東京での初開催から4年をかけて全国を巡ってきた展覧会「CIRCUS」がついに最終章を迎える。
「巡回の開始時はいつまで続くか分からない状態からの船出だったので、団員(展覧会関係者の総称)皆で力を合わせました。思い起こせば、『たった4年だったの!?』というくらい、濃密でありがたい時間でした」
と話すヒグチユウコさん。絵本原画や描き下ろしなど、当初500点ほどだった展示作品も回を重ねるごとに増え、今回は約1000点を展示。会場にはサーカステントを設営、哀愁漂う音楽が流れるなど演出にも趣向が凝らされている。
「展示会場に入る際に、没入感を出したいと思っていました。映画館で映画が始まるときに感じる、『これから映画を観るんだ』というあの感じです。サーカスは楽しいけれど、どこか物悲しさを感じさせるもの。その雰囲気を伝えたくて、音楽デュオの黒色すみれさんに、『道』という映画の中の『ジェルソミーナ』という曲を演奏してもらいました」
また、ぬいぐるみ作家の今井昌代さんとの共作も見どころだ。
「全く違うジャンルではありますが、彼女の作品をひと目見てすごく好きになりました。こんなにも吸引力のある作品を作れるなんて、と。一緒に展示を表現できたことが、今回一番達成できたことかもしれません」
ヒグチさんの描く生物は、植物と動物が溶け合ったようだったり、少し不思議。彼らはどうやって生まれてくるのだろうか?
「幼少期から図鑑や博物画、辞書についている小さいエッチング画などが好きでした。そこには、心惹かれる謎の生物たちがたくさんいて、そういった未知のものへの恐怖や憧れが今も私を魅了してやみません。想像だけで作品を生み出すのは、おそらく無理があるでしょう。意識せずとも、過去に生み出されたたくさんの名画や、滅亡してしまった生物たちの残り香を嗅いで、その跡をたどりつつ、創造しているはずです」
極細密な描写を和紙にペン、絵の具で描くのも変わらないスタイルだ。
「描くという行為は自分にとって最高の時間。これ以上の喜びはないです。真っ白い紙を前にして、『さあ、描こう!』というときの浮き立つ感覚は何物にも代えがたいです。絵の具を実際に筆に付けて、絵を描いていく。そのときの匂いや感触はやはり物質を触っているからこそ得られるもので、その経験は奥深いもの」
手の届かない憧れ、遠い異国、出合ったことのない動植物も、描くことで手にすることができるとヒグチさん。そのペン先から生まれるものは私たちの無意識にある「憧れ」を満たしてくれているのかもしれない。
ぬいぐるみ作家の今井昌代さんとヒグチユウコさんが同じテーマでそれぞれ制作した作品。
撮影:井上佐由紀
息子さんの大切なぬいぐるみがモデルの「ニャンコ」が登場する絵本の一場面。
「ふたりのねこ」23ページ原画 2014年 ©Yuko Higuchi
心臓と心臓がつながった「二人で一人」の双子を植物と同化させて描いた代表作。
双子 2018年 ©Yuko Higuchi
少女、かたつむり、ハサミなどをモチーフに。かわいくも不穏なヒグチ流ホラー。
鋏 2018年 ©Yuko Higuchi
全9会場のメインビジュアルを展示。本会場のために描き下ろした大型作品も。
《終幕》2022年 ©Yuko Higuchi
Who’s Yuko Higuchi?
画家、絵本作家。著書に絵本『せかいいちのねこ』(白泉社)、画集『BABEL Higuchi Yuko Artworks』(グラフィック社)等。GUCCI、ホルベインなど企業とのクリエイションも。ショップ&ギャラリー『ボリス雑貨店』主宰。
「ヒグチユウコ展 CIRCUS FINAL END」 森アーツセンターギャラリー 東京都港区六本木6‐10‐1 六本木ヒルズ森タワー52F 開催中~4月10日(月)10時~18時(金・土曜は~20時。入館は閉館の30分前まで) 会期中無休 一般2000円ほか higuchiyukocircus@tenrankai.site ※事前予約制
※『anan』2023年2月15日号より。取材、文・松本あかね
(by anan編集部)