声は脳の“無意識”の領域にアクセスする。
実は、声と色気は切っても切れない関係。落語や講談など、声を使う古典芸能も名人と呼ばれる人ほどどこか色っぽく、「声の色気が落語家の魅力を左右するといわれることも」(ニッポン放送アナウンサー・吉田尚記さん)
人はなぜ、形のない声に魅力を感じ、心惹かれるのだろうか。
「人は、耳から入った音声を脳内で処理することで、まず感覚として認識します。脳には自覚的に意識できる領域と無意識の領域があるのですが、外見などの視覚情報が意識分野でしか認識しないのに対し、声は脳のほぼ全域に働きかけるのです。声は実はとても情報量が多く、骨格や体型といったあらゆる個人データが含まれています。意識分野では処理できないそれらの情報も脳の無意識領域が読み取るため、声はとてつもなく大きな影響力を持つのです」(音声ジャーナリスト・山﨑広子さん)
声はダイレクトに感情を引き起こす。
では、声を聞くと具体的にどんな反応が生じる? そのカギを握るのが、層状になった脳の仕組み。
「脳の表層にある新皮質は理性を、その奥にある旧皮質は本能を司る部位。旧皮質は危険を察知するために無意識下でも働いており、特に音をいち早く感知します。目覚まし時計の音で起きられるのはそのためです」(山﨑さん)
また、旧皮質を含む大脳辺縁系が情動を司ることから、「声が脳内に入ると、最初に音が旧皮質に届き幸せホルモンといわれるエンドルフィンや癒し効果のあるセロトニン、または逆にストレスホルモンのコルチゾールなどを神経伝達物質が作り出し“心地いい・悪い”といった本能的な感情を生み出します。声の言語要素が新皮質に届くのはその後のこと。つまり人間は、言葉以前に声で相手に“好き・嫌い”などの感情を抱いているのです」(山﨑さん)
声はその人の履歴書。“同じ声”は存在しない。
本能的な感情を生み出すのが声の力なら、本能で“心地いい”と感じる声とは? まず思いつくのが、包み込むような低音ボイス。
「声の低さは体の大きさに比例するため、人は低い声を聞くと“守ってくれそう”という安心感を得ると推測できます」(吉田さん)
ちなみに、声を作る要素は体型だけでなく、骨格や体調、性格や環境までもが影響を及ぼすという。
「声は全身を共鳴させて発するので、体の状態や心情、聞いて育った音などすべてが表れます。だからこそ同じ声の人は存在せず、履歴書のように声がその人そのものを示すのです」(山﨑さん)
千差万別で記名性が高く、顔の黄金比のような基準も存在しないため「一般的な“イケボ”ではなくても、誰かの好みに当てはまる可能性があるということ。ある意味、声は全員にチャンスがあるといえます」(吉田さん)。
声は、恋の“違和感”を見抜く。
脳は声によって“好き・嫌い”を判断するだけでなく、実はさらにディープなチェック機能が。
「脳内に存在するミラーニューロンは、人の行動を自分に置き換える作用を持つ神経細胞。たとえば、話している相手が嘘をついたとすると、無意識下でミラーニューロンが声に含まれている情報と自分の体験を照らし合わせて違和感を察知するのです」(山﨑さん)
言葉では取り繕えても、声にはすべて表れているということ。
「ラジオでも嘘をつくとすぐにバレてしまう。声をごまかすことは難しいんです」(吉田さん)
そのため、恋の相手を見極める際は声に対する感覚を信じるべき、と山﨑さんは力説する。
「真剣な相手を求めている時は、遊び人の声を聞くと無意識に危なさを感じるもの。逆に声で惚れた相手であれば、選択を誤ることはありません」
“ゆっくり話す”が色気を誘発する。
ここまで声のひみつを解き明かしてきたけれど、色気という意味で声と同様に重要なのが話し方。
「結論から言うと、モテる人ってゆっくり話すんです。というのも色気って実体はなくて、受け手が勝手に感じるもの。つまりは想像力なので、ゆっくり話して相手に想像の余地を与えることが、色気を生む最大の秘訣に」(吉田さん)
山﨑さんによると、話のスピードも脳に影響を与えるのだとか。
「脳を活性化させたい時は早口が有効ですが、長いと脳が疲れてしまう。人はリラックスしている時の方が好意を抱きやすいので、相手の集中力が途切れてきたと感じたら話すスピードを落として脳を休ませてあげましょう。意識的に1秒ほど間を空けて、呼吸のタイミングを作ってあげるとさらに◎。そうやって相手の状態を見ながら話す速度を変えることが、人の気持ちを掴むコツです」
“声だけ”が、感覚をより敏感にする。
音声SNS「Clubhouse」の登場で声が注目されている点について、山﨑さんは「リアルな会話の機会が減る中、生の声を求める欲求があるのでは」と分析。
「ラジオやClubhouseのように視覚情報がないと、聴覚が敏感になるんですよね。感覚が研ぎ澄まされて、より生っぽさが伝わる気がします。僕にとって声はその人の体から出る“拡張物”であり、表現とスキンシップの間にある存在。なので、音声メディアを通してその声を受け止める行為は、人に触れられる時の心地よさに近いと思います」(吉田さん)
テレビなどのメディアと比較して受け手との距離感がより密接なものになるのはそのためだという。
「音が最初に届くのは、本能を司る旧皮質。音に特化したメディアで“本当の音”、つまり本音を求めるのは、その点も関係しているのかもしれません」(山﨑さん)
やまざき・ひろこ 音楽・音声ジャーナリスト。認知心理学をベースに、音声が人間の心身に与える影響を研究。著書に『声のサイエンス あの人の声は、なぜ心を揺さぶるのか』(NHK出版新書)など。
よしだ・ひさのり ニッポン放送アナウンサー。アニメやゲーム、落語など多彩なジャンルに精通しており、ラジオ番組のパーソナリティのほか、イベント司会、執筆業など幅広く活躍。
※『anan』2021年3月31日号より。イラスト・石山さやか 取材、文・真島絵麻里
(by anan編集部)