将棋×ミステリー “夢”を見ることの希望と闇を描く、小説『神の悪手』

2021.7.27
「将棋に興味を持ったきっかけは、奨励会の存在を知ったことです」 芦沢央さんの『神の悪手』は将棋をモチーフにしたミステリー集だ。奨励会とはプロ棋士の養成機関。入るだけでも狭き門だが、そこからプロになれるのはごくわずか。しかも原則満26歳までの年齢制限もある。

夢を見ることのダークサイドと夢だけが与えてくれる一筋の希望と。

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「“夢”はポジティブに語られることが多いけれど、夢に食い潰されるという恐ろしさもあるのではないかと。私の『書く動機』の核に、怖いものを見つめたい、恐ろしいものの正体を知りたいというのがあるんですよね(笑)。余計に惹かれました」

書くと決めてから将棋教室に通い、棋書を読み、詰め将棋にも熱中した。それまでは駒の動かし方さえ知らなかった、と言うから恐れ入る。

「せっかく将棋の小説を書くなら、勝負の世界であればスポーツとかに置き換えても成立する話にはしたくなかったんですね。あるとき『同じ棋譜はふたつとない』という特性を活かしたトリックが浮かんで、依頼されてもいないうちに表題作を書き上げてしまった。こんな体験は、作家生活10年で初めてです」

各編とも棋士や将棋世界と関わる人々が主役。そこにミステリーとしての面白さや、社会とリンクするテーマが内包されている。たとえば、被災地の避難所に将棋指導に行ったプロ棋士が、将来有望な子どもと触れ合ったことで胸の痛む問題が浮かび上がる「弱い者」には、フェミニズム小説の匂いもある。

「将棋界でも、女性の地位などジェンダー問題を感じますね」

また、「ミイラ」の謎の始まりは、編集部に投稿された不可解な創作詰め将棋。たどっていくうちに、少年が味わった孤独が見えてくる。読者からの反響も大きかった一作だとか。

「詰め将棋は、答えがわかった瞬間に、作者は盤の中にどんな伏線を張り、どんな意図を持ってその世界を構築したのかが迫ってきます。そこが、ミステリーの作者と読者の関係に似ているなと思ったんです。作中でやりとりをする作者とそれを添削する〈検討者〉は、一度も顔を合わせてはいない。なのに生まれる濃密なコミュニケーションにドラマがあるのが面白い」

取材のために始めた将棋の勉強。

「でも知れば知るほど深いし、自分の経験とシンクロするような。この題材でまだまだ書いてみたいです」

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あしざわ・よう 作家。1984年、東京都生まれ。2012年、『罪の余白』で野性時代フロンティア文学賞に輝き、デビュー。『火のないところに煙は』『汚れた手をそこで拭かない』など話題作を次々と発表している。

『神の悪手』 どんでん返し、犯人視点で描く倒叙ミステリー、予想を覆す叙述トリック…。収録された5編はすべて、語りも仕掛けも機知に富んでいる。新潮社 1760円

※『anan』2021年7月28日号より。写真・土佐麻理子(芦沢さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子

(by anan編集部)