その瞬間にカメラが捉えるのは、葉っぱに落ちた光かもしれない。家族のふとした表情、異国の遠い場所かもしれない。いつまでも見ていたくなる、胸の奥へ届く切なさや懐かしさは、写真家の眼差しと私たち自身の眼差しが重なるせいだろうか。“From the Hip”とは、数々の写真集や映像作品を発表し、印象的な広告写真でも知られる写真家・上田義彦さんの展覧会のタイトルだ。西部劇のガンマンが咄嗟に腰からピストルを抜くのになぞらえて、「あ、いいな」と思った瞬間にシャッターを切ることを表している。
心の動く瞬間を掴まえて、世界にシャッターを切る
「写真は光により写るといいますが、光は刻々と変わっていくし、なおかつそのとき風が吹いたのかもしれないし、いろいろな条件が重なって“あ”っと思った。それを撮れるかどうかに、写真の力があると思う」
絵描きが自分の中にあるイメージに近づけようと絵を描くとすれば、目の前のある瞬間に向かってシャッターを切るのが写真家だ。
「大事なものは心を動かすもの。その瞬間に自分を動かす何かがあるという不思議さに気づかなければ、受け取れないし、何も写らない」
上田さんがこう考えるようになったのは、アメリカ先住民の聖地といわれる森へ入ってからだ。
「不思議な気配を感じて、足が止まった場所に大きいカメラを置いてファインダーをのぞくと、向こう側に予想もしなかった世界があった。それに驚いたのです」
ただシャッターを切りたいという衝動にかられて、何が撮れたのかわからないまま現像所に車を走らせ、ビューワーをのぞいてもう一度驚くことになる。写っていたのは雨の降り続く鬱蒼とした森の奥で、わずかな木漏れ日に浮かぶ世界の天井を支えるかのような大木。そこには「言葉にできない何か、見たことのない何か」があった。
「写真ってこういうものなのかと、目の前のものを丸ごと切り取る写真の凄さに気づいた最初でした」
今回展示されるおよそ500点の作品は、そのまま40年分の“From the Hip”の集積である。新しい作品から時系列で展示するという方法が上田さん自身の手で試みられる。命の源をテーマにしたシリーズ、自身の家族にカメラを向けた写真、著名人のポートレート、多くの人が思い返す広告写真など。
「時間通りに並べることで、このとき何が起きていたのか、なぜこういう写真を撮ったのか、僕自身もちょっと知りたいのです」
「いつも世界は遠く、」はこの展覧会のもう一つのタイトルだ。
「今ここの瞬間を掴まえて、撮れた、なんて思うのに、次の瞬間には遠くなる。世界と僕の距離はいつも遠いまま。それで切なくなったりするのは、決して自分のものにはならない世界への憧憬なんでしょうね」

上田義彦《Quinault No.1・Washington》1990年 ⒸYoshihiko Ueda

上田義彦《at Home・Morie and Karen・Hayama》1996年 ⒸYoshihiko Ueda

上田義彦《Mater No.10・Yakushima》2021年 ⒸYoshihiko Ueda

上田義彦《Apple Tree No.2・Gunma》2017年 ⒸYoshihiko Ueda
Profile
上田義彦
うえだ・よしひこ 1957年、兵庫県生まれ。写真家。ポートレートや旅、日常風景をテーマに、広告でも活躍。国内外で高い評価を得る。代表作にアメリカ先住民の森を写した『QUINAULT』、家族を撮った『at HOME』など。
Information
上田義彦 いつも世界は遠く、Yoshihiko Ueda:From the Hip
神奈川県立近代美術館 葉山 神奈川県三浦郡葉山町一色2208‐1 開催中~11月3日(月)9時30分~17時(入館は16時30分まで) 月曜休(8/11、9/15、10/13、11/3は開館) 一般1200円ほか TEL. 046-875-2800