生存のために必要な“嫌い”という感情。
あなたは“嫌い”という感情とうまく付き合えているだろうか。「あれが嫌い」と軽々しく口にしてわがままで子どもっぽいと批判されたくないから、押し殺してはいないだろうか。脳科学者・中野信子さんは、“嫌い”を否定したり抑え込むのではなく、もっと大事にしてみては? と提案する。
「好きと嫌いは、赤ちゃんの頃から感じる快・不快に根ざしているのです。脳に快い刺激が入力されれば“好き”、不快な刺激が入力されれば“嫌い”という感情が起こります。まずい、嫌なニオイ、あの場所に行ったら危険な目に遭ったといった、生きるのにマイナスとなる要因を遠ざけるために自然に備わったアラート機能なので、生物学的に見れば生存のためになくてはならないものなのです」
それでも私たちは「好き嫌いなく何でも食べられるようになりなさい」と言われて育ち、どんな相手とも仲よくしなければならないと思いがちだ。気づけばいろいろある感情のなかで、“嫌い”は悪者扱いされてしまっている。
「食べ物の好き嫌いも、食べたときの不快感や食あたりの記憶から作られたセキュリティ反応です。たしかに成長過程で社会に適応するために食わず嫌いをなくそう、人付き合いの幅を広げようといった教育がなされることに意味がないとはいえません。でも、大人になっても無条件にそれに従い続けるのは、建物が完成したあとも要らなくなった建設用の足場を残しておくようなものです」
私たちが“嫌い”を避けようとして陥りやすいのは、必要以上にいい人になろうとして、たとえば本当は苦手な人を無理やり“好き”と思い込もうとすることだそう。
「これは声を大にして言いたいんですが、“嫌い”って思ってもいいんですよ。自分を大事にすることと、苦手な相手や周囲の人間関係を大事にすることが折り合わないとき、自分のことをあとまわしにして相手を優先すると、当座はうまくいっても長期的には体や心に不調が出てくる可能性があります。そもそも“嫌い”は自分を守るためのアラートなのですから、耳を傾けることは大切です」
上手な使い方を知って、自分の人生に活かす。
“嫌い”と感じたら、その理由を分析するのが“嫌い”を味方に変える第一歩なのだとか。簡単そうだが、いざ考えようとしても頭の中が“嫌い”でいっぱいになってまったく考えられないこともある。
「そういうときは、パソコンでも手書きでもいいので文字にするのがおすすめです。感情が勝っているときは脳のワーキングメモリ(思考のための作業スペース)が狭くなってしまうものです。箇条書きでもいいので、文字にしてアウトプットすると、思考を楽に進めることができますよ」
まずその人の嫌いなところ、次に「ここはいいんじゃないか」と思えるところをリストアップ。
「彼のなれなれしいところが苦手だけど、その半面突破力があって人脈が広い人と分析できれば、仕事上付き合っておくほうが世界が広がるな、などと割り切れます。また、嫌いという感情にはその人のコンプレックスが反映されるのです。なれなれしい人が嫌いなのは、対人関係をうまく処理できない自分の悩みが原因かもしれない。こうして自分のコンプレックスがあぶり出されてくれば、じゃあそれを克服するためにどう対処しようかと自分の問題に切り替えていけます。“嫌い”をむやみに嫌うより、これまで身につける機会が少なかった“嫌い”の上手な使い方を知ることで、生きづらさを少し解消できるかもしれません」
“嫌い”は新たな視点で自分を見つめ直すきっかけをくれる感情。人生を豊かにするために活用してみませんか?
“嫌い!”を武器に。実践したい5つのこと。
“嫌い!”という感情を避けないで、いつもと違う角度から見ることで、気分が少し軽くなるかも。できることからやってみよう。
1、嫌いな人と定期的に会う。
放送作家・作詞家の秋元康さんは、年に1度嫌いな人に会うことをご自分に課しているそうです。それは、相手をなぜ嫌いなのかを考えるためなのだとか。嫌いな人は、自分に似ているか正反対かのどちらかであることが多いのですが、似ている人からは他者から見た自分の姿、正反対のタイプからは自分にない考え方を学べます。好きな人とだけ付き合っていると、自分の視野が狭まってしまうかもしれません。嫌いな人に会わないですむならいいのですが、なかなかそうもいきませんよね。どうせなら、自分を成長させてくれる学びのチャンスと捉えてみて。
2、非協調性のワザを身につける。
日本はみんなに歩調を合わせるべきという同調圧力が強いといわれます。“嫌い”と発言して協調性がないと思われるのが心配かもしれませんが、この変化の時代には、周囲にただ合わせるより、自分ならではの考えを持つことも必要。協調性が高すぎる“いい人”はそこにつけ込まれやすく、協調性のない人より収入が低くなるという研究結果もあります。大切なのは、“嫌い”を大事にして自分ならではの考えを持ち、“非協調性”を保ちながら、他の利益も最大化すること。それは変化の時代にオリジナリティを打ち出すための第一歩ともいえるでしょう。
3、感情を削ぎ落とし、“嫌い”の骨格を見つける。
“嫌い”という感情がなくなることはないのです。これをうまく運用するには、“嫌い”の理由を客観視し、分析する必要があります。そうすると、自分の欠点がわかったり、苦手なことや分野に気づき、対策を練ることができるんですね。客観視する能力を高めるためには、トレーニングが必要です。具体的には先ほどもお話ししたように、何が嫌なのか箇条書きでもいいので文字にして書き出すのがいいでしょう。書くと、“嫌い”という感情から距離が取れて、その骨格を把握できるはず。そして、自分にできることを冷静に考えられるようになるのです。
4、“嫌い”を解消し、“発明”に転換する。
自分がなぜそれを“嫌い”なのかというメカニズムが分析できると、次のイノベーションに転換していくことができます。よくよく考えれば、人類の歴史とは“嫌い”を解消するための“発明”で乗り越え“進化”してきた文明の歴史。たとえば、重いものを運ぶのが嫌だから台車の車輪が発明されたように。“嫌い”なこと、不快なことをやらないですむようにしたいという人間全体の意識が、進化の原動力となってきたわけです。一人一人が“嫌い”をどう解消しようかと知恵を絞るなかで、革新的な新しいアイデアが生まれてくるかもしれません。
5、直感でムダな努力を省く。
「なんとなく合わないかもと感じる彼氏だけど、5年も付き合ってそろそろ結婚できそうだし……」というケースで、「なんとなく合わない」というのは直感の部分。それを無視して努力しても、おそらくこの関係はいずれ破綻するでしょう。“嫌い”という危険信号を感じたら、避けられる場合はそれ以上あえて踏み込まなくていいのです。もし自分の直感に従えるのであれば、なんとなく未来に嫌な予感がする人とは適度な距離感を保ちましょう。嫌いな人やモノをムリに好きになろうとしてムダな努力をするより、目の前にある自分の心を大切に。
中野信子さん なかの・のぶこ 脳科学者、東日本国際大学特任教授、医学博士。TV番組など様々なメディアで活躍している。『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)、『ペルソナ 脳に潜む闇』(講談社)など著書多数。最新刊は『「嫌いっ!」の運用』(小学館)。
※『anan』2021年2月24日号より。イラスト・SANDER STUDIO 取材、文・山本淑子
(by anan編集部)