何気ない会話が転機になる。背中を押してくれる連作集。
「会社員や専業主婦の経験を持つ人だからできる接客があるかと思いました。一度仕事を辞めた人の再就職が大変なことにも疑問があったので、それも書きたかったことです」
第二話の主人公は小学生の頃に容姿をいじられ、悩みを克服した今も当時を忘れられない大学生の流花。
「トラウマで苦しむ人が読んで勇気が出る話にしたかった。何かの被害を受けてずっと苦しんでいる人が“もう忘れなよ”と言われがちなのって、おかしい気がして。今も苦しいのなら、加害者に寄り添った声は無視していいと訴えたかったです」
流花の起こす行動が胸熱だ。また、婚活アプリで結婚したものの妊活がうまくいかず悩む咲希の話では、「目の前の問題を解決することでなく、目の前の問題がすべてじゃないと気づくことが大事かなと思いながら書きました」
と真下さん。他にもSNSで悪評を流された会社員青年や、早期退職し、妻にも愛想をつかされた男性などが登場。みな、何かしらの理由でおしゃべりレジを利用し美奈子と言葉をかわすが、そこで何か大きなドラマが生まれるわけではない。
「美奈子は彼らについて買い物かごの中身しか分からない。でも相手の事情をよく知らないからかけられる言葉もある気がするんです」
その何気ない会話で、各章の主人公たちの心持ちに変化が訪れる。
「会話がきっかけで変わったというよりも、その会話の前には主人公たちはもう、変わりたいと思っているんですよね」
どの話も、読者を励まされた気持ちにさせる本作。「美奈子を小説の装置として終わらせず、ちゃんと人間として書きたかった」というエピローグにもぐっとくる。
真下みこと『かごいっぱいに詰め込んで』 「今回はいろんな属性の人を書きたかった」と真下さん。スーパーを訪れるさまざまな人々の事情と、レジでのささやかな奇跡を描く連作集。講談社 1815円
ました・みこと 2019年「#柚莉愛とかくれんぼ」で第61回メフィスト賞を受賞し、翌年デビュー。他の著書に『あさひは失敗しない』『舞璃花の鬼ごっこ』『わたしの結び目』など。
※『anan』2024年10月16日号より。写真・土佐麻理子(真下さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・瀧井朝世
(by anan編集部)