益田ミリさんの最新刊『サトウさんの友達』は、人間関係の距離感に悩むふたりの女性が主人公。不器用なふたりが見つけた、新しい“人間関係のルール”とは?
空気を読みすぎない人間関係がこの本のテーマです

気遣いの日々の中でひょんなことから「あつ森」を手に入れたりつ子さん。ゲームの中で出合った動物たちの天真爛漫な言動に惹かれていく。
仕事の指示や依頼など後輩への接し方に気を遣いすぎる佐藤りつ子。入社して何年もたつのにいつまでたっても敬語で話してしまうことで、いまひとつ同僚たちと馴染めない佐藤アオバ。益田ミリさんの最新刊は、人との距離感に悩むふたりの女性が主人公。発売直前のタイミングで益田さんにお話を伺いました。
――最新作のタイトルは『サトウさんの友達』。既刊の『ミウラさんの友達』に続いてタイトルに「友達」がつきますね?
「友達」という言葉に人は鈍感でいられないものです。子供のころから友達と仲良くするよう教えられ、仲良くなってもそれが永遠ではないことをわたしたちは学んでいきます。楽しいばかりではなく、胸が疼くような思い出と一緒にあるのもまた「友達」。身近だけど、身近だからこそ難しい。
新作『サトウさんの友達』では、空気を読みすぎない人間関係というのが大きなテーマになっています。空気を読むって大事だけど、読みすぎてみんなちょっと疲れている。ふたりの主人公が新しいルールで友情を育んでいく姿を物語にしようと思いました。
――ふたりが知り合うきっかけはゲーム「あつまれ どうぶつの森」(ゲーム内で手つかずの無人島の開発や家づくりを自分なりにカスタマイズしていくNintendo Switchのゲーム。自分以外の島の住民と触れ合ったり、他のプレイヤーと互いの島を訪問したりすることもできる。以下「あつ森」)。同じゲームをしている、ということからふたりは少しずつ近づいていきます。「あつ森」はこの作品の中でとても重要な役割を担っていますが、どんな理由があったのでしょうか?
2023年のお正月だったかな、「あつ森」を始めたんです。それまでまったくゲームをしてこなかったんですが、コロナ禍、ちょっと試してみようと。そうしたら、もう楽しくて。人気ゲームなので言わずもがなですが、「あつ森」は自分のアバターを使い、自分の島を自由にアレンジしたり、島の動物たちとのふれあいを楽しんだりするゲームです。
この動物たちがまた面白いんです。なんの前触れもなく、これから家に遊びに行っていい? とか聞いてくる。断っても文句なんか言わずサラ~ッとしてて。彼らの胸の内は想像するしかないんですけど、全然、気にしてないみたい。いい意味でテキトーな距離感が楽なんです。このフラットさが『サトウさんの友達』のヒントになりました。
あと、わたしは「あつ森」の夜の場面が特に好きで。自分のアバターが初めて夜の浜辺に立った時は感動しました。現実の世界では、ひとりで夜の浜辺を歩くなんて危険だしできないじゃないですか。わたし、今、自由だな、ってジーンときて。
――おそるおそる始めたゲーム初心者のりつ子も、すぐに「あつ森」に引き寄せられます。
マッチングアプリでの出会いに疲れた40歳のりつ子は、ひょんなことからNintendo Switchを手に入れます。「あつ森」を始めたばかりのりつ子が「よくできてる!! 人の影や草花の揺れ、なにより元気いっぱい走る自分のキャラクターの軽快な足元」と感心するシーンがあるんですが、これは、わたしの感想そのもの。今更ですが、今のゲームってこんなにクリアなんですね(笑)。
――画面の美しさ、リアルさを楽しみながら、りつ子はそこで触れ合う動物たちの率直な立ち居振る舞いに惹かれていきます。アバターを使ってもう一つの人生を体験しつつ、その体験をもとに現実世界での生き方のヒントを得る、という構造がとても面白いです。一方、アオバの「どうぶつの森」歴は10年以上。その触れ合い方もりつ子とは少し違っていて…。
もうひとりの主人公アオバは、中学校に上がった時に初期の友達づくりにつまずいて、以来、人とのつきあいが苦手なまま。「話しかけるタイミングとか? グループに入るタイミングとか? なんかズレちゃったんだよな……」と振り返ります。
そういうことって大人になってもあるもの。意図せず無口なキャラ設定になってしまったとか。最初にもっと自分を出していれば違う関係性になっていたのかもと後悔したり。
友達との関係につまずいたアオバを支え続けたのは「あつ森」でした。生身の人間だけが支えになるのではなく、漫画や小説や歌や映画、そしてゲーム。人はその時その時に支えを見出し、なんとか自分の人生を立て直し、諦めずにもがいているんだと思います。やがて、そんなアオバとりつ子がゆっくりとお互いを知っていきます。
――徐々に距離が近づいてきたふたり、ある時にりつ子はアオバに「『あつ森』の世界みたいにおつきあいしませんか?」と提案します。「あつ森」の動物たちのようにしたいこと、思ったことを言ってみながら、断られても気にせずあっけらかんといる――ふたりの佐藤さんが構築した関係がとても心地よさそうです。
繰り返しになりますが「空気を読みすぎない人間関係」がこの漫画の軸になっています。もっと気軽に考えられれば楽だろうなとわたしも思うことがあります。実はこの本が完成してから、なんだか昔の友達にものすごく会いたくなって連絡してみたんです。忙しいかなとか、急に会いたいってびっくりするかなとか考えず、えーい、と「あつ森」的に。久しぶりにゆっくり会うことができたのが嬉しかったです。
――著者である益田さん自らも作品から素敵な影響を受けているんですね。今回のananの特集は偶然ですが「人間関係の距離感」。距離感に悩む人が多いという発想での特集ですが、お話を伺ってまさにこの特集にぴったりの作品だと思いました。最後に人間関係に悩む読者に対してアドバイスがあればいただけますか?
“人との距離”って人生の課題かもしれないですね。そういえば、ananの連載漫画「僕の姉ちゃん」で描いた話があるんです。友達関係に悩む弟に姉ちゃんはこんなことを聞きました。「明日地球がなくなるとしてさ、最後に10人別れのメールできるとしたら、その子からメールくると思う?」。「こないと思う」と答えた弟はハッとして、その友達とは「しばらく会わなくていい」と気づく。ここで重要なのは「しばらく会わなくていい」。時間がたてば互いに変わることもあるし、その時にまた会えばいい。無理に会う関係はやっぱりいい距離感とは呼べないと思うから。
Profile
益田ミリさん
ますだ・みり イラストレーター。anan連載中の『僕の姉ちゃん』シリーズ、『ミウラさんの友達』(共にマガジンハウス)ほか著書多数。昨年『ツユクサナツコの一生』(新潮社)で第28回手塚治虫文化賞短編賞受賞。本作『サトウさんの友達』は受賞後初の描き下ろし漫画になる。
『サトウさんの友達』
Information

会社では後輩とのコミュニケーションに気を遣いつつ、同居する母の健康状態に不安を覚える40歳のりつ子。中学の時にキャラクターづくりの初期設定に失敗してつまずいて以来、なんとなく自分の中に閉じこもりがちな32歳のアオバ。ふたりのサトウさんは共にゲーム「あつまれどうぶつの森」をしていることを知ったことから、少しずつ近づき始める。5月22日発売 マガジンハウス 1540円