上下巻同時にリリースされた須藤佑実さんの『夢の端々』は、まるで一本の美しい映画を観たような読後感だ。登場人物たちの人生にすっかり入り込み、物語が終わってもなお、心はその世界を漂っている。

なぜ彼女たちは心中を選んだのか。“未遂”後の70年にわたる恋と人生。

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「百合マンガは読むのも描くのも好きですが、若い人同士の“百合のその後”を描いてみたかったんです」

百合のその後として冒頭で描かれる時代は、2018年。認知症で一緒に暮らす家族のこともわからなくなりつつある85歳の伊藤貴代子のもとに、同い年とは思えないほど若々しい園田ミツが訪ねてくる。お互いの近況など他愛もない会話を楽しむふたりは、70年ほど前の女学生時代に心中を図り、世間を騒がせた恋人同士だった。

「最初に思いついたのは、時間が遡る設定です。だいぶ前のことなのですが、現代から過去に戻っていくお芝居を観て、いつか自分もマンガでやってみたいと思っていました」

1話目で読者に明かされるのは、85歳の貴代子が鍵付きの日記帳のなかに“指”を大事に隠し持っていること。たしかに彼女の左手の小指は第一関節から先がなく、ひ孫には戦争で失くしてしまったと説明する。そしてミステリーのような雰囲気を漂わせながら、ふたりの間に何が起こり、どんな思いで心中に至ったのかが少しずつ語られていく。

「認知症の方は最近のことから忘れていき、昔のことは比較的覚えているといわれるので、忘れる順に描きたいという思いもありました」

時代を遡って描くにあたり、須藤さんは最初に年表を作成。彼女たちが出会った戦後間もなくから現代までに日本で起こったことと、ふたりの人生を一覧にしてプロットを組んだ。内気でどことなく影のある貴代子と、快活で男勝りなミツは、月と太陽のように呼応し合うキャラクターだ。女性は学校を卒業したらほんの少し外の世界を見て、ほどよい頃に結婚して家庭に入るのが一番の幸せと考えられていた時代。女性同士の恋愛はおろか、自立して生きることさえ大きな困難を伴う時代に、貴代子とミツはお互いを思い続けながらそれぞれの人生を選択していく。

「未来を先に描いているので、過去をどう描くかかなり悩みました。心中するまでは、夢の中というか幻覚のようなイメージで、心中未遂後は社会に出て、現実が少しずつ見えてくるイメージで描いています」

ふたりが見ていた長い夢と現実から、こぼれ落ちる記憶の断片。同時代を生きた女性たちの息づかいまで聞こえてきそうな作品だ。

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『夢の端々』 上・下戦後の女学校時代、心中を図った貴代子とミツ。未遂後、見合い結婚をした貴代子と、起業して独身を貫いたミツ、それぞれの人生が離れては重なる一代記。祥伝社 各880円 ©須藤佑実/祥伝社フィールコミックス

すどう・ゆみ マンガ家。『ミッドナイトブルー』『みやこ美人夜話』など短編に定評あり。初の上下巻となる本作では、新たな魅力を垣間見ることが。

※『anan』2020年12月30日-2021年1月6日合併号より。写真・中島慶子 インタビュー、文・兵藤育子

(by anan編集部)

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