天才的な舞踊家にして振付家の青年。彼の舞台で魅了させるバレエ小説。
これまでも演劇やピアノコンクールなど、言語化が難しい題材を小説にしてきた恩田さん。
「そこからさらにハードルを上げるなら踊りかな、と思っていた時に編集者からバレエ小説を提案されたんです。すぐ書けるわけではないので、連載を始めるまでに結構時間がかかりました」
構想・執筆にかけた月日は実に10年。その間ひたすらバレエを観て、どうやって言語化するかを考えた。
8歳でバレエに出合い、踊りと振付の才能を開花させていく萬春。4部構成の本作は、3章までが春に関わる人物の視点で、さまざまな時期の彼の姿が描かれる。
「踊りって、同じ振付でも踊る人によって醸し出される雰囲気が全然違う。不思議ですよね」
春の踊りを再現する描写が美しい。作中では極力バレエ用語を使わないよう配慮。バレエを知らない読者でも脳裏に舞台が浮かぶはずだ。第4章は、春自身の視点で綴られる。
「全章他の人の視点にすると、天才って理解不能なモンスター的な存在に見えてしまう。それで、本人に語ってもらうことにしました」
彼の内面や人間味を知るからこそ、終盤は読者の気持ちも盛り上がる。
作中にはさまざまな演目が登場。
「どの曲を使ってどういう踊りにするか考えるのは楽しかったです。文章化するのは大変でしたが(笑)」
架空の演目も多数登場する。鏡映しのように2人が踊る「ヤヌス」、映画『マトリックス』の音楽へのオマージュとなる曲が作られた「アサシン」、寓話劇をベースにした「三つのオレンジへの恋」…。
「『マトリックス』のサウンドは傑作だと思うので、あれで踊ってほしかったんです。私の妄想です(笑)。他の架空の演目も私の趣味が入っていて、誰か実現してくれないかなと思いながら書きました。一番実現してほしいのは『三つのオレンジへの恋』です。完全オリジナルなら『KA・NON』かな」
どんな演目かは読んでのお楽しみ。
恩田陸『spring』 8歳でバレエに出合い、15歳で海を渡り、舞踊家、振付家として開花していく一人の天才。彼を通してバレエの魅力を描き切る長編小説。筑摩書房 1980円
おんだ・りく 1992年『六番目の小夜子』でデビュー。2005年に『夜のピクニック』で本屋大賞、’07年に『中庭の出来事』で山本周五郎賞、’17年に『蜜蜂と遠雷』で直木賞と本屋大賞を受賞。
※『anan』2024年5月1日号より。写真・土佐麻理子(恩田さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・瀧井朝世
(by anan編集部)