最初は、1年間ほどの連載の予定だったという。それが気づけば足掛け4年。大冒険譚『ヒトコブラクダ層ぜっと』は万城目学さんにとって、最長の著作となった。

イラクへ放り込まれた三つ子の兄弟。待望の最新作は、愉快&痛快な大冒険譚。

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「山を登って頂上に来て、下を見てようここまで来たな、という感じです。登る前に4年かかると分かっていたら絶対書いてませんでした」

主人公は三つ子の青年、梵天(ぼんてん)、梵地(ぼんち)、梵人(ぼんど)。少年時代に隕石落下で両親を亡くして以降、3人で生きてきた彼らには奇妙な力がある。梵天は3秒だけ壁の向こうが見える能力、梵地はどんな国の言葉も理解する能力、梵人は3秒先の出来事が分かる能力。その力を活かし泥棒稼業に精を出す彼らだったが、謎めいた女に尻尾を掴まれ、脅されるままに自衛隊に入り、PKOでイラクへ行き、とあるミッションを課される――。そう、これまで京都や大阪など国内を舞台に選んできた万城目さんが、いよいよ海外へと飛び出した。意外にも、アイデアはデビュー直後からあったという。

「『鴨川ホルモー』を出した頃に編集者と話していて、泥棒が依頼を受けて報酬を得る、というプロットを話したことがあったんです。それと、以前、湾岸戦争時のイラクが舞台の映画の予告編を見て、日本人がこの設定で映画を作るならPKOだなと思ったことがあって」 

自衛隊やイラクについてはもちろん、梵天が化石の発掘に夢中という設定のため、恐竜についても、事前の下調べと取材に時間をかけた。

「イラクには行けないので隣のヨルダンに行きましたし、国内でも化石発掘体験に参加したり、専門家に話を聞いたりもしました。いつものように土地の歴史を絡めることは自然に考えていたので、あの地域の古代文明、フセインが支配した時期、現代についての情報も集めました。使いどころが分からないまま情報を頭に入れておくと、書いているうちに意外なところでそれが活かされてくるんです」

とはいえこの話、三つ子の能力にしても、課されるミッションにしても大ボラである。なのに史実や事実をしっかり押さえておくのはなぜか。

「ドラマ『古畑任三郎』の桃井かおりさんゲストの回で、古畑が嘘が上手い人について語る場面がありまして。嘘の下手な人は話の全部を嘘で固めるけれど、上手い人はほとんど本当のことを話す中に少しだけ嘘を交ぜる、と言っていました。僕がやっているのはそれだと思いますね」

事実と虚構を交えてとんでもないところまで風呂敷を広げる本作。4年の間、10時間机に向かって原稿用紙一枚も書けない日もあった。苦労したのは上巻の後半、三つ子が女性上官の銀亀やアメリカ海兵隊のキンメリッジらと砂漠に出てからの場面。

「目の前に砂漠しかないんですよ。どうしたら彼らがミッションを果たすための場所に行けるか、ぜんぜんイメージがわかなかった。オアシスに住んでいるおじいさんが浮かんで、ようやく話が動きました」

予定していたアイデアを捨てたり、新たに浮かんだ案を加えることも多々あった。

「三つ子がボンクラなのでしっかり者の銀亀三尉は活躍させるつもりでしたが、キンメリッジがあんなに出番が多くなるとは思わなくて。大出世しましたね(笑)」

謎の女の正体、ミッションの内容と目的、本書のタイトルの意味、三つ子の決死の冒険の結末――謎と笑いとスリルの果てに、見たこともない光景が待っている。ご堪能あれ。

『ヒトコブラクダ層ぜっと』上・下
両親を亡くして以降、3人で生きてきた三つ子の梵天、梵地、梵人。不思議な能力を持つ彼らは協力し合って泥棒稼業に精を出していたが、ある日ライオンを連れた奇妙な女に脅され、なぜか自衛隊に入隊することとなり、イラクへ派遣され…。幻冬舎 上下巻 各1980円

まきめ・まなぶ 2006年にボイルドエッグズ新人賞を受賞した『鴨川ホルモー』でデビュー。『鹿男あをによし』『プリンセス・トヨトミ』『とっぴんぱらりの風太郎』『バベル九朔』など著書多数。

※『anan』2021年7月21日号より。写真・中島慶子(本) インタビュー、文・瀧井朝世

(by anan編集部)

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