小島秀夫の右脳が大好きなこと=○○○○●を日常から切り取り、それを左脳で深掘りする、未来への考察&応援エッセイ「ゲームクリエイター小島秀夫のan‐an‐an、とっても大好き○○○○●」。第9回目のテーマは「トラウマの向こうにある“好き”」です。

先月のTGA(注1)で『OD』という新作ゲームを発表した。究極の“恐怖”を扱う非常に“とんがったゲーム”を目指した野心作である。昨年の秋には、この『OD』の特別企画合宿を熱海で行った。

僕は子供の頃から、怖がりだった。それは今も変わらない。人には見えないものが見える、聞こえない音が聞こえる。と言っても、霊能力者ではない。感受性の強さゆえに、あらゆる刺激に過敏に反応してしまうのだ。森の木々が人に見えたり、天井のシミが歪んだ顔に見えたり、柱の影が巨大な化け物に見えたりする。だからホラー映画もオカルトも怪談も苦手だ。

だが、怖がりだからこそ、誰よりも怖いものが創れるというメリットがある。ヒッチコックやスピルバーグがそうであるように。コナミ在籍時代に『P.T.』というホラーゲーム(注2)の体験版を創った。配信後、制作が中止となったこともあり、今でも多くのフォロワーが影響を受け“伝説のホラー・ゲーム”として語り継がれている。

スタッフと一緒なら、怖がりの僕でも冷静に観られるかもしれない。そう思い、ある映画のBD(注3)を倉庫から発掘、熱海での合宿に持参した。どうしても観られない作品、僕のオールタイムベスト級の“怖い映画”だ(別の映画を観たいというスタッフの意見を優先し、観る機会は逃した)。

それが『エクソシスト』(1973)だ。監督はウィリアム・フリードキン。昨年の8月、ロサンゼルスの自宅で肺炎と心不全のため、87歳で死去した。言わずと知れた映画界の巨匠だ。僕も多くの影響を受けた。中でも『フレンチ・コネクション』『恐怖の報酬(リメイク版)』『L.A.大捜査線/狼たちの街』などがお気に入りだ。映画を通じて、マイク・オールドフィールド(『エクソシスト』の挿入曲)やタンジェリン・ドリーム(『恐怖の報酬』のOST担当。注4)といった“プログレッシブ・ロック”という前衛音楽を教えてくれたのも彼である。訃報を聞いた夜、彼を悼んで作品を観直した。だがそれほどまでにリスペクトしている監督なのに、どうしても『エクソシスト』だけは怖くて観られない。

それが日本で公開されたのは小学5年生の時。北米のわずか26館からスタートした映画は、評判が評判を呼び、世界中で空前の大ヒットを記録した。あまりの怖さに退出者が続出、心臓発作で死人が出たとの噂も飛び込んできた。口から嘔吐物を飛ばす! 十字架を陰部に突き立てる! 首が360度回転する! という映画の常識を超えた過激さに途中退席したという知人からの生の鑑賞譚も聞いた。「悪魔祓い(エクソシスト)」という単語さえもが、未知なる恐怖の対象だった。既にかなりの映画マニアだった僕でも鑑賞は無理だと思った。

ある日、中学生だった2歳上の兄が原作本を買ってきた。その表紙のイラストがまた怖かった! 青い背景に丸い窓があり、悪魔に憑依されるリーガンらしき少女のイラスト(似ていない)が載っている。左手は吊り革のようなものを握り、そのサークルの中に、笑みを浮かべた少年の頭部が逆さまに描かれている。ゾッとするイラストだった。それが本棚にあるだけで、僕は兄の部屋には入れなくなった。そこに邪悪な霊が宿っているかのようで。

6年後、禁断の映画『エクソシスト』がTVで放映されることとなった。いつまでも逃げてはいられない。高校生になった僕は、決意してテレビの前に座った。日本語音声なので、少しは怖さも紛れるだろう。しかし、映画には恐怖した。以降、“最も怖い映画”として、2度と観ることはなかった。

熱海の合宿後、『エクソシスト』の正統派続編と言われる話題の『エクソシスト 信じる者』が公開された。向き合うには今しかない。そう思い、10年前に購入していた『エクソシスト』製作40周年記念エディションのBDの封を開けた。

60歳を超えて観直した『エクソシスト』は、怖いどころか、猛烈によく出来た映画だった。フリードキンの演出、特殊効果、音響、カメラ、役者の演技、ディテール。どのシーンも素晴らしく、完璧だった。邪悪なものに立ち向かう、人間の勇気と愛を描いた良質なドラマだったのだ。世界中で大ヒットし、今も語り継がれているのも、オカルト映画だからではなかったのだ。フリードキン監督、ごめんさない。50年間も誤解していました。あなたはやはり天才です。私は永遠にあなたを“信じる者”です。

そして今、僕の眼の前に、トラウマとなったあの原作本がある。文庫版が復刊されたのだ。例の怖かった単行本の表紙は、貞子のような写真に変わっている(注5)。昨年11月に出た『エクソシスト』のソフト(注6)も購入した。原作を読んだ後に観直すつもりだ。それもフリードキンの音声解説付きで。この作品をもっと知りたいと思う。もっと好きになりたいと思う。怖さは未知から来るからだ。

これから僕は、あるお祓いの儀式をする。トラウマとなった原作を読むことで“悪魔祓い”をするのだ。その“トラウマ”を乗り越えた向こうに、本当の“好き”が待っている。

注1:TGA The Game Awardsの略称で、毎年12月にアメリカで開催されるビデオゲームイベント。
注2:『P.T.』 プレイアブル・ティザー。2014年8月14日に無料配信され、絶賛された小島秀夫監督作品のホラー・ゲーム。
注3:BD Blu‐ray Discのこと。
注4:OST オリジナルサウンドトラックのこと。
注5:ウィリアム・ピーター・ブラッティの原作は、1973年に新潮社から翻訳が出版され(吊り革を握った少女のイラスト)、1977年に新潮文庫版(リーガンの顔がトレースされたイラスト)、1999年に創元推理文庫版が出版され、2023年の復刊で現在のカバーになった。
注6:ディレクターズカット版&オリジナル劇場版〈4K ULTRA HD&ブルーレイセット〉(4枚組/ペーパープレミアム付き)

今月のCulture Favorite

kojima

新作『OD』のトレイラーに登場するハンター・シェイファー。

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ティモシー・シャラメと。

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『OD』でタッグを組むジョーダン・ピール監督と。

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こじま・ひでお 1963年生まれ、東京都出身。ゲームクリエイター、コジマプロダクション代表。’87年、初めて手掛けた『メタルギア』でステルスゲームと呼ばれるジャンルを切り開き、ゲームにおけるシネマティックな映像表現とストーリーテリングのパイオニアとしても評価され、世界的な人気を獲得。世界中で年間最優秀ゲーム賞をはじめ、多くのゲーム賞を受賞。2020年、これまでのビデオゲームや映像メディアへの貢献を讃えられ、BAFTAフェローシップ賞を受賞。映画、小説などの解説や推薦文も多数。ゲームや映画などのジャンルを超えたエンターテインメントへも、創作領域を広げている。

OD_logo

「The Game Awards 2023」にて発表した、最新作『OD』の公式ティザートレーラーが、KOJIMA PRODUCTIONSの公式YouTubeチャンネルで公開中。https://youtu.be/j1pnFI1r8N0

★次回は、2384号(2024年2月7日発売)です。

※『anan』2024年1月17日号より。写真・内田紘倫(The VOICE)

(by anan編集部)

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