初谷むい
はつたに・むい 1996年生まれ。大学時代に『花は泡、そこにいたって会いたいよ』(書肆侃侃房)でデビュー。短歌ユニット「イルカーン」としても活動する。第三歌集『笑っちゃうほど遠くって、光っちゃうほど近かった』(ナナロク社)が発売中。
ゆっきゅん
1995年生まれ、岡山県出身。2021年からセルフプロデュースで「DIVA Project」を開始。最新作に配信EP『OVER THE AURORA』が。作詞家としてアイドルへの詞提供も行う。
圧倒的で、どこか希薄。やくしまるえつこの衝撃
初谷さんは私が好きな歌人で、『ユリイカ』のゆっきゅん特集にも短歌を寄稿していただいたんです。その節はありがとうございました!
いきなりですけど、初谷さんの好きなDIVAって誰ですか?
中学生の頃に衝撃を受けたのが、相対性理論なんです。すごく好きで、憧れています。圧倒的だけどどこか希薄な存在感というか、今まで経験したことのないかっこよさがあって、しびれたのを今でも覚えてますね。
私たち、バチバチの同世代だから、わかります。しかも初谷さん、北海道出身ですよね? 私は岡山なので、共に地方であの音楽性を感じていたんですよ。「存在感」というのは、歌だけでなくカリスマ性も含めてですよね。
そうですね。それに歌詞も最高で、わりとわけのわからない面白いことを言いながら、時々わかる言葉がふっと入ってくる。そのバランス感が一番かっこいいと思っています。
わからないまま、なんか耳馴染みがよくて聴いちゃうんですよね。いつの間にか気に入ってる。
じゃあ初谷さんのDIVAはやくしまるえつこさんなんですね。
そうですね。私の核となっている人かもしれないです。
初谷さん自身はいつから創作活動をされてたんですか?
小学生の頃から漠然と小説家になりたいと思っていて、ショートショートのような創作をしていました。高校時代に文芸部で歌人の山田航さんのワークショップに参加したことで短歌に興味を持ち、大学生の時に短歌会に入って、そこから本格的に短歌を作るようになりました。
短歌会って批評し合ったりして、ほかの歌人からもたくさん意見をもらえたりするんですよね?
歌手同士って批評文化があまりないから羨ましいです。良いアルバムの作り方とか誰も教えてくれないし、人の作品をたくさん聴いて自分で研究するしかない。
でも一長一短かも。コミュニティごとに良いとされる価値観が違うこともあるから、その価値観にとらわれすぎないように注意が必要だったり。私はわりと自由に作るのが好きなので、そこは気をつけています。
そうなんだ。私たち、やっぱり自分を貫いてオリジナルでやっていくのがいいのかも!
自分の中の真実を相手には黙って聞かせるしかない
初谷さんはこれまで「この歌詞はヤバい」と思った歌はありますか?
それこそゆっきゅんさんの「次行かない次」の歌詞はすごいなと思いました。個人的な話をしているんだろうなと思わせる力があるんですよね。「あなたにしかできない話」っていうのが一番響くじゃないですか。私は知らないエピソードなはずなのに、どこか自分の中にも反射する部分があって。《七月をなながつって読まれる度に君と生きてるって感じたの》とか。
嬉しいです! 私が初谷さんの作品を好きな理由も同じです。個人的な大切な話を聞かせてもらっているような気持ちになって、それが自分の過去の思い出を勝手に引き連れてきてくれるような感覚になります。私の歌詞も、実話だと思われることがあるんですけど、その時は実感を持って届いてるんだと思って感動します。そのまま実話ではなく、でも嘘をついているわけではなくて。
それは私の短歌もそうです。よりよく伝わるようにあえて言葉を変えたりするけど、自分に嘘をつかないようにはしています。
短歌って嘘をつくのは簡単なんですよ。短いし、かっこいいとされる型があったりするから、それっぽいものは作れてしまう。でも、その人の味がしないと、その人が作る意味ってないじゃないですか。私は私の味がするものを作り続けたいので。
いかに個人的なレベルで発する感情をベースに創作するか、みたいなことを頑張らないとだめですよね。それは作者自身というわけではなく、歌の主人公として見える景色をどう描くか。
短歌はエッセイに近い感じで捉えられることがあるんですけど、私の場合は私本人というより、筆名の「初谷むい」として書いているのかもしれません。
私、初谷さんの新刊『笑っちゃうほど遠くって、光っちゃうほど近かった』の中にある「わたしはあなたの地球になりたい、ということわざがあるの。月には。」という歌がすごく好きなんです。気持ちが溢れ出していった結果、相手に対して信じられないようなことを説き伏せている時ってあるじゃないですか。それがしびれるんですよね。
自分の中の真実を、相手には黙って聞かせるしかない感じ。聞いた方も、「そうなんだ」って受け入れちゃう力のある歌でした。
歌人の連作は歌手でいうアルバム。箱の中にどう歌を詰める?
短歌には複数の歌をまとめて一つの作品として発表する連作がありますよね。最終的に1首ずつの並びの構成も考えると思うんですけど、私にとってあれはアルバムの「曲順」だなって思ったんです。
私、曲順を決めるのが好きなんです。一曲一曲まったく違う作品を、どう並べるか。実は新作の5曲入りEPは、1曲目と5曲目を最終的に入れ替えたりもして。その作業をしていて、聴いている人の時間感覚や時系列を操作できるのが曲順なんだと思いました。短歌で連作を作る時もその楽しさがあるんだろうなと。あと、特に最初と最後がわかりやすく重要じゃないですか。読後感が変わるから。
おっしゃる通りで、その楽しさはありますね。私は連作やアルバムって箱のようなものだと思っていて。箱のサイズ感が決まっていることも重要で、その大きさに対してどれくらいの驚きの総量にするのがちょうどいいのかを考えます。ぐっと感情を揺らせる歌と、穏やかな歌のバランスとか。
でも私、ずっと感動させたいからバランスをとるのが難しいんですよね。シングルカットされるようなものばかりが好きなので。
短歌の連作には一応セオリーがあって、あまり心を動かさない「地の歌」というのをベースに作りつつ、感情が動く歌を作っていきます。でも私も、本当は全部泣かせたいんですよね。だから最近は結構、いつでも全速力、全部泣きどころみたいな感じにしちゃってます。ゆっきゅんさんのアルバムも、全部が大粒のドロップみたいで好きなんです。
ありがとうございます。私もいわゆる作詞家やプロデューサーからしたら、こんなに強すぎるフレーズを詰め込みすぎるなと言われてしまうんだろうけど、そういう調整ってできなくて…。
今と信じていることが違うから、読んでいて苦しくなることもあります。向き合いたいと思いつつ、忘れちゃうことも多くて。
飽き性だからかもしれないですが、揺るぎないものよりも、今出せるものを最速で出し続ける方が性に合っている気がします。
その時どきでしか作れないものを創作しているってことですもんね。新作をどんどん過去作にしていく人の作品、私も好きです!
相手のことを思って作る。初谷さんは短歌界のaiko!
私、初谷さんの作る相聞歌が好きなんです。ちょっと、読者向けに一瞬説明してもらってもいいですか?
相聞歌は、恋慕、親愛とか、誰かを思って作られる歌のことです。基本的には恋愛の歌という認識になることが多いですね。でも、なんか恋愛の歌ばかり作っているのって若干恥ずかしい気持ちもあって。
誰かに対する思いというと聞こえがいいけど、悪く言うと「執着」みたいなものに興味があるんでしょうね。だからそんな短歌をずっと作っているんだと思います。本当はいっぱいサブウェポンがあればいいんだと思うんですけど、私の場合はほぼ相聞歌の一本槍で戦っている感じです。
ラブソングばかり書くというのもすごいことですよ。aikoさんじゃないですか!
あ、でも『ユリイカ』のゆっきゅん特集に寄稿してくれた連作は恋愛の歌でもないですよね。
そうですね。でも、ゆっきゅんさんのことを思って作ったから、あれも相聞歌かな。ゆっきゅんさんの曲を聴き込んで、雰囲気を落とし込んだ短歌です。作り手は私ではあるんだけど、その中にゆっきゅんさん的な考え方を盛り込めたらと思って。でも、たぶんもともと発想や考え方は似てるのかなと思いました。
ですよね! 歌詞を見ていると、私じゃないのに私事のように感じることが多くて。
「ふたご座」「ラメ」「ミラーボール」とか、私から想起していただいたワードが入っていたのはもちろん、感受性の部分や考え方まで感じ取ってくださったんだろうなと思って嬉しかったです。
私、みんなはどうやって作詞をしているのかなと思って、他の歌手の歌詞を書き写して分析していたこともあるんです。でも、真似ようと思っても、それっぽく言葉を借りて同じように作ることはできるかもしれないけど、その人が実際はこう思うだろうなとか、何に目をつけるだろうなとか、こんなふうに心が揺れ動く、みたいなものを理解するのって難しいですよね。技術的なことだけではなくて、感性の距離の近さがかなりものをいう気がします。
やっぱり私たちは共鳴できている部分があるんでしょうね。