少しの知識と関心を持つことが多様な社会でつながる極意。
ダイバーシティ社会に対するビジョンを提案する電通ダイバーシティ・ラボの伊藤義博さんが紹介してくれた3冊を読むと、さまざまな指向、困難、バックグラウンドを持つ人の存在を知れる。しかし、いかに多様な人々がこの世界に生きているのかを知れば知るほど、コミュニケーションの難しさも感じてしまう。
「『つながりの作法』には、障害者同士であってもすべてをわかり合うことの限界が書かれています。かといって、“わからない”“難しい”で終わらせるのではなく、読書で最低限の基礎知識を得ておくことは、各領域で共通して重要です。また『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』では、多様性はいいことかと息子から聞かれた著者が“多様性は、うんざりするほど大変だし、めんどくさいけど、無知を減らすからいいことなんだと母ちゃんは思う”と答えます。多様性について、核心をついた回答です」
『総務部長はトランスジェンダー』で扱うジェンダーを含むダイバーシティには、肌の色など表層のダイバーシティと、見えない深層のダイバーシティがあるそう。
「はるかに多い深層に対して、どれだけ想像力を働かせられるかが、コミュニケーションのスタート。その上で、僕が多様な人たちと話す時は、“トランスジェンダーはこう”といった先入観を捨てようと意識しています。誰でも“こういう人”と決めつけられたら気分が悪いですよね。自分が嫌なことを人にしないといったシンプルなことが、多様な社会では、さらに大切になってくると思います」
多文化
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』 ブレイディみかこ
多文化社会で生きる母子のノンフィクション。
日本人の母とアイルランド人の父を持ち、ロンドンの中学校に通う息子の成長記録。多文化社会であっても偏見がある中で、自らのアイデンティティを見つけていく。新潮社 1350円
障害
『つながりの作法 同じでもなく違うでもなく』 綾屋紗月、熊谷晋一郎
障害当事者が他者とつながる困難を深く考察。
アスペルガー症候群と脳性まひ。障害当事者で、東大先端科学技術研究センターの准教授と研究支援員である二人が、他者や世界とつながるのに必要なことを提言する。生活人新書 700円
LGBT
『総務部長はトランスジェンダー 父として、女として』 岡部 鈴
女性として生きることを選択した妻子持ちの実話。
家庭ある広告代理店の総務部長が、50歳を前に、葛藤しながらも女性として生きることを決意。カミングアウト後、妻や子ども、同僚らは、さまざまな反応を示す。文藝春秋 1600円
押さえておきたい“多様性”ワードを伊藤義博さんが解説!
LGBT
レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの英語の頭文字からとったセクシュアル・マイノリティの総称のひとつ。電通ダイバーシティ・ラボの’18年の調査では、11人に1人がLGBT層という結果が出た。その4つに当てはまらない人もいるため、性自認や性的指向を定めないQ(クエスチョニング)、身体の性別を断定しにくいI(インターセックス)、恋愛感情や性的欲求を抱かないA(アセクシュアル)を含め、「LGBTQIA+」と表記されることも増えてきた。
ポリティカル・コレクトネス
性別、人種、民族、宗教などに基づく差別や偏見をなくし、政治的・社会的に、中立的な表現を用いること。政治的公正、政治的妥当性などと訳される。日本では以前、男性を看護士、女性を看護婦と区別していたが、看護師と統一され定着したのがその一例。欧米を中心に少数派への配慮として広がっていったが、最近では行きすぎという意見もある。伊藤さんは「あくまで個人的な意見ですが、単に言葉を言い換えればそれでいいという考えになってしまうと危険」と指摘する。
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社会モデルと個人モデル
障害のある方を傷つけるという理由から、障害を「障がい」と表記する動きがあったが、障害の“社会モデル”という概念が浸透しつつある。これは、たとえば、車椅子の人が階段を上れないという困難に直面するのは、階段以外の代替手段がないという環境に原因があり、社会がその人の移動に障害を与えていると捉える。対して、“個人モデル”はその人の足に障害があるとする、これまでの考え方。障害者とは、社会にある障害に向き合う人であり、社会から障害を取り除いていくべきなのだ。
伊藤義博さん 電通ダイバーシティ・ラボ代表。設立準備から携わる電通ダイバーシティ・ラボ(DDL)にて、ダイバーシティを社会や企業に根づかせる活動を行う。ユニバーサルフォント「みんなの文字」などを開発。
※『anan』2020年6月3日号より。写真・大内香織 取材、文・小泉咲子
(by anan編集部)