
松村北斗や岸井ゆきのといった俳優らが本来持つ魅力を引き出し、作品を通じて新しい側面を発見させてきた映画監督・三宅唱。映画との関係の始まりと、最新作『旅と日々』について語る。
これまでも『ケイコ 目を澄ませて』(2022)、『夜明けのすべて』(2024)など、外の世界の心地よい距離感や時間に触れ、回復へと向かう心の動きを丁寧に捉えてきた三宅唱監督。「生きている」と実感するような映画体験をもたらす彼の最新作『旅と日々』は、つげ義春の短編マンガ2作を原作に、李(イ)が映画の脚本を書く日々と、ふらりと出かけた旅先での出会いが交差する物語だ。静かながら、大きな余韻を残す本作について聞いた。

── 三宅さんにとっての映画の原体験はどんなものですか?
映画館で『アポロ13』(1995)を観たり、近所のレンタルビデオ屋さんであれこれ借りてはいたものの、僕の場合は、映画好きが高じて映画をつくり始めたというより、中3のときに監督・主演で短編を撮って、「映画、面白い!」と知ってから、完全に意識が変わったんです。もちろん、映画を観ていなければつくり始めもしないですが、やっぱりつくったときの興奮が一番大きかったなと思います。
── 札幌から上京されて、大学時代に映画美学校にも通われていたんですよね。
大学の映画サークルでもつくってはいましたが、すでにいろいろな映画を観た後になったせいか、うまくも楽しくも撮れないという経験をして。悔しさもあるし負けず嫌いで、とにかく自分が納得するまでもっと面白い映画をつくりたい、という気持ちはありました。
ただ、学生の頃は、それが仕事に結びつくかどうかは正直考えていませんでした。狭き門だとも思っていましたし、「映画監督になりたい」と口に出すのもちょっと恥ずかしかったというのもあります。ある意味、職業選択からは目を背けて生きてましたね。
── 人生に影響を及ぼした映画を3作、挙げるとしたら?
高校時代に観たものに絞ると、ジャン=リュック・ゴダール監督の『ゴダールの映画史』(2000)、青山真治監督の『EUREKA ユリイカ』(2001)、エドワード・ヤン監督の『ヤンヤン 夏の想い出』(2000)。
共通点は、3作とも長い(笑)。こんな長い映画が存在するのか、かっこいい! というくらいのスタートでした。『ゴダールの映画史』は、映画を撮るって、なんでもできるんだと思ったんです。物語、音楽、美術、体を動かすこと、いろんな要素が集まっていて、文学、映画といったあらゆる芸術ジャンルの歴史が内包されている。そこから、映画って、すごい! と夢中になっていきました。
2本目と3本目に関しては、自分はアメリカ映画で育ってきて、今も一番好きですけど、当時はアジア映画を観もしないでバカにしていたんです。でも、アジア映画もすごく面白くてかっこいいことに気づかせてくれた2本です。自分の日常と近いところにも映画的な瞬間、喜び、物語があると知って、映画を撮ってみたいとさらに強く思わされましたね。
── では、人生で影響を受けたクリエイターだとどうでしょう?
ひとつに、蓮實重彥さんの批評との出合いは大きかったです。札幌にいたときは観られない映画も多かったので、批評を入り口に、こんな映画があるんだ、絶対に観てみたいという気持ちにもなりましたし、観た映画について書かれたものを読んでも、「え、そんなの映ってた?」と自分がいかに映画を見逃しているかに気づける楽しい体験でもありました。
あとは、宇多田ヒカルさんはずっと好きですね。当時、FMのラジオ番組があって、年が近いお姉さんが、英語を喋れて、超かっこいい音楽をやってると憧れました。あとは職人さんの仕事、日々手を動かしながらモノをつくってる人からの刺激は常にありますね。
── ロマンティックコメディがお好きだそうですが、三宅さんがロマンティックだと感じる瞬間は?
大前提として、ロマンティックコメディは、幸せについて考え、幸せになりたいと望んでいる人たちの物語ですよね。それが映画の中でどう現れるかというと、とびきりの笑顔だったりすると思うんです。
特にカメラを向けられて、幸せな顔を見せるって、すごく難しい。でもいい物語、いい共演者、いい演出、いい雰囲気があれば、人間はカメラの前でも本当に幸せを体現できる。笑顔だけでなく、人間がカメラの前でリラックスして、無防備になっている瞬間に立ち会える喜びはあります。そういうことを信じていること自体、ロマンティックなのかなと(笑)。
日常や人生と関わる映画体験という旅
── 『旅と日々』で、冬と夏の物語を入れ子構造にするアイデアは、いつ思いついたんですか?
直感で、ポスターに夏と冬の画(え)が並んでいたら面白そうだなと。観たいと思うのではないかということを起点として、本当に面白くなるかどうかを検証していきました。ものすごく暑いときに冬服を見ても何のイメージもわかない僕は季節に引っ張られもしますし、冬になる度にあれだけ暑かった夏の感覚を忘れて夏を欲することもあるので、1本の映画で2つの季節が同時に見られたら、たぶん未知の感覚になるんじゃないかなと思いました。観る季節によってシーンの見え方も変わるでしょうし、いろんな見方ができそうだなと。
── 原作リスペクトもありつつ、オリジナルの要素もありますが、脚本づくりはどんな体験でした?
すごくやりがいがありましたし、難しかったですね。脚本を書きながら、セリフを省いたり足してみたり、ちょっとしたエピソードを他のマンガと組み合わせられるかなと考えてみるんですけど、すごく洗練された原作が壊れてしまうという印象があって。これはもう無理だ、諦めた方がいいんじゃないかと思う瞬間もありました。
── 突破口はあったんですか?
どうやって描いてたのかな?とつげさんのマンガの上に白い紙を置いて、真似をしてみたんです。そうすると、人間がサラッと描かれているように見える一方で、畳の目や空模様の描き方は緻密でものすごいパワーがあるんです。その経験を持ってロケ地に行ったら、いろんなものに対する自分の捉え方が変わっていることを感じました。マンガを描くことが前提であれば、真剣に見なくてはいけない。そうやって目がリフレッシュされた感じがありました。
面白かったのは、実際に撮影が近づき、ロケ地を決めてから、その場所で自分が見たものを原作が受け止めてくれる気がしたこと。例えば、50年以上前の千葉が描かれた「海辺の叙景」を、全く違う伊豆の神津島で撮ったのですが、そこで見た風景が物語全体の中にスッと溶け込んでいたのは新しい経験でした。
── 原作の魅力とは? ご自身と共鳴するところはありますか?
大学生で初めて出合い、それ以来、時折読み返すと、その度に印象が変わって、とてつもないマンガだと思っていました。脚本は2020年の夏から取り掛かって、かなり長い時間ずっと机の上にありましたね。マンガだけではなく、つげさんが書かれたエッセイや対談も何周も読んだので、まだ全然自分が追いついていない部分もありますが、ここはわかる、というところが少しずつ増えていった気はします。
映画『旅と日々』予告
── 劇中で、学生との質疑応答シーンがありますが、ご自身の経験も反映されているのでしょうか?
まず自分はQ&Aの時間がすごく好きなんです。毎回が新鮮で同じことは起きないので、どんな質問も面白いと感じます。あと、人前に出たときの自分のキャラクターが、うまくいかなかったなぁと後悔して帰っていく感じはすごくよくわかる(笑)。その感覚など、自分の経験がこの場面には多少影響しているかなと思います。
── 「ほんやら洞のべんさん」の主人公はマンガ家の青年ですが、本作ではシム・ウンギョンさんが脚本家・李を演じていますね。
重要なのは、原作の主人公が男性であること以上に、都会から来た異邦人であることだと思っていました。ベースとして、ウンギョンさんと仕事がしたいという思いが初めにあったわけですが、その結果、マンガの主人公の持つよそ者という側面が強調できると考えて、そこに焦点を絞っていきました。
ウンギョンさんと初対面のとき、なんて見たことのない存在感のある人なんだ! と、興味を惹かれて。単に韓国の方だからではなく、別の世界からやって来たんじゃないかなくらいに思ったんですよね。すごく美しくて同時にユーモアもあり、またご本人は「私はとても厭世的な人間なんです」とおっしゃっていて、確かにそういう部分もあるのだろうし。その透明感に惹かれたのだと思います。
── 発光してましたよね。
昔の大女優さんって、なんか発光してますよね。そのための照明部の技術もあって、つまり顔に影を落とさないようにするわけですが、僕らも今回明確に意識していました。撮影していくうちに、彼女は本当にスターだなと感じました。まるで日本映画の黄金時代の女優たちを撮っているように感じる喜びがありましたね。
── 本作をつくりながら、旅について考えていたのでしょうか?
実は旅についてというよりは、映画を観ることそのものについて考えていました。映画や映画館が自分の人生や日常とどう関係しているかが興味の中心で、本作の根底に流れているものかなと。
観る人や映画によっていろんな受容の仕方があって、完全に別世界に没入しに行く方もいれば、積極的に自分の日常と重ね合わせようとしている方もいる。でも、全然別の世界だけれど、ある瞬間、現実とすごくつながっていると感じる面白さはあって。映画館を出たとき、本を読み終えたとき、旅行から帰ってきた瞬間の、夢から覚めた妙な感じ。すぐ忘れてしまうけれど、好きなんですよね。
Profile

三宅 唱
みやけ・しょう 1984年7月18日生まれ、北海道出身。長編映画『Playback』(2012)がロカルノ国際映画祭インターナショナル・コンペティション部門に正式出品され、『THE COCKPIT』(2014)、『きみの鳥はうたえる』(2018)などで注目を集める。ビデオインスタレーション作品「ワールドツアー」や星野源「折り合い」のMVなど、幅広い映像分野で活躍。
Information
『旅と日々』
強い日差しの夏の海で、夏男は陰のある女・渚と出会う。つげ義春のマンガを原作にした映画で脚本を書き、自分には才能がないと思った李は、ひょんなことから雪深い山奥を訪れ、古びた宿に辿り着く。第78回ロカルノ国際映画祭で最高賞の金豹賞を受賞。TOHOシネマズ シャンテ、テアトル新宿ほか全国公開中。
anan 2471号(2025年11月12日発売)より
MAGAZINE マガジン

No.2471掲載
とっておきの贈り物 2025
2025年11月12日発売
anan恒例の手みやげ・ギフト特集。スイーツライターのchicoさん、ギフトコンシェルジュの真野知子さん、フリーアナウンサーの宇賀なつみさん、料理家/管理栄養士の長谷川あかりさんといったananおなじみのフード賢者たちのトレンド感ある手みやげグルメの紹介のほか、俳優の梅沢富美男さんや、元TBSアナウンサーの堀井美香さんら食通の有名人によるこだわりのセレクトも。いま贈りたいギフトの最適解が見つかる一冊です! 松井玲奈さんによるエッセイや、注目の芸人コンビ・例えば炎の贈り物にまつわるストーリーも必読。




























