったり、その人柄を信頼して集まった人たちだから、そこに労力を費やすことを厭わないわけです。そういう現場というのは、たとえ出てくるロケ弁当が安いのり弁であったとしても、気持ちは豊かなんですよね。
――では、役所さんがこの作品に出たいと思われる決め手になったものはどんなことでしょうか。
役所:これが映像になったら自分も観てみたいなと思うのが基本ですね。あとは、信頼している監督から「来年のここを空けておいてくれ」と言われたら、一体どんな作品が来るのかわからなくても…博打ですけれど(笑)、空けたりします。
――やりたい役、やりたくない役というものはあるのでしょうか。
役所:やりたくないというより、どんなにいい役でも、自分がやっちゃったらうまくいかないんじゃないかな、と思う役はあります。いわゆる形だけでやっても、人間として表現できるか考えた時に、できない役というのはあるんですよね。
――もうひとつ、原作で茂木というランナーが、応援してくれる人の期待に応えたいと語る場面があるんですが、役所さんご自身にもそういうお気持ちはありますか。
役所:うーん…撮影中に考えているのは、まずは現場をどうするかということだけかもしれません。監督や現場のスタッフが喜んでくれたら、その先に観てくださる方がいるとは思うんですが、そこまで考える余裕はもてていないです。
――お仕事をされていて、喜びを感じるのはどの段階ですか?
役所:僕も共演者の方も、カメラに向かってではなく、お互いに向かってお芝居ができて、交流できたと感じた時が最初の喜びですね。僕は自分のエネルギーを共演者の人に渡したいし、共演者の人からももらいたい。それがフィルムに写るんだって信じていないと、この仕事を愛せないんじゃないかと思うんです。舞台もそうで、お客さんに向けて表現はしなくちゃいけないけれど、魂は同じ板の上に立つ共演者に捧げたいと思います。
――映画の舞台挨拶などでの様子を拝見していると、若い俳優さんたちと、現場でとてもいい関係を築いていらっしゃるのがわかります。俳優の先輩として、下の世代に継承していくことを意識されているのかなと思っているのですが。
役所:いまの若い俳優さんたちは皆さん立派で、お芝居も上手な人が多いですから、僕が言うことなんてありません。もしかしたら、あんな俳優にはなるまい、と反面教師にはなっているかもしれません。
――まさか…(笑)。逆に役所さん自身がお若い頃、仲代達矢さんをはじめとした名優と呼ばれる錚々たる俳優さんたちから得たものもあったのではと思います。
役所:僕が若い時、ロケ現場で先輩たちが和気藹々としている姿を見て、なんて楽しそうな仕事なんだって思っていたんです。でも、いざ撮影が始まってみると…過酷でしたねぇ。ベテランの俳優さんたちでも、現場で役を自分のものにするまでには七転八倒していらっしゃる。苦しみながらも乗り越えている姿を目にして、役者っていうのはこんなにも一生懸命やらなきゃいけない仕事なんだと知りました。
――役所さんでも過酷、ですか。
役所:監督のOKの範囲はいろいろありますけれど、できるだけいいものを目指したいじゃないですか。ある時には監督の求めるさらに上をいきたいとも思う。それを追求しようとすると、やはり過酷です。
――どんな役でも、軽やかに演じていらっしゃる印象なのですが、その基盤にあるのは役への丁寧な理解や、緻密な表現だと感じます。
役所:お芝居はひとりで作るものじゃないんでね、結局は共演者の方がいてこそのものですよ。ただ演じていて、理由はわからないけれど時々体感的に気持ち悪いと感じることがあります。そういう時は監督と相談しながら、その違和感をなくしていくようにはしています。
――役所さん自身が憧れたり、その才能に嫉妬したりされる俳優さんはいらっしゃいますか。
役所:いっぱいいますよ。上も下も。海外にもいますし。
――それは悔しいことですか? それとも刺激になりますか?
役所:いい映画でいい俳優さんを見ると、勇気が湧いてきます。頑張ろうって。それは若い頃からそうで、いい作品を観ると、自分も公務員をやめて役者になって、お客さんにこんなにいい思いをさせられるチャンスを持っているんだな、頑張ろうって思います。
――あるインタビューで、まだ世間の評価が定まらない若い監督に、役所さん側から「いつか出してください」とアピールされたという話をされていて驚いたのですが…。
役所:自分の職場として、偏っていない方がいいと思うんですね。作品の規模もテイストも。才能を持った監督なり脚本家なりの力に、自分がなれるんだったらなりたいですよね。商業的に大成功するような作品とは違うかもしれないけれど、こういう作品も面白いんじゃないかってことをお客さんに伝えて、ジャンルの幅を広げていくことも大事だと思うんです。それは自分の職場として、働きやすい環境を作ることに通じるわけです。そういう作品ならば、それこそのり弁でも出たいですし、そのことで全体が豊かになっていけば嬉しいですよね。いまの映画界は興行収入何十億の超大作か超インディーかで中堅クラスの作品が少なくなってきています。でも日本映画全体のレベルを上げるためには、もっとジャンルそのものが豊かでないといけないと思うんです。
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