唯一無二の物語を紡ぎ出す29歳。脚本家、演出家、映画監督・加藤拓也に迫る!

エンタメ
2023.09.18
一度観たら病みつきになるような唯一無二の物語を紡ぎ出す、演劇界の注目の人物。29歳と思えない深い洞察力の持ち主の素顔は? 最新作からプライベートまで語ってくれました。
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『きれいのくに』などのドラマ脚本で注目を浴び、舞台では繊細かつ切れ味の鋭い作風で、強烈な観劇体験をさせる、気鋭の脚本家・演出家、加藤拓也さん。2作目となる長編監督映画『ほつれる』が現在公開中。

――映画『ほつれる』は、加藤さんが主宰される劇団た組で5月に上演された『綿子はもつれる』に近しい物語でした。どういう経緯で制作に至ったのですか?

不倫相手を亡くすという事件から、それまで物事に向き合ってこなかった主人公がどういう行動をとっていくのか。演劇バージョンと映画バージョンを作ったら、別のアプローチでできるなと考えました。

――具体的にはどういうアプローチの違いがあったのですか?

映像は空間を切り取り、焦点をあてることができます。つまり演劇ではセリフで語っていたことを、表情や構図、カメラワークによって表現できます。セリフの外側でその人物が何を思いその行動に至ったのか、観測している人たち(観客)が思考を巡らせることができるという違いがあります。

――どちらの作品も胸が締め付けられました。『綿子はもつれる』では夫の連れ子を演じた田村健太郎さんが、『ほつれる』では冷め切った夫婦の夫役というギャップにも驚きました。もう一度舞台を観たくなったくらいです。

舞台では中学生役でしたからね。『綿子はもつれる』は10月に台湾で上演します。

――劇団た組、初の海外公演ですね! 加藤さんの作品は、説明なしに場面がふいに飛んで時系列が前後することがあり、脳内でアジャストしながら観ていく作業が楽しいです。主人公の目的は何なのだろうと想像しながら、前のめりで観てしまいます。

どうしても人は他人の行動に明確な理由を求めがちですよね。自分の中の限られた知識から、合理性を見出し、腑に落とそうとします。でも、はたからは非合理に見えても、当人にとっては理屈が通っている自然の行動ということは現実にたくさんあります。他者の合理性を押し付けない、起きる出来事や人物の行動に整合性を求めないということが、物語である意味なんじゃないかというふうに思っています。

――加藤さんの作品を観て毎回痛感するのは、自分がいかに物語の定型に侵されているかということです。次はこうなるんじゃないかと物語をいくつかのパターンに照らし合わせながら観ていることに気づかされました。どのパターンにもはまらない、絶妙なところに流れていく展開に衝撃を受けます。

物語の決まった型のようなものを僕らはたくさん受け取りすぎて、予測できるようになってしまっていますね。僕としてはそういう型に面白みを感じないというか、予想がついてしまうのはすごく嫌で。物語の王道の楽しみって本来は、テンプレにのっとったストーリーに安心することではなく、どうなるかわからない展開にドキドキハラハラすることなんだと思います。

――また、セリフが普通の会話そのままに思えるくらいリアル。脚本を書くうちに、登場人物が頭の中で勝手に喋り出すのですか?

いえ、無自覚に書くということは意識的に減らしていますね。そうしてしまうと自分の中に蓄積されているものの範疇を超えられない気がして、意識的に止めながら書いています。プロットは書きますが、それを守ったり守らなかったりです。

――長編初監督の『わたし達はおとな』では撮影前に念入りにリハーサルをしたと聞きました。

今回も実際撮影する場所で2週間ほどリハーサルを重ねました。

――映像作品は舞台と違い、俳優が持ち寄った演技をその場で合わせてすぐ撮影すると聞いていたので、それは贅沢な作り方ですね。

できればこのやり方は続けていきたいです。脚本の解釈を共有するには、パッと集まってその場で合わせるのでは難しい。俳優の体を通して、セリフがセリフではなくなる瞬間までリハーサルを重ね、時間をかけて作り上げるというのは必要かなと思いますね。

――同じ芝居を繰り返して、新鮮味を失うことはないのですか?

1万回同じセリフを口にしても、新鮮な気持ちで言えるのが俳優なんだと思います。もちろん現実には1万回もリテイクすることはないですし、蓄積は存在するけど。実際の撮影では、立ち位置や動き、セリフを話すタイミングなど、踏まえなければいけない決まり事がたくさんあります。でも、そういうものがまるでないかのように、その場に本当に生きているように感じさせる演技というのは、勘でできることではないですよね。

――脚本も演出も、綿密に積み上げているから、リアルな表現が生まれているんですね?

普通に話しているように見せるって、俳優の能力の高さも必要ですし、努力も必要なんですよね。普通の会話なので、一見誰でも喋れそうに見えますが、そのまま話しても言葉が抜けていってしまって、観る人に伝わりません。ちゃんとその瞬間瞬間、写実的な気持ちを動かしながら自分の言葉で話しているように喋るというのは、作品に触れている時間が長くないと難しいと思います。

――スター芝居というか、演技の巧さで魅せていくのとは逆の、俳優自身を役に埋没させるテクニックが必要そうですね。

主人公の綿子を演じた門脇麦さんは、匿名性のある俳優だと思います。表情で語られるものがすごくあって、素敵な瞬間がたくさんありました。染谷(将太)くんも黙っているときの情報量がとても多くてすばらしいです。僕はそこが好きすぎて、染谷くんをずっと黙らせて撮ろうと思ったくらいでした。

――人物2人の会話のシーンでは、話す人の顔が交互に映されるのが一般的ですが、片方の表情のみしか見せない場面もありました。

人物の後ろめたさを、横顔の顔のラインで語らせたいなど、言葉以外の部分でよりシンプルに、削ぎ落とせるものは削ぎ落としていきました。今回は、主人公が夫や恋人、干渉してくる義母などに“向き合わなかった”ということがテーマになっているので、人物の“向き”を構図に組み込んでいます。でも、これは僕の趣味の領域で、誰も気づかないと思います。演出が際立ってしまうと演出ショーになってしまうので、観客には物語に没頭してほしいし、物語が一番前にあるべきと思いながら作っています。

――加藤さんは常々、作品を観ることは、必ずしも物語を解釈することではなく「体験」だと話しておられますね。

メッセージやテーマを伝えたいのなら、ブログやエッセイで十分だと思います。そのほうが短時間で読めますし、ストレートに意図が伝わります。物語にする理由は、知識を得るためではなく、体験なのではないかと。映画館や劇場で、登場人物と90分なり120分間の旅を共にして、擬似体験する。それが財産になるんじゃないかなと考えていますね。

――加藤さんの作品では、登場人物の感情に激しく共鳴します。「面白い」の一言では言い難い、ときに苦しい思いもするので、なぜまた観たくなるのだろうと、不思議に思うことも…。

芸術って必ずしも楽しいばかりのものでなくてもいいですからね。危険なものもいろいろ発信できたほうがいいのではないかなと。

――感情を強烈に揺さぶられる観劇体験が、生きている実感に近いものを得られるから、また味わいたいと思うのかもしれませんね。
罪悪感やままならぬ思いなど、闇の部分を描くことが多いのは、それが人間の本質だからですか?

どうでしょう。もしかしたら、それは僕が世の中に対して抱いている感覚なのかもしれないです。あまり希望的には見ていないかもしれません。ただ、絶望だけで終わっているつもりはないんですけどね。作者の手で物語に希望を与えることはできなくはないのですが、それでは作者の意図が生まれてしまいます。できるだけ物語の流れるままに終わりたいなと思っています。

――今年は読売演劇大賞や岸田國士戯曲賞など、名だたる演劇賞を受賞されました。お仕事の環境も変化したのではないですか?

評価していただくというのはもちろん嬉しいことですが、それによって書くものが変わるわけではないので、自分の生活は特に変化はないですね。ただ、受賞した戯曲を書籍にしていただいたのは嬉しかったです。演劇は上演したら基本的には消えてなくなってしまうものなので、形として残るというのは感慨深いです。

――書く作業は楽しいですか?

基本、しんどいですよね。面白い瞬間はもちろんありますけど。

――書きたい物語は常にあるのでしょうか。

そんなことないです。普段、気になることをメモしていて、それを見返して、いくつかが結びついたときに思い浮かぶ感じです。

――加藤さんのプライベートが全く想像つかないのですが、普段はどんな生活をしているのですか?

めちゃくちゃ普通です。猫を1匹飼っています。

――趣味やハマっているものは?

なんやろな…コーヒーは好きで毎日淹れています。銭湯やサウナ、脱出ゲームも好きです。最近は株に興味が出てきました。あと、接骨院で骨を元の位置に戻すことにハマっています。

――整体師になりたいと思っていた時期があるのだとか。

子供のころずっと野球をやっていたので、スポーツ整体を習って、野球選手の付き人になる未来も想像していました。もし、大谷翔平の付き人になっていたら、年収8億円くらいになっていたかもしれません。なぜやっていなかったんだろうと悔やまれます。

――(笑)。8億円あったら、何に使いますか?

投資するかな。何もしないで暮らしていける人生、憧れますよね。

――何もしなくてよかったら、物語も書きませんか?

書かないかもしれないですね。演劇も映画もどうしても興行と切り離せないので…。20億円くらいあったら、興行成績も気にせず、好きに書けるかもしれないです。


加藤さんが脚本を書き、監督した映画『ほつれる』は全国公開中。夫がありながら、木村(染谷)と逢瀬を重ねる綿子(門脇)。ある日、事故により木村を突然失い、綿子はそれまで直視してこなかったことを見つめ直す。作・演出を手がけた舞台『いつぞやは』は10月1日までシアタートラムにて上演中。大阪公演あり。

かとう・たくや 1993年12月26日生まれ、大阪府出身。17歳で構成作家を始め、18歳のときにイタリアで映像演出を学ぶ。2013年に劇団た組を立ち上げ、すべての作・演出を手がける。’21年のドラマ『きれいのくに』(NHK)で市川森一脚本賞を受賞。’22年の舞台『ザ・ウェルキン』『もはやしずか』で第30回読売演劇大賞優秀演出家賞、『ドードーが落下する』で第67回岸田國士戯曲賞を受賞した。

※『anan』2023年9月20日号より。写真・山越翔太郎 インタビュー、文・黒瀬朋子

(by anan編集部)

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