『スタントマン 武替道』でアクションスターのワイ役を演じたフィリップ・ンさん。

香港アクション映画の歴史を支えたスタントマンたちへのリスペクト、名作へのオマージュたっぷりに、映画制作に情熱をかける人々の様子を生き生きと描いた香港映画『スタントマン 武替道』が7月25日公開に。その出演者であるフィリップ・ンさんへオンラインで行ったインタビューをお届けします!


7月25日公開の香港映画『スタントマン 武替道』

©2024 Stuntman Film Production Co. Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』で、気功を操る最強の敵・王九(ウォンガウ)を演じたフィリップ・ンさん。『スタントマン 武替道』では、伝説のアクション監督・サムと対立するアクションスターで、独自のフィロソフィーを持つワイを演じる。

── フィリップさんが今回演じられたワイという役は、ある意味“悪役”と見える部分もあると思います。どのような役作りをしましたか?

このワイという人物に関しては、監督たちからの説明もありましたが、基本的には私自身が脚本をきちっと読んだ上で役作りしました。ワイという役は、スター俳優で、周りには取り巻きがたくさんいて、いろんな人が彼のことを世話してくれています。そうなると、自ずと態度がデカくなるということは理解できました。

でも、彼にも観客の皆さんから共感される部分があるんですよね。それは、アクションに関する考え方の部分ではないでしょうか。大げさな言い方かもしれませんが、彼の中には、アクションに関する哲学があって、彼と同じようにトン・ワイさんが演じたサム監督にも哲学があるんですけど、二人の哲学が違っていたということなんですよね。

ワイはスター俳優だけれど、スタントマン出身でもあるんです。スタントマンにとっては安全は第一、その次がアクションなんですね。でもサム監督はそうではない。アクションが第一なんです。この映画では、ふたりのフィロソフィーが異なっている。ワイは態度はデカいかもしれないけれど、彼も彼自身のフィロソフィーを伝えようとしていたんです。

映画の中には、良い人と悪い人がはっきりしている作品がありますよね。でも、これはあくまでもスタントマンの生活を描く物語なので、完全に良い人も完全に悪い人もいない。みんな一生懸命にアクション映画を作ろうとしているんです。この映画は、その人なりのアクションの哲学を、その役割を通して表現したかった映画なのかなと思います。

撮影現場でもオーラを放つ、アクションスターのワイ(フィリップ・ン)。

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── フィリップさんはアメリカでアクション映画に出合って香港に渡り、実際にアクション映画に出られたと思うのですが、ご自身はアクションに対してはどのようなスタンスでいらっしゃいますか?

アクション映画は世界中で愛されていて、アメリカには『ジョン・ウィック』があるし、インドネシアには『ザ・レイド』などがあります。それらの作品を通して、アクションスターがいれば、そこにはスタントマンがいるということを、全世界の人が知ることになりました。でも彼らは表に出ているわけではなくて、舞台裏でスターの皆さんを支えているわけです。

香港では、スタントマンの存在はよく知られていますが、スタントマンの仕事は過酷ですし、生活も不安定で苦しいことも多いです。でも、香港のアクション映画、カンフー映画はこの人たちがいなければ成り立たなかったと思うんです。特に80年代90年代、香港映画が華やかだった時代は、スタントマンがいなかったら成立してなかったでしょう。だから、彼らというのは非常に重要な存在なんですけど、それが認められてこなかったという側面もあると思うんですね。

現在、香港ではアクション映画がつくられる本数が年々、減ってきました。そうなると、スタントマンの仕事も減っていってしまいます。そのことは、作中でも触れられていて、彼らがアクション映画にとって大事な存在であること、そして彼らが過酷な状況にあるということを、この映画を通して知ってもらえるということは、大変意義があることだと思っています。

ワイは、アクション監督のサム(トン・ワイ)と昔からの確執があり…。

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── そんなこの映画で、『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』に続いて、テレンス・ラウさんとまた共演されているわけですが、テレンスさんはどんな方ですか?

テレンスさんとは『トワイライト・ウォリアーズ〜』で初めて共演しました。香港ではクランクイン前に、御線香を立てて神様を祀る成功祈願の儀式をしますが、その場で初めて彼と会いました。彼は僕のところに駆け寄ってきて、「はじめまして、僕はテレンスです。よろしくお願いします」と言ってくれまして、それだけですごく親しみを覚えました。

撮影現場での彼はすごく真面目なんですけど、実は撮影のオフのときには、コミカルなところもあって、みんなを笑わせてくれたりしてすごい楽しい人なんですよ。大勢がいるときには、あんまりそういうことはないんですけど、友だちばかりの空間なんかでは、すごくフレンドリーな感じで。だから、仕事においても、プライベートにしても、良い友人関係を築くことができました。ふたりでいるときは、映画やお芝居の話もしますし、プライベートの話もします。

── テレンスさんと再び共演した感想はいかがですか?

『トワイライト・ウォリアーズ〜』に続きこの映画でも共演することになって、嬉しかったですね。知ってる役者と再会できるのってすごい嬉しいことなんです。でも、役者同志っていうのは、相手の演技に関しては口出しはしないという暗黙の了解みたいなものがあるんです。

今回、この映画を撮るときに、私とトン・ワイさん演じるサム監督が対立する場面がありまして、ワイとしてはサム監督に対しても、強い感じで挑もうと演技をしていたんです。でも、その撮影現場にたまたまテレンスがいて、彼は僕の演技を見て「今の感じだと、ふたりともが凶悪な感じに見えるけれど、僕が思うに、あなたの役は、むしろ少し冷静なほうがいいのではないか」って提案してくれたんです。僕自身も、そういう見方、やり方もあるのかと思って、それを取り入れてみました。そうしたらすごく良かったんですね。そんな風に、忌憚なく意見を言えるくらい、僕らは仲がいいということなんです。

── 映画の中では、さまざまな師弟関係なども描かれていましたが、フィリップさんにとっての師というと、どんな方を思い浮かべますか?

やっぱり一番に思い浮かぶのは、バリー・ウォン監督ですね。実は私が映画の世界に入って役者をやったりアクション監督をやったりしていた頃、浮き沈みの激しい世界でなかなか芽が出ないときがあったんです。そんなとき、バリー・ウォン監督が目をかけてくれて、監督の会社と契約することになりました。彼の会社で10年くらい働かせてもらって、多くのことを学んだんです。

バリー・ウォン監督からは、映画の企画の立て方、映画を製作の仕方などを学ばせてもらいました。そして、新人のアクション監督としてのチャンスを与えてくださり、それがあったからこそ今の私があると言っても過言ではありません。

今の私を語る上で、バリー・ウォン監督を抜きにしては語れないと思いますし、私にとって大切な師匠のひとりです。

テレンス・ラウ演じるロンとは、撮影現場でぶつかり合うことも。

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取材後記

取材時は、金髪スタイルで王九役とはまた違ったワイルドさが素敵だったフィリップさん。ひとつ質問を投げかけると、たくさんの言葉で自分の想いを語ってくださいました。画面越しに、フィリップさんのTシャツの胸元に日本語が描かれているのが見えたので「いいTシャツですね!」と伝えると、後ろを向いて背面の絵柄も見せてくださいました。『ドラゴンボール』のTシャツでした!

Profile

フィリップ・ン

7歳の頃に家族と共に渡米。父は蔡李佛拳の継承者で2人の叔父は洪家拳と詠春拳の師範だった事から幼い頃から中国武術に慣れ親しむ。イリノイ大学でグラフィックデザインの学士号と教育学の修士号を取得後、美術教師として働くがアクション俳優の夢を諦めきれず、2001年に香港へ渡り俳優の道を歩む。香港ではアクション俳優チン・ガーロウ(錢嘉樂)のスタントチームのメンバーとなり、2003年『ツインズ・エフェクト』に端役で出演しジャッキー・チェンと共演、同年『スター・ランナー』ではチン・ガーロウの下で初めてアクション助監督を務めた。その後、『バース・オブ・ザ・ドラゴン』(2016)、『ダブルフェイス 潜入者』(2019)に主演。近年の出演作に『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』(2024)、出演・アクション監督・プロデュースを兼任した『無名火(原題)』(2024・未)がある。また、俳優の他に洪家拳/詠春拳の師範としても活動している。

Information

『スタントマン 武替道』 

1980年代、売れっ子アクション監督だったサム(トン・ワイ)は、映画の撮影中の事故でその時のスタントマンを半身不随にしてしまい、それがきっかけで業界を離れ、今は細々と整骨院を営み静かに暮らしている。そんな中、かつての仕事仲間に「自分の最後の作品でアクション監督をやってほしい」と依頼され、数十年ぶりに映画制作に参加することに。しかし現代のアクション映画の撮影はコンプライアンスも厳しく、出演俳優のワイ(フィリップ・ン)を始め製作陣はリアリティを追求するサムのやり方に反発し、現場はぎくしゃくする。さらに忙しさのあまり娘チェリーとの関係性も悪くなる。サムのアシスタントとなった若手スタントマンのロン(テレンス・ラウ)は、サムを献身的にフォローし何とか撮影を進めようとするのだが…。

出演:トン・ワイ、テレンス・ラウ、フィリップ・ン、セシリア・チョイ他

監督:アルバート・レオン&ハーバート・レオン

7月25日(金)より新宿ピカデリー他にて、全国公開中!

取材、文・西森路代

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