
朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』
書くことを通し、現代を鋭く照射する朝井リョウさん。『イン・ザ・メガチャーチ』でも、そのアイロニーたっぷりの観察力と分析力に唸るしかない。本作でモチーフとなるのは、ファンダム経済だ。
ファンダム経済の光と闇を多声的に描き、現代を射貫く
「ファンダムの実態って“大切な対象のために本気で何かを果たしたい人間の集団”だと思うんです。そう考えると、実は選挙や戦争も、似た構造の集団による営みなんですよね。ファンダム経済を要素分解してみると、これまで人間が連綿と行ってきたことにつながる部分を強く感じて、そこにすごく関心を持ちました」
本書で語り手を務めるのは3人。背景や立場は異なるが、孤独や不安を抱えているところは同じだ。
レコード会社勤務の久保田慶彦は、かつて洋楽部門のプロモートで活躍していたが、47歳のいまは仕事でもくすぶり、一人娘の武藤澄香の留学支援だけが心の拠りどころ。大学生の澄香は父の影響もあって海外志向が強いが、周りはスキルもモチベーションも高い学生だらけでコンプレックスを刺激される日々。契約社員の隅川絢子はある俳優を推していたが、彼をめぐるニュースが飛び込んできて状況が一変する。
「いわゆる“推し活”に興味がなかった、むしろ若干軽蔑すらしていた澄香がアイドルにハマる理由として、恋愛感情は違うと思いました。最近は、自分の思想や指針みたいなものを重ねるタイプの推し方をよく見る印象があって、こちらのほうに説得力を感じ、その過程を端折らず丁寧に積み重ねたつもりです。MBTIという性格診断テストが出てきますが、令和の大学生を描写する一要素として有益だと思い、登場させました。私は自分のタイプを知らなくて、友人から“あんたは多分これ”と言われたものを鵜呑みにしています」
久保田は、ファンダムを操る側だ。
「ファンダム経済の内側にいる人の物語はよく見るけれど、構築する側の物語はあまり見ないなと。自分自身、集団を操る側の心理を掘りたかったんです。その2人に加えて、かつてファンダム経済の真っ只中にいた隅川絢子の視点を置くことによって、自分が理想としていた照らし方にかなり近づけたと思います。物語の入り口はファンダム経済ですが、それこそ選挙や戦争など、人間の集団が本気で動くときの原理に立体的に迫りたい思いがありました」
タイトルは、朝井さんが“メガチャーチ”という言葉を初めて知ったときに強烈なインパクトを受けたことから考えたものだという。メガチャーチは、アメリカなどで急速に拡大している現象である。
「アメリカでは、かつて強固だった街と教会と住民の関係性が薄れているようです。ただその中でも教会側が様々な施策を仕掛けて若者を集め、ひとつの居場所として機能しているところもあるそう。その“仕掛け”次第で、ただ居場所を求めていた若者を特定の思想に染め上げることも可能なんですよね。あとは、ヒップホップによく登場する“in the どこどこ”という歌詞には“そこにいる自分を誇っている”的なニュアンスがあるということを知って、じゃあ“イン・ザ・メガチャーチ”とすれば、自分は胸を張ってそこにいるのだという意味を付与できるなと。私自身、推しでも何でも、これが自分の一等星だと胸を張って言える人への羨望が強いので、その両義性を表現したかったんです」
メガチャーチは、居場所やつながりを求めてやまない人間の性分や心情とも関わっているのではないかと朝井さんは言う。
「だからこそ私は、作者が読者をどこかへ導く物語より、色んな立場の人が同じ解像度で存在するような多声性に富んだ物語を好むのかもしれません。物語の持つ人を動かす力を、私自身が最も警戒しているのかも」
Profile

朝井リョウ
あさい・りょう 1989年、岐阜県生まれ。2009年、『桐島、部活やめるってよ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。『何者』で直木賞、『正欲』で柴田錬三郎賞。昨年発売の『生殖記』は、キノベス!2025第1位に選出。
Information
『イン・ザ・メガチャーチ』
書籍の帯についているQRコードを読み込むと、本作が完成するまでの過程が楽しめる、朝井さん自身が撮影したBehind動画が見られる。日本経済新聞出版 2200円
anan 2466号(2025年10月8日発売)より