松坂桃李「時代劇との距離がなくなってほしい」現代にも繋がる強い信念を持つ主人公を演じて。

ライフスタイル
2025.01.24

江戸時代末期の福井藩を舞台に、未曾有の疫病から人々を救おうと奔走した実在の町医者・笠原良策の半生を描いた映画『雪の花 ―ともに在りて―』が公開。名匠・小泉堯史監督が、日本映画界の熟練スタッフ陣とともに、丹精込めて作り上げた本作で主演を務めたのは俳優・松坂桃李。かねてより小泉組に参加したかったという彼に、本作を経て辿り着いた作品との向き合い方や自分自身のターニングポイントについて語ってもらった。

役を超えて響く「利を求めず、名を求めず」という言葉。

—— 小泉監督を筆頭に、撮影から美術にいたるまで黒澤組のDNAを受け継ぐ日本映画界のレジェンドたちが集結した現場でしたが、参加されていかがでしたか?

本作は全編フィルムで撮影していて、僕はフィルムが初めてだったので全てが新鮮で刺激的でした。また、小泉監督をはじめスタッフチームも黒澤組を経験してきた方たちばかりだったので、他の現場とも少し違う緊張感が終始ありましたね。それと同時に、黒澤組を経験してきた先輩方もこういう空気のなかでやってきたのかと思うと、ちょっとした高揚感を感じることができました。

—— 撮影を振り返って、思い出に残るシーンはありますか?

物語の終盤で妻である千穂を演じられた芳根京子さんが太鼓を叩くシーンは印象的でしたね。撮影に入る3ヶ月ぐらい前からレッスンを受けていらっしゃったそうで、僕は『居眠り磐音』(2019)以来の共演だったんですけど、久しぶりに現場でお会いした時にはもう両手がテーピングだらけで。マイ鉢と枕を持参して、毎日練習されていたので、本番では本当に心身ともに疲弊しきっていたと思うんですけど、凛とした状態で現場に立たれていた姿は役柄と重なる部分がすごくありました。

—— 良策と千穂の夫婦としての在り方なども印象的でした。

一人では到底成し得なかったことが、妻のおかげで挑戦することができた。これはある種の夫婦の愛の物語でもあると思います。だからこそ、タイトルにも「ともに在りて」という言葉が加えられたのではないでしょうか。

— 四度目の共演となった役所広司さん。今回改めて刺激を受けるような場面はありましたか?

役所さんって毎回役に自然に溶け込んで、物語の精神的な支柱になってくださる方。発する言葉にも説得力があって、今回すごく僕の中で印象的だったのが、「利を求めず、名を求めず」というセリフでした。役所さん演じる蘭方医の日野鼎哉が良策にかける言葉なのですが、役を超えて僕自身にも言ってくれてるような感情の伝わり方があって、とても心に響きました。

—— 初共演となった吉岡秀隆さんとの撮影はいかがでしたか?

とても素敵な方ですよね。向かい合ってお芝居をしていると、吉岡さんの身体の中に一本の川が流れているような印象を受けました。役柄としては、漢方医として生きてきた良策に蘭方の可能性を教えてくれるキーパーソンです。初めのうちは心を開いていなかった良策も同じく命を預かる立場として考え方を変えていくシーンがあり、吉岡さんの声とともに自然と新しい価値観がすっと入ってくるような、時間の流れも変えてしまうほどの特別なお芝居の空間がありました。今まで出会ったことのない空気感を纏った方でした。

—— 松坂さんご自身これまでの俳優人生を振り返って、そういったターニングポイントとなるような出来事や出会いで思い当たるものはありますか?

舞台『娼年』(2016)の出演が大きいと思います。作品の幅をどうしたら広げられるのか、マネージャーさんとも話をしていたタイミングで本当に運良くこの作品の話をいただいて、そこから『孤狼の血』(2018)や『新聞記者』(2019)といった作品につながり、今まで出会ったことないような方々とご一緒することができたので、僕にとっては大きなターニングポイントのひとつだったと思います。

安心感を捨てる勇気があれば、学び続けることができる。

—— 笠原良策という無名の町医者を演じるにあたって、どのような人物像を思い描かれましたか?

僕が演じた笠原良策は、未曽有の疫病によって多くの人たちの命が奪われてしまい、有効な治療法がないなかでも「医者としてなんとかせねば」と福井から京都まで足を運び、これまで身につけてきた漢方とは全く異なる発想の蘭方を一から学び直し、打開策を見つけるために尽力した人。それってなかなかできないことですよね。ましてや、無名の町医者だからこそのやりづらさや風当たりの強さもあるなかで、長い年月をかけてやり遂げたというのは、周りの支えはもちろんのこと、医者としての志の強さを感じました。

—— 共感される部分もありましたか?

江戸時代の話ですが、コロナを経験した現代にも通じる部分もあって、疫病に罹った人々が隔離される場面などを見ると、同じことを今でもやっているんだなと考えさせられました。時代が繰り返されるなかで、こういった窮地に立たされた時に、良策のような強い志を持った人がいることで多くの人たちの命が救われてきたというのを、改めて再認識できる作品にもなっているのかなと思います。

—— 良策はとにかく諦めないキャラクターでしたが、松坂さんご自身はいかがですか?

良策のような粘り強さがあればいいんですけれど、すぐにへこたれてしまうこともあります。でも、仕事の場合はへこたれても最後までやらなければならないので、割と早めに気持ちを持ち直せるタイプだとは思います。

—— 気持ちを切り替えるためにご自身の中で意識してることはありますか?

最終的にはいつもなんとかなる! って思っています。それはつまり自分がなんとかするってことだろうなと思うので、そこでもう1段階自分のなかでスイッチが入る感覚です。

—— 松坂さんも役者として、新しいアプローチや価値観を取り入れるということは意識されますか?

そうですね。作品や役によって性格や考え方、日常の過ごし方だったりも毎回変わるので、役作りの固定概念というのは基本的に持たないようにしてます。少しずつ足していくというか、足しては崩して、足しては崩してを繰り返しています。

—— 自分の分野外のものを学んだり、新しいことを学び続けられる人の資質とはどういうところだと思いますか?

誰しも成功体験を持っていると、楽ですし安心すると思うんです。テレビや映画の現場でも、過去の成功例に習って繰り返されることもありますし。そういったある種の信頼や自信というのも大切だと思う一方で、今は時代の流れも早いので、変化や学び直しを求められる部分もあって…。その安心感を捨てる勇気があればいくらでもできるんじゃないかなと思います。

—— 時代の変化やAI技術などの進歩に対して、俳優としてどのように捉えていますか?

本当にあと数十年したら、僕ら俳優も過去のデータからAIが分析して高精度に再現されるという時代が来るんでしょうね。ただ、一周回ったときにやはりオリジナルを求めるようになる気もしていて、その時にオリジナルである僕らがしっかり見て下さる方たちを興奮させることができれば、時代を良い方向に変えることができるんじゃないかなと思います。

本作を通して、時代劇との向き合い方が変わった。

—— 時代物の作品に出演されるのは珍しい印象がありますが、本作を経て感じることはありましたか?

時代劇との距離が少しでもなくなればいいなと思うようになりました。これまでは自分が参加するにあたって、時代劇だからこそ演じるうえでも構える部分があったのですが、演者がそうすることによって、観る方たちにも距離が生まれてしまいます。歴史の1ページめくるように、「こういうことあったんだな」ぐらいな。 でも、今回「歴史があるからこそ今があるという、ちゃんと地続きにつながっている」ということを小泉監督がおっしゃっていて、その言葉を自分の中で落とし込んだ時に、やはりその距離感がとてももったいない気がしたんです。

—— 確かに、若い世代にとっては少し敷居の高いジャンルの印象があります。

数ある映画のジャンルのなかでも、よほど好きな方や年配の方以外はラインナップから外れていることが多いのかなと思うのですが、いまに通じるメッセージ性も強いので、もっと日常のラインナップに入り込めるようになって欲しいという想いを持つようになりました。本作に参加するうえでも、時代劇だからこう演じようというのはあまり考えずに、役に純粋に向き合って現場に立つということに気づかせてもらいました。

—— 時代劇に馴染みのない方たちにはどのように楽しんでもらいたいですか?

衣装や立ち回りといった時代劇ならではの見どころもありつつ、感情の起こり方など内面的な部分は時代が違えど変わらないものもあって、そういった部分に共感し、想いを馳せることでより一層楽しんでもらえるのではないかなと思います。また、小泉監督はエンタメとしてもこの作品を計算されているので、先ほどの芳根さんの太鼓もそうですし、立ち回りもあれば、歌のシーンなど随所随所で観客を飽きさせない仕掛けがされています。なにより、福井で撮った自然の情景の美しさであったり、雪山の厳しさなどもしっかりとフィルムに収められているので、目で見て、耳で聞いてスクリーンでの体験を楽しんでいただけたら嬉しいです。

松坂桃李さんの、いま好きなこと。

いまのマイブームはネットショッピング。仕事や育児に追われて、なかなか外で買い物ができないときに、お肉やお魚といった生鮮食材から、洋服や家の便利グッズまで全てがネットで揃うことを知って、ついつい見るようになりました。なかでも、しょうがやニンニクなど美味しそうな調味料を見つけると、ついついポチりそうになってしまいます。キロ単位での販売だったりして、量が多すぎることもあるので要注意ですが…(笑)。秋冬は旬を迎えたフルーツなどを見るのも楽しいですね。

INFORMATION インフォメーション

©2025 映画「雪の花」製作委員会

映画『雪の花 ―ともに在りて―』

巨匠・黒澤明の助監督を務め、自身の監督デビュー作『雨あがる』(2000)以来、一貫して人間の美しい在り方を描いてきた小泉堯史監督が、吉村昭の小説「雪の花」を映画化。江戸時代末期の福井藩を舞台に、数年ごとに大流行して多くの人命を奪う未曾有の疫病から人々を救おうと奔走した実在の町医者の姿を描く。美しい日本の四季、自然豊かな風景、そして魅力的な登場人物たちの存在感が、世代を超えていまを生きる勇気と希望を与えてくれる感動のエンターテイメント作品に仕上がっている。
監督/小泉堯史
原作/吉村昭「雪の花」(新潮文庫刊)
出演/松坂桃李、芳根京子、三浦貴大、宇野祥平、沖原一生、坂東龍汰 / 吉岡秀隆 / 役所広司ほか 
2025年1月24日(金)全国公開

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PROFILE プロフィール

松坂桃李

2009年デビュー。映画、テレビドラマ、舞台と幅広く活躍。2018年『孤狼の血』で、第42回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞、2019年『新聞記者』で第43回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞しているほか、『孤狼の血 LEVEL2』(2021)、『流浪の月』(2022)で、第45回と第46回の日本アカデミー賞優秀主演男優賞をそれぞれ受賞。主演する日曜劇場「御上先生」が絶賛放送中。今年は「父と僕の終わらない歌」(5月23日公開)、「フロントライン」(6月公開)が待機中。

写真・園山友基 インタビュー、文・市谷未希子

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映画

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