土屋太鳳さん

シェイクスピア戯曲を日本人の感性で創作、大きな評価を得た蜷川幸雄さん。その魂を継承した吉田鋼太郎さんが演出を手がける『マクベス』で、稀代の悪女と称される難役を土屋太鳳さんが演じる。

彩の国シェイクスピア・シリーズは、演出家の蜷川幸雄さんが芸術監督として、1998年に彩の国さいたま芸術劇場でスタートさせたシェイクスピア戯曲全37作の上演企画。400年以上も前に英国で書かれた作品ながら、日本的な美学を詰め込んだ演出で本国の英国でも高く評価された。惜しくも全作上演の前に蜷川さんは亡くなったが、その後を蜷川シェイクスピアの常連だった吉田鋼太郎さんが引き継ぎ’22年に完結。そして’24年から吉田さんが新たなシリーズの芸術監督となり「彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd」がスタート。その2作目となる『マクベス』に出演する土屋太鳳さんは、このシリーズのファンだったそう。

「私は、きちんと演技を学ぶ機会がないまま俳優のお仕事を始めてしまったこともあって、このままでいいのかなと思っていた時期がありました。その頃に、『鈴木先生』というドラマで長谷川博己さんとご一緒して、劇中劇のシーンで『声は大きさではなく響きが大事だから、声を張ればいいわけじゃないよ』というアドバイスをいただいて。映像のようにカットがかからない舞台という場所に興味が湧いて、もっと勉強したくて長谷川さんにご相談したら、シェイクスピア・シリーズのDVDをたくさん送ってくださったんです。拝見したら、どれも素晴らしくて感動して一気に憧れの存在になり、いつか自分も出演してみたいとずっと願っていたので嬉しいです」

『マクベス』は、シェイクスピア四大悲劇の中でも人気が高く、世界でも上演回数の多い演目のひとつ。ある日遭遇した3人の魔女から、「いずれ王になる男」だと予言されたマクベスが、その予言を知り野望の完遂をと願うマクベス夫人に叱咤されて王・ダンカンを暗殺。王の座に就くも次なる予言に翻弄され悲劇に陥る物語。そこで土屋さんが演じるのは、夫に暗殺を唆すマクベス夫人。

「連続テレビ小説『まれ』でご一緒して仲良くさせていただいていた田中裕子さんが、『NINAGAWA・マクベス』でマクベス夫人を演じたのを映像で拝見しています。とても豪華絢爛な舞台で、マクベス夫人も強い女性のイメージがありました。でも今回、鋼太郎さんの現場でマクベス夫人としてやっていると、じつは献身的な奥さんなのかもしれないと感じるんです。物語の舞台になっているのは権力闘争が激しい時代で、何かあれば妻や子供が犠牲になることも多かったそう。そんな中で、旦那さんを王にしたいという考えになっても仕方がないこと。ただ、マクベスよりもマクベス夫人のほうが、少し野心が強かった。愛情だけではなく野心でも繋がっていた夫婦なのかなと思います」

演出を手がける吉田さんからは、「まずシェイクスピアの芝居の型を覚えてほしい」とアドバイスを受けたという。

「クラシックバレエに基礎になる型があるように、シェイクスピア劇にも型があるんだそう。私はずっと映像作品で、役の感情をまず作って、そこに則った演技をしてきたんです。でも今回は、セリフひとつひとつの言葉を理解して分析して、そこに合わせて強弱をつけてしゃべるという、形からアプローチしていくやり方を実践しています。これが自分にはすごく目から鱗で、今までは役の気持ちがどうしても乗らなくて苦戦することもありましたが、順番を変えて型から入っていくやり方もあるんだなと勉強になっています。ただ、そもそもあんなに大きな声でセリフをしゃべることがなかったので、まだまだセリフが飛んでしまうことが多いんですけれど」

稽古の状況を伺うと「自分ができていないことが多すぎてガックリしますし、苦しんでいるんですけれど、それでもワクワクのほうが強いかもしれない」と笑顔。

「鋼太郎さんご自身が役者さんだからか、稽古場で役者さんとのコミュニケーションをすごく大切になさっていますし、空気が悪くならないように配慮してくださっているのを感じます。しかも演出は、まるで玉手箱を開けたよう。ときどき、『たとえば…』と言ってご自身でやって見せてくださるのですが、すごく明確でセリフが聞き取りやすく、かつ感情的でもあってすごい。それをどこまで吸収できるかわかりませんが、今はとにかく『止まるな』って自分に言い聞かせています(笑)」

夫を王にしようと野心を燃やすマクベス夫人は、稀代の悪女として知られるキャラクター。これまでの土屋さんのイメージからすると意外な配役とも思える。

「これから自分の芝居をどうやって深めていったらいいのか。どうやったら自分の引き出しを増やしていけるのか。今のままではダメだなと思っていたときに今回のお話をいただきました。人として、どう役と向き合っていくか学べる気がしたし、やっとここに来られたと嬉しかったです。役柄については、誰しもマイナスな感情って持っているでしょって思っちゃうんです。みんな理性や良心で抑えているだけで、根っこにあるものはそんなに変わらないと思います。鋼太郎さんが、今回は絢爛豪華な幻の世界の中の物語ではなく、我々と同じ人間だと思ってもらいたいし、自分にだってあり得るかもという共感性を大事にしたいとおっしゃっていて。そんなマクベス夫人を目指しています」

そう言われて浮かんだのは、昨年放送され話題を呼んだTBS日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』での土屋さん。演じたのは、杉咲花さん扮する朝子に対し、何かというと意地悪な言葉を投げかけ冷たい態度を見せる百合子という女性。しかし、回を重ねる中で彼女が抱えた切ない事情が明るみに出てゆく。複雑な心の機微を丁寧にリアルに演じ、その演技力にあらためて評価が集まった。

「最初にお話をいただいたときは、自分には荷が重いとお断りしたんです。でも、プロデューサーの新井(順子)さんと演出の塚原(あゆ子)さんは、私が10代の頃から一緒にやろうと何度も声をかけてくださっていながら、なかなかご一緒できずにいたこともありましたし、ほかにもいろんなご縁が繋がって、引き受けさせていただいた役でした。ただ、百合子の大事なシーンの撮影がある1か月くらい前から、頭がそのことばかりで全然眠れなくて。こんなに苦しいならやめればよかった、と何度も考えたりも。それくらいハードルの高い役でしたが、今思うと、いいプレッシャーをいただいたなと思います」

あらためて今感じているシェイクスピア劇の面白さとは。

「共感性なのかな、と思います。400年以上前に書かれた戯曲ですけれど、『こういうことってあるよね』と思うようなことが多いんです。紡がれているたくさんのセリフに隠された感情や複雑な人間関係が描かれていて、短い言葉の中に本性が現れている。そこがすごくリアルだなと思います」

まっすぐに丁寧に取材に答えてくれた土屋さん。そこに作品へのストイックな姿勢がのぞく。

「作品に対しても役に対しても、関わる人に対しても、愛情を持つということを忘れないようにしたいです。それって心がけていないと、どんどん逸れていってしまう気がするので。ちゃんと向き合っていけば、伝わる人にはちょっとでも伝わるのかなと信じてやるようにしています」

Profile

土屋太鳳

つちや・たお 1995年2月3日生まれ、東京都出身。近作に、映画『マッチング』『八犬伝』、ドラマ『Shrink‐精神科医ヨワイ‐』、ダンス公演・印象派 NEO vol.4『ピノキオの偉烈』など。W主演を務めるドラマ『今際の国のアリス』シーズン3はNetflixにて9月より配信開始予定。

Information

彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.2『マクベス』

マクベス(藤原)は戦からの帰還の途中に3人の魔女(吉田ほか)から「いずれ王になる男」と予言される。それを聞いたマクベス夫人(土屋)は、王座を手に入れるため夫に王の暗殺をもちかける。5月8日(木)~25日(日) 彩の国さいたま芸術劇場 大ホール 作/W.シェイクスピア 翻訳/小田島雄志 演出・上演台本/吉田鋼太郎(彩の国シェイクスピア・シリーズ芸術監督) 音楽/東儀秀樹 出演/藤原竜也、土屋太鳳、河内大和、廣瀬友祐、井上祐貴、たかお鷹、吉田鋼太郎ほか S席1 万円 A席8000 円 B席6000円 U-25 2000円ほか SAFチケットセンター TEL:0570・064・939(休館日を除く10:00~18:00) 宮城、愛知、広島、福岡、大阪公演あり。

詳しくはこちら

カーディガン¥59,400 ドレス¥59,400(共にCFCL/CFCL OMOTESANDO TEL:03・6421・0555) ネックレス¥42,900(PLUIE/PLUIE Tokyo TEL:03・6450・5777) イヤカフ¥33,000 リング¥49,500(共にHirotaka/Hirotaka 表参道ヒルズ TEL:03・3478・1830)

写真・内田紘倫(The VOICE) スタイリスト・藤本大輔(tas) ヘア&メイク・尾曲いずみ 取材、文・望月リサ

anan 2445号(2025年4月30日発売)より
Check!

No.2445掲載

ジャパンエンタメの現在地 2025

2025年04月30日発売

日本が誇る最前線のエンターテインメントの形を深掘り。高橋一生さん、鈴木亮平さん、土屋太鳳さん、柚香光さん、草彅剛さんなど人気・実力を兼ね備えた俳優陣から、ミュージシャンの羊文学、小説家の安堂ホセさん、脚本家の吉田恵里香さんなど注目作のクリエイターたち、ジャパンアイドルの最新形・CUTIE STREETの板倉可奈さん&増田彩乃さん&川本笑瑠さんまで、超豪華ラインナップです。CLOSE UPには、timeleszの原嘉孝さんが新メンバー連続登場企画の第1弾として登場。

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