西川:攻殻機動隊を観ていると、未来に期待を抱いてしまう。自分の身体を義体にしたら、何百年という命を得られるかもしれない、と希望的観測を強く抱きました。僕は子どもの頃、死への恐怖心がすごく強くて。というのも、父方の祖母のお葬式で棺に釘を打っている時の記憶がずっと脳裏に焼き付いていて…当時から、死はいずれ必ずやってくる、恐怖の対象でした。そこから何となくの人生設計、たとえば20歳までにデビューするとかを考えるようになったんです。そんな中で攻殻機動隊に出合って、もしかしたらこんな未来が来るのではないか、そうなってほしい、と希望を抱くようになった。どんどん攻殻機動隊に魅了されていきました。…僕が喋り続けて申し訳ないのですが(笑)。
神山:いえいえ、そういった観点はとても興味深いですね。
荒牧:すごくおもしろいです。
西川:ありがとうございます。最初に触れた押井守監督の『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』は、背景の街の描き込みがとても美しく、世界観にのめり込んでいきました。『イノセンス』は詩的で、アニメという枠だけでは括ることのできない、内面的な部分が深く描かれています。そこから神山監督の『攻殻機動隊S.A.C.』シリーズに触れて、これだ! と。何度も観返している作品です。そこで描かれた社会と昨今の社会は、紐づいている部分がたくさんある。約20年前に、すでに我々に情報として与えられていたのかと思うと本当にすごいなと。
これまでの攻殻機動隊作品は日本ならではのカルチャーが内包されている気がしますが、今回の『攻殻機動隊 SAC_2045』はNetflixで配信されていることもあって、世界に向いている印象を受けました。いい意味でとても分かりやすい作品だと感じます。アメリカの西海岸から話がスタートして、日本と世界の関係性が描かれている。世界から見た日本や、日本という国がこの先存続し続けられるのか、と考えさせられる奥深い作品です。
神山:’19年に、西川さんのライブ演出をお手伝いさせていただいた時、今作のお話はしていたんですけど、配信直後に西川さんが「観た」とツイートしてくださって。おそらく日本で一番早く観ていただいたんじゃないかな(笑)。
西川:そうですね(笑)。
神山:ありがたいです。しかも、作品の世界観を深く考察していただいている。攻殻機動隊の原作が描かれた’80年代、ハイテクといえば日本だと世界ではいわれていました。でも、この30年間で日本を取り巻く状況が変わってきて、意外に日本は衰退している。フィクションなので作品の世界観を地続きにつくっていくことはできます。けれど、僕は「今」起きていることと作品の世界をリンクさせ、こうあったらいいなと思うものを落とし込んで、今まで物語をつくってきたので、今回もそうしようと。現在、世界ではすでに資源や市場など経済の奪い合いが起きています。この先どうなるのかと考えた時、経済とは切り離せない形で戦争が始まっていくのではないかと。それを言葉にしたのが“サスティナブル・ウォー(経済を継続させていくための戦争)”でした。
荒牧:なので、グローバルに向けたというより、サスティナブル・ウォーが世界で顕在化している状態を分かりやすく描きたいと考え、アメリカを舞台に物語をスタートさせたんです。そうすることで、世界と日本の対比を描くこともできます。アメリカは戦争しているけど、一方日本では何が起きているのか、と。
神山:あとは、(草薙)素子たちが久しぶりにみなさんの前で暴れる姿をどう描こうかと考えた時、彼らは公安9課だけど、それ以前に軍人なので、やっぱり戦場が似合うんじゃないかなと。サスティナブル・ウォーが起こり、貧困格差が進んでいく中、テクノロジーは進化している。そんな社会で起こる犯罪と、素子たちはどんなふうに対峙していくのだろう、という発想で物語をつくり始めた感じですね。
西川:お二人は日本の未来がどうなるのかを早い段階で知っていて、こうなるよと教えてくれているのかな? と思いました…。CIAとか、どこかのルートから「こうなるから、みんなに早めに教えてあげて」と言われているんじゃないかという気さえしました(笑)。
今作はモーションキャプチャを使った3DCGの映像もすごい。全体的な人の動きは緻密につくられているのに、表情や口元の動きに関しては甘めに感じました。そこは英語などの多言語展開にも対応できるようにしたのかなと。
神山:さすがですね。多言語を意識しているわけではないけど、アフレコにも対応できるようにわざとルーズにしています。また、3DCGにしたことで動きがすごくリアルになっている。でも、これはアニメであるということを残したかった。アニメの良さである「曖昧さ」を意識したつもりです。
西川:荒牧さんが監督に加わっていることもあって、『APPLESEED』との符合みたいなものも感じます。
神山:『APPLESEED』的な要素を感じてくれた人は多いんじゃないかな。特に1、2話は。
西川:振り返ると、荒牧さんがメカニックデザインをしていた『機甲創世記モスピーダ』が大好きで、ずっと絵を描いていました。
荒牧:ありがとうございます(笑)。
西川:これまで違うアプローチで作品をつくられてきたお二人が、こうやって一緒に作品をつくられている。すごいことだと思います。神山さんの脚本づくりにおけるアプローチと、荒牧さんの培ってきた技術が見事に融合されて、素晴らしい作品になっている。今、日本が世界に認められることといえば、アニメくらいしかないと思っていて。そんな中で、日本を代表するアニメーション監督のお二人が世界に配信する作品をつくってくださったことが、僕はとても嬉しい。何より今作は、このコロナ禍の中で蓋を開けたじゃないですか。そこに深い意味を感じてしまいます。作品の後半には、SNSの誹謗中傷問題を彷彿とさせる話もあって、エンタメとして楽しめるだけではなく、現代のさまざまな問題提起をお二人はしてくれていると思うんです。問題を考えたり、議論し合ったりできる機会をこの作品は与えてくれた。それは、すごく幸せなことだと感じます。
とはいえ、お二人とも感染症が世界にここまで影響を与えることは想像されていなかったと思うのですが、今後作品づくりに影響はありそうですか?
神山:コロナ禍を全くなかったことにして作品をつくるのは、フィクションとはいえ明らかに難しくなりましたね。今作で描いた“全世界同時デフォルト”を画にする時、どんなビジュアルにしようかと悩んでいたけど…街から人がいなくなることが実際にあるんだ、予想は間違っていなかったんだと思いましたね。
荒牧:今回の感染症で、経済が止まった世界が可視化されたんですよね。過去に見たことがない事象が起きたという意味で、本当に衝撃でした。だからこそ、無事に配信できるのか心配もありましたよ。
西川:経済が止まることを予想していたのかな、とすら思いました。でも、またこうやって素子を見られて、『S.A.C.』シリーズのオリジナルキャストメンバーが帰ってきたことが本当に嬉しいです。パズとボーマの今後の活躍にも期待しています(笑)。
神山:一言しか喋っていないですからね(笑)。
西川:何回観ても楽しめるし、物語もスタートしたばかりだと思うので、これからさらにのめり込んでいくことになるのかなと。今後も観続けていきたいと思います。
荒牧&神山:制作頑張ります!
にしかわ・たかのり 1970年生まれ、滋賀県出身。’96年T.M.Revolutionとしてメジャーデビュー。2017年西川貴教名義で活動スタート。アニメ、ドラマ、舞台、バラエティなど幅広い分野で活躍。
あらまき・しんじ 1960年生まれ、福岡県出身。2004年映画『APPLESEED』でモーションキャプチャ技術を導入した世界初の3Dアニメを制作。日本における3DCGアニメの第一人者。
かみやま・けんじ 1966年生まれ、埼玉県出身。2002年映画『ミニパト』でアニメ監督デビュー。『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』はTVアニメ初監督作で国内外問わず人気に。
『攻殻機動隊 SAC_2045』 経済災害が発生し、AIが劇的に進化した世界では“サスティナブル・ウォー”が勃発。元公安9課(内務省直属の対テロ攻性組織)メンバーはある事件へ巻き込まれていく。Netflixで全世界独占配信中。©士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊2045製作委員会
※『anan』2020年7月15日号より。取材、文・阿部裕華
(by anan編集部)