余命宣告を受けた40歳独身女性。待ち受けていたのは奇妙な出会い。

「そもそもは、余命宣告を受けた若いヒロインが青年に金を払って恋人になってもらう映画を観たんです。観終えた後に妹と話すうち、自分ならこうするかも、というのが浮かんだので書くことにしました」
40歳の片倉唯の趣味は節約で、老後のためにせっせと貯蓄している。だが子宮がんで余命1年と発覚。ショックを受けると同時に、どこかほっとしている姿がリアル。
「今は長生きに対してポジティブなイメージが薄まっているし、唯のように大切な人やペットもなく、老後の心配ばかりしている人は、ふと楽になるかと感じました。子宮がんにしたのは、『子宮を取ると女でいられなくなる』と言う人がいるなど、あまりに子宮が神聖化されていることに違和感があって。もっとフラットに考えたかったんです」
そんな唯が出会ったのはピンクの髪のホスト青年・瀬名。コロナ禍で自身の仕事も実家の飲食店も危機的状況な彼に、唯は衝動的にぽんと大金を出し二人の奇妙な交流が始まる。
「瀬名については“作画がいい”とだけ表現しているので、みなさん自分の推しの顔を当てはめて読んでもらえたら(笑)」
口調は軽薄だが、優しさと愛嬌のある瀬名がなんとも魅力的。互いとのやりとりを通し、彼らは自分の中の偏見や頑なさに気づいていく。当然、恋に発展するかも気になるが、唯はもともと愛することも愛されることも拒絶している人間だ。
「結局ラブありきじゃん、という話にすると置いてけぼりを感じる人はいる。ラブが好きな人にも興味ない人にも楽しんでもらえる、全部どりの話を目指しました(笑)」
恋愛も生き方も、どんな形も否定せず、選択と可能性があると示しているのが本書の魅力。時代の空気に対する著者の鋭敏さにもしびれる。
「自分では嫌なんですけれど、私、空気を読むのが得意なんです(笑)。ただ、価値観のアップデートができない人を悪者にしないように気をつけて書きました。私も気づいていない部分があると思うし、今後も頑張って空気を読んで書いていきます」
吉川トリコ『余命一年、男をかう』 貯金が趣味の片倉唯は、40歳で余命1年と宣告される。老後の心配をしなくていいと安心する彼女が出会ったのは、金策に追われるホストで…。講談社 1650円

よしかわ・とりこ 2004年「ねむりひめ」で女による女のためのR‐18文学賞大賞および読者賞を受賞。同年、同作が入った短編集『しゃぼん』でデビュー。『夢で逢えたら』など著書多数。
※『anan』2021年8月4日号より。写真・中島慶子(本) 杉山和行(吉川さん) インタビュー、文・瀧井朝世
(by anan編集部)