
ニッポンの社長。左・辻 皓平(つじ・こうへい)さん、右・ケツさん
今年7月、漫才とコントの二刀流No.1を決める賞レース『ダブルインパクト』で見事、初代王者に輝いたニッポンの社長。自分たちの“面白い”を貫く彼らに、今の思いをインタビュー。
『ダブルインパクト』優勝後も、日々舞台に立ち続けるニッポンの社長。取材は、ルミネtheよしもと夏休み特別公演の合間に行った。
―― 優勝後、なにか変化はありましたか?
ケツ テレビの仕事が増えたり、新幹線がグリーン車になったり…。あと、社員さんが前より優しくなった気がします(笑)。
辻 お客さんが長い拍手をくれるとか「祝福してくださってるんやろな」と感じることがありますね。それから、行きつけの店に行ったら、頼んでないもんを出してくれました。これまでそんな話したことないのにサービスしてくれたんで、言わないだけで僕のことを知ってくれてはったんかなぁと。
―― 『キングオブコント』(以下、KOC)では、5年連続で決勝に進出するも、優勝には手が届きませんでした。それもあって、今回の優勝は悲願だったのでは。
ケツ むちゃくちゃ嬉しかったです。お世話になっているロングコートダディさんに勝てたのも、すごいメンツの審査員さんに点数を入れてもらったのも嬉しくて…。いろんな「嬉しい」がありました。でもなぜか実感が湧かなくて、フワフワした気持ちでしたね。
辻 実は、展開的に「負けそうやな」って思ってたんですよ。でもやるネタは決めてたので、気持ちは楽でした。お客さんウケに一切寄せず、やりたいだけ・おもろいだけのネタで優勝できたんで、心から「良い大会だな」と思えましたね。芸人からも「それでいけんねや」とか「勇気をもらった」とけっこう言われました。
―― おふたりの世界観を貫いて、優勝できたんですね。
辻 “僕の”世界観です。
ケツ 訂正してまで言わんでええやん(笑)。
―― ニッポンの社長のネタは、大衆に迎合しないイメージがあります。ネタづくりにおいて、なにを大切にしているのでしょうか?
辻 自分が笑える、自分が見たいネタをやることですね。芸歴を重ねると「やりたくないけどウケるから」とネタづくりする人も多いんですよ。でも僕は、それはちょっと寂しい……これが原因で、つるまなくなった芸人もいます(笑)。「楽なほう行ったなぁ」と思ってしまうんで、ポリシーとして「そういうことをせんとこう」と。でも、だからこそ「優勝はできへんやろな」と思ってたんですよ。決勝が限界やと思ってたんで、「優勝できんの!?」と思いましたね。
―― お客さんウケ以上に、自分が見たいと思えるネタを貫く?
辻 そうっすね。自分がハタチくらいのときに見てツボに入っていたのが、ジャルジャルさんや天竺鼠さん。誰より、当時の自分を笑わしたいという感じです。
―― ケツさんは昔、どんなお笑いが好きだったのでしょうか?
ケツ 関西出身なんで、新喜劇や漫才番組に触れる機会は多かったです。中学生のときM-1を見て「漫才カッコいい」と思うようになって、そこからダウンタウンさんや千原兄弟さんのDVDを借りて見るようになりました。
―― 辻さんとはルーツが異なるんですね。ケツさんは、辻さんがつくるネタをどう思うのでしょうか。
ケツ 理解できないネタがあったら、ちゃんと聞きます。
辻 こいつは、聞かんとわからないんですよ。わかったフリして、リハでめちゃくちゃなところにいたりします。
ケツ ズレはあったりします(笑)。
辻 プライド高いから、わからんくてもなかなか聞かないんです。
ケツ わかったフリは、します。
―― それでも優勝できるのが凄いです。天性のプレイヤーですね。
ケツ めちゃ良く言えばそうですけど、ラッキーですね(笑)。
―― 歴史を振り返ると、早い段階で結果を残している印象があります。結成2年でM-1準決勝、3年でKOC準決勝に進出していますね。
辻 でも、決勝にはしばらく行けてませんでした。2020年(結成8年目)に初めてKOC決勝に行けたとき「やっと認められた」と思いました。世に出られへんで終わると思ってたんで「やっとやな」と。
―― 決勝まで行かないと、認められたと思えないものですか。
辻 お笑いファン以外は、決勝に行かないと知らないですから。
―― お客さんウケに寄せないスタイルで「結果が出る」と思えたタイミングがあったのでしょうか?
辻 いや、「このままじゃ飯食えへんやろな」と思いつつ、(寄せるネタは)「やる意味ないしな」と思ってました。そもそも下手なんで、ウケるネタをやろうと思ってもできないんですよね。そのためのボケとかツッコミとか、技術面を鍛えてないから。それはサボって、ただただ右ストレートだけ極めていた感覚です。小手先の技を持ってないんで、とにかくやるしかない。2020年は、決勝に行けるラストチャンスやったと思います。
―― ラストチャンス?
辻 コロナ禍で、お客さんがめっちゃ少なかったんです。審査員さんがお客さんの影響を受けず評価してくれたのが良かったんだと思います。巡り合わせですね。
―― 今年は、KOCに出ないとか。
辻 そうっすね。『ダブルインパクト』優勝したときは「今年2つ優勝せなあかんってなんなん?」って思いました(笑)。僕らはそんな器でもないし、いつもならKOC用にネタを鍛えている時期に戦っていたので過酷でした。死闘を制してボロボロやったんで「おめでとう、次はKOCやな」って言われたときは腹立ちましたよ。なんや、そんなわけないやろと(笑)。あと芸人として、1年でダブルインパクトとKOCの賞金それぞれ1000万円で、2000万円獲ろうとするって「なんやねん」とも思います。なんか気持ち悪いなと(笑)。
―― 不出場は、ケツさんと話し合って決めたのでしょうか?
辻 いや、「もうええやろ」って言ったら「そうっすね」と(笑)。というか、こいつは最初「KOCがあるからダブルインパクトは出ない」って言ってたんですよ。僕は、優勝したことで“優勝の難しさ”を理解しました。今まで5年優勝できていない大会、ほかで優勝したばっかの俺らが優勝できるわけないやんと思います。あと、優勝した後に別の大会に出るって、主催の日テレさんにもちょっと失礼やなと思って。
―― たしかに。
辻 俺が日テレやったら「満足しろよ」って思います(笑)。2代目が生まれるまでは、初代としておらなあかんやろと思いますね。そうやないと、大会の価値がない。勝ったり負けたりしてたら、まわりが「ダブルインパクトってなんやったっけな」と思ってしまいますから。
―― 結果次第では『ダブルインパクト』の格も落ちますもんね。
辻 そうそう。来年以降にも関わってきてまうから、今年は戦うべきじゃないなと。
ケツ 僕も今は「今年はKOC出なくてええか」と思ってます。最初は『ダブルインパクト』の得体が知れなかったので、KOCに挑むペースが崩れたら嫌やなと思ってたんですよ。でも今は、大会が今後も盛り上がるためのことをやっていかなあかんと思ってます。
辻 そもそも、ほかの賞レースで優勝経験ある人らが『ダブルインパクト』に出てんの「嫌やな」と思ってました(笑)。賞レースコレクターを夢としてるなら、いいと思いますけど。僕は元々、戦うのが好きじゃないんです。優勝したのに、なんでまた飛び込むんやろと(笑)。どんだけ好きやねん、戦うの。僕は大会に合わせてネタをつくるのが嫌いなんで、なおさらそう思うのかもしれないです。
―― そもそも、ケツさんが辻さんを誘ってコンビを結成されたそうですね。どんなビジョンで辻さんに声をかけたのですか?
ケツ いや、ビジョンはなかったです(笑)。当時、僕は前の相方と解散してモチベーションが下がっていて、ピンでやっていく考えもない状態やったんですよ。このままじゃもう辞めちゃいそうやな、だからコンビ組みたいな、という状態で。それで、面白い人やと思っていた辻さんに声をかけました。
―― 辞めないために、コンビを組みたかったんですね。
辻 妥協。
ケツ 当時のベストを選んでます(笑)。いま思えば、すごい厚かましいヤツでしたね。辻さんはひとりでも舞台でバリバリやってましたけど、僕はなにをやってるかわからん状態やったんで。
辻 ナメんといてくれと思いましたよ(笑)。こいつは舞台にほとんど立ってないような状態だったんで、活動ペースが違いすぎて。ほんまに「なんでこんな辞めそうなヤツと組まなあかんのや」と思ってました。先輩にも組もうと誘われてたんで、試しに2組並行でやってた時期もあって。ほんまは先輩とのほうがウケてたんですけど、まわりが「ケツのほうがええんちゃう」と言うんですよ。ほんなら、やってみようかなと。
―― なぜケツさんのほうがいいと言っていたのでしょうか?
辻 苦労すると思うけど「飛び道具になる」という感じですかね。「こいつに決めた!」ではなく、「組んでみた」くらいの感じです。
―― 組んで正解だったと思えたタイミングはありましたか?
辻 「俺コントつくれんねや」と思えたときですかね。二人ともしゃべりが苦手やし漫才をメインにするのは無理やな、となって、コントをつくらなあかん状態になったんですよ。そうしたら、けっこうアイデアが出てくるんです。ケツと組んだことで、ネタ書きとして成長できたと思います。
―― それは、ケツさんのキャラクターがあるからですか?
辻 それもあるんですけど、小手先の技術がないからですね。技術でごまかせない分、おもろいことをやるしかない。そして、ケツは見た目が変わってるんで、普通のことをやっててもお客さんが見てくれるんですよね。1分間舞台上に黙って放置しても、一応見てもらえる(笑)。それも込みで、思考の幅が広がりました。もっと器用なヤツと組んでたら、こんなに浮かばなかったと思います。
ケツ 僕は、最初っから組んで良かったと思ってました。僕は自分のことをわからないんで、活かして笑いにしてくれるのがありがたいです。ひとりじゃ賞レースで結果を残すとかも絶対できないし。しゃべりが下手すぎてできないネタがあるとか、縛りも課してしまってますけど(笑)。
―― (笑)。今、ネタがイチオシの後輩芸人を教えてください。
辻 オニイチャンですかね。芸歴若いのに出来上がりつつあって、KOC決勝も見えてるんじゃないかなと。あと、結果出るまではまだまだだと思うんですけど、ゴエモンはおもろいですね。羨ましいくらいの設定を持ってきます。めっちゃ若手で言うと、生姜猫。学生お笑いブームの逆というか、僕らの時代みたいなネタをしてるんで懐かしいです。おもろいことしようとしてめっちゃスベったりもしてますけど、それがめっちゃいいなと。化けそうな感じがします。
―― ケツさんはいかがですか?
ケツ 僕は伝書鳩ですかね。この芸歴で、こんなこと思いついて表現できんねや、と思います。上手いし。
―― おふたりとも、とても若手の方まで網羅されていてさすがです。ほかはいかがですか?
辻 こいつに名前出されても、嬉しないかもしれん(笑)。
ケツ 嫌な気はしないでしょう(笑)。あとマリーマリーは二人ともめっちゃ“人間”でネタをやってるから、おもろいですね。
―― 大阪と東京、バランスよく教えていただきました。
ケツ 狙い通りです。
―― 最後に、今後挑戦したいことを教えてください。
ケツ 今まではあまり縁のなかった、いろんな人が見る番組に出てみたいです。『しゃべくり007』とか。怖いけど知ってもらえるチャンスになると思うので。あとずっと出たいと思ってるのが『A-Studio+』。憧れます。
辻 優勝前に、ドラマの脚本を初めて書いたんですよ。自分はマルチにやらなあかんタイプだと思うので、舞台の脚本とか、誰かのネタを書くとか、幅広く挑戦したいです。
Profile

ニッポンの社長
にっぽんのしゃちょう 2013年コンビ結成。『キングオブコント』2020~2024年ファイナリスト。左・辻 皓平(つじ・こうへい) 1986年生まれ、京都府出身。ネタづくり担当。ロックバンド「ジュースごくごく倶楽部」としても活動。右・ケツ 1990年生まれ、奈良県出身。アイドルグループ「ZiDol」に所属。大の「ちいかわ」好き。
Information
先月、辻さんの初脚本作品となる『パワプロドラマ2025 ―平凡な新社会人の俺がサクセスした話―』が放送された。東京・大阪のよしもと漫才劇場をはじめ、全国の劇場に出演中。今後のライブ出演情報は、FANYチケットで確認を。
anan 2465号(2025年10月1日発売)より