不安が吹っ飛んだぜ! ワタイやってやらぁ!!|酒寄さんの一目ぼれ読書記録・第9回

お笑いカルテット「ぼる塾」の酒寄希望さんが、本屋さんで気になった本を紹介していく月1連載の第9回をお届けします!


Profile

酒寄希望

さかより・のぞみ 1988年4月16日生まれ。お笑いカルテット「ぼる塾」のメンバーで1児の母。ぼる塾のブレーンとしてネタを書いて舞台に立ちながら、子育てエッセイや作品レビューなど執筆業でも活躍中。著書に『酒寄さんのぼる塾日記』(ヨシモトブックス)など。noteにも投稿中。最近は香港映画にハマり、現在250本以上鑑賞。note

私事ですが現在妊娠しており、さらに引っ越しをすることになりました。その関係で通っている産院での出産が難しくなり、新しいところを探すことになりました。幸いすぐに見つかり、引っ越しはまだ先ですが一度来るように言われてその病院を訪れました。

「赤ちゃん順調に育っていますよ」

見知らぬ場所で緊張もしましたが、新しい先生も優しくてほっとしました。引っ越し、そして出産。さらに息子が今年小学校に上がるのでその喜びと不安。

「ここで家族が増えて、みんなで新しく暮らしていくんだ」

自分のことなのにまだ少し信じられない。そんな気持ちで病院から駅へ向かう帰り道、本屋さんを見つけました。初めての本屋さんはいつだってワクワクします。

「あの病院に通うようになったら、この本屋さんで買い物できるんだ」

本の並べ方や本棚の配置、どのジャンルが充実しているのか。これからお世話になるだろう本屋さんの知りたいことはたくさんあります。一つひとつじっくり見て回ろうと思ったそのとき、こちらに向けられた強い視線に気づいたのです。

『グレタ・ニンプ』 著・綿矢りさ(小学館)

「『グレタ・ニンプ』…ニンプって妊婦?」

ムラサキ色の坊主頭の女性が、こちらに向かってメンチを切っていました。しかもその女性のお腹は膨らんでおり、なんと丸出しです。安心してください。これは本の表紙の話です。しかし、それが何冊も並んでいるので大量のムラサキ色の坊主頭のお腹が膨らんだ女性が、こちらに向かってメンチを切っているのです。私はその圧倒的なパワーに思わず1冊手に取りました。

「あ、これ綿矢りさの新作なんだ…作家デビュー25周年か~『インストール』からもうそんなに経つのか…何々…妊婦コメディってことはやっぱりこの人妊婦なのか! 無茶苦茶パンクな見た目だけど!」

表紙の女性をよく見ると、悪魔が赤ん坊を抱っこしているマタニティマークをガブリと噛んでいます。最近はかわいいマタニティマークが増えたことは知っていましたが、こんなトゲトゲがついているのは見たことがありません。

「この人も私と同じ妊婦さんなのか。全然見えない。一体どんな人なんだ」

この時点で私はもう、彼女のとりこになっていました。気になって仕方がないのです。妊娠中に妊婦さんのお話が読めるのも今しかないチャンスだと思い、私はレジに持っていきました。

この本を外で読むのは危険です。なぜなら、声に出して笑ってしまうからです。まさにタイトル通りのぐれた妊婦です。

由依「ヨウセイダーーーーーーーーーッッッ!」

この作品は、おしとやかだった妻が妊娠によるマタニティハイで性格も見た目もガラッと変わってしまうところから始まります。妊娠すると性格が変わるとはいわれていますが、由依の場合はそのぶっ飛び方がとんでもないのです。

由依「フオォーーーーーーーーー!!!」

妊娠検査薬を頭に巻き付けてまるで八つ墓村のような姿で初登場したかと思えば、きれいなロングヘアーだった髪の毛をムラサキ色の坊主頭に変えてしまい、服装は派手なパンクファッション、口調はドラゴンボールの孫悟空になってしまうのです。さらに、一人称は私ではなくワタイです。夫の俊貴は豹変してしまった妻に対してこう言います。

俊貴「デニス・ロッドマン」

スラムダンクの桜木花道のモデルになったバスケットボール選手だそうです。桜木花道は知っていましたがデニス・ロッドマンは知らなかったので調べてみると、妻がいきなりこんな姿になったら腰を抜かしてしまうと思うイカツイ男性でした。

由依「オメは力入りすぎ!ガキができたくらいでよう!んな慌てんなって!もっと気楽にいこうぜ!テイキッイージー。テイキッイージー!」

読者の私からすると破天荒な彼女にびっくり仰天でも大変愉快なのですが、彼女の夫である俊貴はデニス・ロッドマンになってしまった妻に対し、長い髪だと洗ったり、乾かしたりするのも大変だものねとひたすら寄り添いを見せます。ふたりは長年の不妊治療を諦めたタイミングで今回の自然妊娠が起こったので、妻の苦労を知っているからこそ彼は彼女のマタニティハイをなるべく受け入れようと決意をするのです。

しかし、由依の変化はその後も止まることを知らず、自然派に傾倒し、政治思想が強くなり、さらに怪しい団体に参加し始め、俊貴が、「自分の妻は騙されているのではないか」と疑うような行為を繰り返します。

最初は寛容だった俊貴も妻のあまりの暴走にだんだんと心が荒んでいき、ある日とうとう外出中の由依の部屋に勝手に侵入し、なぜここまで彼女が変わってしまったのかを知るためのヒントを漁り始めます。そこで彼は、由依が不妊治療中に始めたSNSのアカウントを発見してしまうのです。そこに書かれていた由依の気持ちを読むと、『グレタ・ニンプ』がただのコメディ作品ではないことがわかります。

『グレタ・ニンプ』は女性の生き方についてじっくりと考えさせられる作品です。由依の思いは妊婦だけではなく、多くの女性の共感を呼ぶと思います。子どもがいるいないに関わらず、女性が何かを得るために発生する多くの犠牲。余計なことを言ってくる周りの声。現代社会への怒り。そして、弱い自分への嘆き。

由依「妊娠したら、羽化したい」

由依が豹変した理由に、私は大いに納得しました。何なら、私の中にもその思いがあるからです。彼女は羽化したことによって、自分の思いを多くの同じような悩みを抱える女性のために発信するようになりました。口調が孫悟空に変わってしまったあとの由依も、独特な言葉づかいと派手な行動のせいで危険人物に思えていましたが、よくよく思い出すとまともなことしか言っていません。優しかった由依は、強く優しい由依になったのです。

妊婦コメディというと女性のための小説のようにも思われますが、この作品は夫である俊貴の視点で語られるので、男性も読みやすいと思います。著者の綿矢さんは多くの女性の思いを書いていますが、夫の俊貴というキャラクターから、傍に男性の強い味方がいてくれることも描いてくれています。決して敵ではない。もしも、この作品を気になっている男性がいたら手に取ってぜひ読んでほしいと思いました。いろんなことを知るきっかけになると思います。

由依「オメエはワタイの相棒だからよ!」

俊貴と由依は数々の困難に立ち向かいながら、初めての出産に挑みます(なんと途中で引っ越しも! 一緒~!)。私はこの作品を読んだことで未来に対する不安が減ったように思えました。

「なんか読んだらいろんな不安が吹っ飛んだぜ! ありがてぇ! ワタイやってやらぁ!!」

ですが、読み終わったあとで由依の口調が移ったのは困りました。

こちらにも、一目ぼれ!

『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ 1』著・河野丼 原作、監修・亀山陽平(角川コミックス・エース)

書店でこの漫画を見かけたときに、「この子たち見たことある!」と、思わず手に取りました。

以前からSNSのおすすめにこの作品のファンアートが流れてきたり、映画化決定の情報が流れてきたりしていたのです。しかし、一体どんな話なのか、この子たちが何者なのかは知りませんでした。ロボットっぽい男の子がカッコいいことだけ知っていました。漫画の絵柄がとてもかわいかったので、「この機会に読んでみようかな」と思い購入しました。

帰ってから調べてみると、『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ』はYouTubeで観られる大人気アニメを元にした作品で、私が購入したのはそのアニメのコミカライズ作品でした。読み始めてすぐにでた感想は、「何これめっちゃ好き!」です。

この作品は、地球外世界の「バルナディア合星連邦」を舞台としていて、人間以外にも強化人間やサイボーグなどが登場します。そのヴィジュアルがものすごく良いです。主要人物6人がそれぞれ個性的で全員すきになります。悪いことをして逮捕された6人が奉仕活動のために惑星間走行列車「ミルキー☆サブウェイ」の清掃を命じられるのですが、その列車が暴走してしまい…なんて気になる展開!

発生してしまった事件やそれぞれのキャラクターの抱える過去の重さに対して、そこと噛み合わないなんともいえないゆるさがあり、そのギャップもたまりません。コミカライズ版だけの設定もあるようなのでこれからアニメと一緒に追いかけたいと思います!

『コメディ映画で泣くきみと』著・吉川トリコ(ポプラ文庫)

特別仕様だったのかはわかりませんが、推薦文が帯ではなく、直接表紙に印字された一体型の本でした。

この表紙のアピール力がすごいんです! だってそこにコメントを寄せているのは王谷晶さん、ブレイディみかこさん、柚木麻子さんというすごい方々。さらに、「読めば元気になれる、最強のシスターフッド小説! という文字。私は映画『テルマ&ルイーズ』が好きで、シスターフッドという言葉に引き寄せられてしまうのです。まるで、呼吸をするように購入していました。

この作品は、たくさんの実在する映画が登場する連作短編集です。家族仲がしっくりいかない主婦、在日韓国人だと知らなかった姉妹、ゲイであることに思い悩む男子高校生、血のつながった子どもを持てなかった母親、プロムを開催したい女子高生たち。どれも重いテーマですが、吉川先生の書かれる文章は明るくなっており、苦しいだけではないものが伝わってきます。読むと救いのあるお話なのです。言い方が難しいのですが、読者が主人公にベストな寄り添い方ができる表現のように感じます。

強めのテーマを主題にするとき、主張は伝わるけど押し付けすぎないのは難しいことなのですが、吉川先生の本はまさにそのバランスが素晴らしいです。シスターフッド小説と書かれていましたが、この本は人間賛歌の物語だと思います。私もすきな映画、『ブエノスアイレス』が登場する男子高校生同士の恋愛ともいえない『彼が見つめる親指』はとくに読むと泣きたくなります。

酒寄さんの一目ぼれ読書記録・連載バックナンバー

第1回『そりゃあもう いいひだったよ』

第2回『アンソロジー カレーライス!!大盛り』

第3回『壇蜜』

第4回『パリのすてきなおじさん』

第5回『炒飯狙撃手』

第6回『感情的にならない本』

第7回『答えは風のなか』

第8回『ゆうずどの結末』

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写真・中島慶子(本) 文・酒寄希望

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