虚飾まみれのインフルエンサーによる、厄災と気づきとは。疾走感たっぷり。
「犬を題材にするのは編集さんから提案されたんですが、僕自身は最初は気が進まなかったんです。というのも、僕も犬を飼っていて、それをお金に換えることへの抵抗が拭えなくて。なので、書くなら、犬が絶対にひどい目に遭わないようにする、犬が最大限幸せになれるように配慮するという縛りを、自分の中に設けたんですね。それをクリアさせつつストーリーに波乱を持たせるので、結構頭を使いましたね」
本書の語り手は、携帯電話ショップの派遣社員として働く小筆梨沙(こふで・りさ)。愛犬さくらとの日常をマンガにしてSNSに投稿し、なかなかの人気だ。そんな折、編集者の寺本直樹が書籍化の話を持ってきた。〈百万部、目指しましょう!〉という威勢の良さに心が動かされたが、実は梨沙は犬を飼ってさえいなかった…。
「どんな物語にするかなかなか決まらなかったですね。『いっそ“犬はいない”で始めたらどうか』と浮かんだのが出発点です」
梨沙がSNSに載せている写真は、海外のアカウントからの無断盗用だ。似た犬を飼わなければ書籍化はおじゃんになるだろう。犬探しに必死の梨沙に、不測の事態が!
「梨沙はセレブアピールして編集者やファンを欺いています。本当は埼玉県の木造アパートでひとり暮らしをしているのに、現実を隠そうとして、とんでもない事態に陥ってしまう。僕はむしろ、殺人事件のような深刻な状況に置かれても、お腹もすくし、笑ってしまうような行動もするのが、人としてのリアリティだと思っているんですよね」
予測不能さとスラップスティックが掛け合わされ、一気読み必至だ。
「とある作家さんに『あなたの書く小説はヤバい人ばかり出てくる』と評されたことがあります。ヤバいかどうかはともかく(笑)、イマドキの読者が関心のありそうなトピックや現象を意図的に織り込んだらこうなりました。犬が好きな人、飼っている人はもちろん、そうじゃない人にも楽しんでもらいたいです」
『一億円の犬』 梨沙の架空の愛犬さくらは、保護犬だったという設定のため、保護団体から譲り受けようとするが…。愛犬家たちの一家言も興味深い。実業之日本社 1870円
さとう・せいなん 1975年、長崎県生まれ。作家。2011年に『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞した『ある少女にまつわる殺人の告白』でデビュー。著書多数。
※『anan』2023年12月6日号より。写真・土佐麻理子(佐藤さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)