お笑いカルテット「ぼる塾」の酒寄希望さんが、本屋さんで気になった本を紹介していく月1連載の第4回をお届けします!


Profile

酒寄希望

さかより・のぞみ 1988年4月16日生まれ。お笑いカルテット「ぼる塾」のメンバーで1児の母。ぼる塾のブレーンとしてネタを書いて舞台に立ちながら、子育てエッセイや作品レビューなど執筆業でも活躍中。著書に『酒寄さんのぼる塾日記』(ヨシモトブックス)など。noteにも投稿中。最近は香港映画にハマり、現在190本以上鑑賞。note

タイミングによって生まれる一目ぼれはあると思います。そのまま通り過ぎてしまうような、普段のわたしなら決して交わることのない存在に、もはや運命のように偶然に出会ってしまう。本への一目ぼれにもそれは起こります。

先日、相方三人が仕事でフランスのパリに行くことになりました。昔からずっとフランスに行きたいと願っていた田辺さんは大喜び。彼女の長年の夢が叶ったことは、留守番のわたしにとっても嬉しいことでした。

帰ってきたら三人にお土産話を聞いて、パリをいろいろ教えてもらおう。そんな風に思っていたとき、たまたま入った本屋さんで、こんな本を見つけたのです。

「…パリのすてきなおじさん?」

パリのすてきなおじさん。こうして改めて文字で見るとつよい吸引力があります。すてきなパリでもなく、パリのすてきな人でもなく、パリのすてきなおじさん。ちょっと範囲が狭すぎます。タイトルを見ただけでいろんなことが頭に浮かびました。

(著者はパリがすきでパリのいろんなことを書いていて、その一冊としてこの本を書いたのだろうか? それともおじさんという存在がすきなのだろうか? それともパリのおじさんがピンポイントですきなのだろうか?)

気になる。表紙にはおしゃれで愛嬌のあるタッチで描かれたパリのおじさん。わたしは三人がパリに行っている間にパリのおじさんについて詳しくなろうと思い、本を購入しました。

『パリのすてきなおじさん』 文と絵・金井真紀 案内・広岡裕児(柏書房)

「なるほど! そういうことだったのか」

「はじめに」を読んですぐ、どうして「パリのおじさん」なのかの謎が解けました。著者の金井真紀さんはおじさんがすきでこの本を作ったのです。ここで誤解を招きたくないのですが、金井さんは恋愛対象としておじさんがすきなわけではありません。金井さんにとっておじさんは自分の価値観に風穴をあけてくれる存在です。この、「おじさんは価値観に風穴をあける」という表現は今までわたしが言語化できなかった思いにまさにぴったりで、読み始めてたった数行でこの本は運命の出会いだったと確信しました。

わたしもおじさんに大きな風穴をあけてもらった経験があります。ぼる塾を結成する際、いろいろな問題がありました。田辺さんを相方にしたいあんりちゃん、あんりちゃんとお笑いをやりたいと思いながらも、そのときの相方だったわたしを待ち続ける田辺さん、スランプに陥っていたはるちゃん、産休で復帰の目処が立たないわたし。どうなることが正解なのか、誰もわかりませんでした。そんなとき、

山田さん「4人でやればいいじゃーん」

今あるコンビをそのままくっつけて4人でやる。しんぼると猫塾でぼる塾。わたし達の誰も思いつかなかった方法を提案してくれたのが構成作家のおじさんである山田ナビスコさんでした。結果、今もみんなで楽しくお笑いを続けています。山田さんには感謝でいっぱいです。

話を戻します。風穴を欲して無類のおじさんコレクターになった金井さんと、パリ在住40年のジャーナリスト広岡裕児さんがタッグを組んで作ったのがこの『パリのすてきなおじさん』です。パリの街を歩き回り、集まったおじさんの数はなんと67人!

この本には実に様々なおじさんが登場します。絵を描くおじさん、コックのおじさん、ボールを蹴るおじさん、競馬がすきなおじさん、難民申請中のおじさん、フリーメイソンに関係するおじさん、大統領候補のおじさん…全てのおじさんをここに書き連ねたいほど、全員が忘れられなくなるおじさんです。

アートなおじさん「スペイン生まれなのに、なんでフランスにいるの?って聞かれることがあるんだけど、僕は地球生まれだからって答えるんだよ」

年齢は下が25歳(自称)から上は92歳まで。肌の色も宗教も支持政党も性的指向もバラバラです。インタビューとともに、おじさんのスケッチがのっています。金井さんのおじさんに対するインタビューがとても上手なのか、まるでわたしもパリにいて、目の前でおじさんから話を聞いているような気持ちになります。

いまを生きるおじさん「大事なのは将来ではない。いまですよ。いま、この瞬間に大事なものをちゃんと愛することです」

金井さんと広岡さんが行った二週間の取材の中で、パリに住んでいるすてきなおじさんという縛りのみで選ばれたおじさん達。パリに住んでいるすてきなおじさんは広く、人によってまったく違います。それゆえに今まさにパリに住んでいる、年を重ねた今すてきなおじさんにしか語れない経験と思いがあります。彼らはわたしにいろんな世界を見せてくれます。

パリの地下をこよなく愛するおじさん「ぼくは一年中地下にいるから、いつもTシャツを着てるよ」

中でもわたしの心にとくべつ刺さったのが、パリの地下をこよなく愛するおじさん「ジル・トマ」さん。彼はパリの市役所に勤める公務員でありながら、パリの地下の虜になった男です。金井さんたちに「ぼくの地下」を紹介するために地下ツアーをやってくれます。ジルさんの案内で巡るパリの地下は読んでいてとてもドキドキハラハラします。この回は冒険でありながら、フランスの歴史を地下という形で知ることになります。

ジルさん「地下に出会ってぼくの人生ははじまったから」

わたしはジルさんのこの言葉がとてもすきです。彼は何度年齢を聞いても25歳と答えます。それは初めて彼が地下道を探検したのが25歳だからです。ジルさんはこれまで地下に関する7冊の本を出版し、15以上の記事を発表しています。すさまじい地下愛。パリにこんなにも地下を愛するおじさんがいるなんて思いもしませんでした。

金井さん「パリの地下に関しては第一人者だ。第二、第三がいるのかは不明だけれど」

今の世の中、自分の知りたい情報だけをピックアップすることが簡単にできるようになりました。意見もそうです。自分の求める意見と、そうするとセットでついてくる反対意見くらいしか見なくても過ごせるようになります。

ですが、『パリのすてきなおじさん』は、ページをめくるたびにたくさんのおじさんが幅広いジャンルを教えてくれます。知らなかったことを知る。それは何歳になっても大切なことだと思います。金井さんの書かれる文章は聞く側の姿勢、もらった意見に対する受け取り方、寄り添い方も大変勉強になります。

金井さん「どのおじさんも刺激的だ。トホホなはなしがあり、涙がこぼれるはなしがあり、興奮するはなしがある。一見ささやかなエピソードでも、その奥にちゃんと世界が見える。いま、わたしたちが生きているこの世界の断片が」

みんなが帰ってきたとき、「パリのすてきなおじさんに会った?」と、聞いてみたいと思います。

こちらにも、一目ぼれ!

『谷崎マンガ 変態アンソロジー』 著・谷崎潤一郎 漫画・榎本俊二/今日マチ子/久世番子/近藤聡乃/しりあがり寿/高野文子/中村明日美子/西村ツチカ/古屋兎丸/山口晃/山田参助 (中公文庫)

変態という言葉はマイナスイメージが強い印象がありますが、ある人にくっついていると途端に魅力的な言葉に感じます。それは、作家の谷崎潤一郎です。『谷崎マンガ 変態アンソロジー』というタイトルの破壊力に思わず買ってしまいました。

この作品は11人の漫画家がそれぞれ選んだ小説に愛と独自のアレンジをたっぷり加えてマンガ化したものです。参加されている漫画家さんがとても豪華です! 『ライチ☆光クラブ』の古屋兎丸さんが『少年』をマンガ化! 『るきさん』の高野文子が『陰翳礼讃』をマンガ化!

わたしは中でも『同級生』の中村明日美子さんの描かれる『続続羅洞先生』が理想の変態です。記者と先生による会話だけの展開なのですが、直接的な描写はないのに狂おしいほど色っぽいのです。10ページの短い作品ですが最後の1ページに鳥肌がたちます。また、山口晃さんの描かれる『台所太平記』は変態要素が全くなく、主人公とその暮らしを助けるたくさんの女中たちの心温まる物語に感動します。様々な変態マンガを楽しんだ最後にくる『台所太平記』は、谷崎作品の幅広さを感じます。

このアンソロジーは谷崎潤一郎を全く読んだことのない人でも楽しめると思います。わたし自身も学生時代に背伸びをして谷崎作品を読んであまり理解できなかった状態で終わっていましたが、この一冊を読んで原作小説を読み直そうと思いました。今なら読み直せる気がします。変態に対する考え方もちょっと変わる変態アンソロジーです。

『ちいさな手のひら辞典 花言葉』  著・Nathalie Chahine(グラフィック社)

美しい! あまりの美しさに一目ぼれです! この一冊はいろんな方が一目ぼれしているのではないでしょうか? この美しい本を手元に置いておきたいと思い購入しました。

世界各地の80の花言葉と、その花言葉の由来になったエピソードや豆知識がアンティーク調のイラストとともに掲載されています。全ページにうっとりします。わたしは気まぐれに花言葉を調べることがあったのですが、今までインターネットで検索して、「あーこういう意味があるのかー」と、なんとなく知識を得て終わっていたこの時間。この本で調べるとなんだかとても素敵な時間になるのです。

また、何となく開いたページを読むのもとても楽しいです。例えばたまたま開いた〈水仙〉。花言葉は【虚栄、利己主義、チャンス】。水仙にまつわるナルキッソスの伝説についての説明が描かれています。水面に映る自分の姿に恋をしてしまい、叶わぬ恋に自ら命を絶ったナルキッソス。以降、水へと乗り出すように咲くこの花は水仙(ナルシス)と呼ばれるようになったとか。ナルシシズム(自己愛)の語源です!

他にも、中国では鮮やかな黄色の水仙が好まれている理由なども書かれています。美しいだけではなく、読んでいて非常に面白いです。わたしにとって〈タイム〉はハーブの一種という認識しかなかったのですが、ちゃんと花言葉がありました。勉強になります。そして、この本で知った花言葉の知識でいつか誰かに花束を贈りたいという素敵な夢ができました。

酒寄さんの一目ぼれ読書記録・連載バックナンバー

第1回『そりゃあもう いいひだったよ』

第2回『アンソロジー カレーライス!!大盛り』

第3回『壇蜜』

写真・中島慶子(本) 文・酒寄希望

Share

  • twitter
  • threads
  • facebook
  • line

Today's Koyomi

今日の暦
2025.12.
30
TUE
  • 六曜

    先負

  • 選日

    母倉日

「一緒に○○しませんか」と誘ったり誘われたりする可能性がある日です。暦的には人によって転職や転属を考えるきっかけになり得る日ですが、年末であること、そして現代の風潮を鑑みるに「友達で集まってマルチプレイのゲームでもやってみない?」といった状況も想定されます。わくわくドキドキ感に従ってみましょう。

Movie

ムービー

Regulars

連載