先日、配信されたSIEのイベント『State of Play』(注1)にて、『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』の第二弾トレーラー(注2)を全世界に向けて公開した。今回も、企画、構成、画面選び、セリフ選び、コピー、音付け、編集、ディレクション、MIXなどを贅沢にひとりで楽しんだ。ほぼ1年ぶりの編集作業だった。トレーラーの尺は9分39秒。ちょっとした短編作品とも言える。発売前だが、僕にとっては、これも作品(ゲーム)の一部なのである。
ゲームのプロモーション映像は普通であれば、TVCMや映画の予告編と同じく、外部の映像専門会社に委託する。なぜそれをゲーム制作者の僕がするのか? 技術、納期、バジェットなど、裏事情は色々あるが、最大の理由は、やはり編集という行為が好きだからだ。
ゲーム創りは高度で複雑、生き物の様に日々進化する。だから、飽きることはない。とはいえ、ゲームはインタラクティブだ。見るもの、見せるもの全ては創り手側にはなく、プレイヤーの行動に依存する。一方で、映像は創り手の思惑通りにタイムラインを操作できる。何を見せて、何を見せないか? さらにはそのタイミングも。だから、たまにはタイムラインを自分で制御した旧来の映像作品で、観客を驚かせたいと、僕は編集機の前に座る。自分だけのペースで完結した作業が出来る事も大きい。チームを動かす仕様書もミーティングも不要だ。
僕が初めて編集機に触れたのは、中学生の頃。当時は家庭用のビデオカメラもまだない。友人の父親が持っていた8mmスーパー8カメラを借りて、つまらない自主映画で戯れていたアナログの時代。編集映像が覗ける画面(フィルムエディター)も付いていない、ただのフィルムスプライサー(注3)とスプライシングテープ(注4)での切り貼りを行っていた。切りすぎるとフィルムがダメになる。うまく繋げないと映写機に引っかかる。デジタル世代では当たり前の「undo」(注5)が効かない。だから、細かな編集はできない。あの頃は正直、面白いとは思わなかった。
’90年代、ゲーム制作現場にもMacが導入されるようになった。当時の編集環境はMacとAdobe Premiere。しかも、今とは違うノンリニア編集なので、編集中の結果(レンダリング)は、かなりの時間を待たされ、完成した映像の解像度も低いものだった。
それでもアナログ時代とは違い、デジタル編集は魔法のようだった。トレーラーやPV、CMに使う素材編集、ゲーム内に入れる実写映像などなど。ここから今に続く、僕の編集人生がスタートしたとも言える。
人は時間を超えることも、遡ることも出来ない。タイムマシンやタイムワープといった“SFガジェット”は、現実には実現しそうもない。過去や未来への時間旅行は、宇宙人や魔法の力を借りない限り、無理なのだ。僕らの人生も同じだ。過去を振り返ったり、未来を想像することは出来ても、人生というタイムラインを入れ替えたり、嫌な過去を消したり、楽しかった頃を強調したりは出来ない。さらにゲームの様に生きた人生を何度もやり直し(リプレイ)することも出来ない。
ところが、映像の中であれば、時間を自由に行き来出来る。カットを繋ぎ、入れ替えるだけで、時間を自在に旅することが出来る。
A“ある家の玄関の前でキスをしている男女”のカット。
B“お洒落なレストランで見つめ合いながら食事をする男女”のカット。
この二つを並べ替えるだけで、印象は大きく変わってくる。A→Bだと、既に付き合っているカップルが家から出てきて、何かの記念日にレストランで祝うという物語に見える。
AとBを並び替えてみる。レストランで食事をしてから、どちらかの家まで送っていき、そこで初キスをする。食事を経て、男女に恋が芽生えたというドラマティックな物語が産まれる。さらにキスシーンが夜で、レストランが昼だとすると、時間経過も大きく変わる。A→Bだと、二人がレストランに行くのは一泊した翌日の昼になり、彼らの愛の営みまでも連想できる。B→Aだと、レストランで話をしているうちに夜になり、どちらかの家まで送り、キスをしているということに。AとBの間に太陽が昇る、あるいは沈むカットを入れる(街の明かりが灯る/消えるカットでもいい)と、さらに物語を強くすることができる。編集によって、時間の操作だけではなく、二人の関係や物語をも決定出来るのだ。
リアルな人生はやり直せない。しかし、想像力で編集をしてみれば、そこからまた違ういくつものストーリーを紡ぎ出せるはずだ。そのことで、よりよい未来を想像・創造が出来る。人生を素材としたストーリーテリングだ。
“編集”とは僕にとってのタイムマシンであり、人生を物語ることでもあるのだ。
注1:State of Play 最新のゲームトレーラーやゲームプレイ映像など、PlayStationに関する情報をインターネット上で配信する番組。
注2:小島秀夫監督が現在制作しているゲームの最新ティザートレーラー。
注3:フィルムスプライサー フィルムを切ったり繋いだりする器具。
注4:スプライシングテープ 粘着剤が付きづらいものにも接着する、繋ぎ用の粘着テープ。
注5:undo 直前に実行した操作や処理を取り消し、元の状態に戻すこと。
今月のCulture Favorite
『ザ・ホエール』などを手がけるダーレン・アロノフスキー監督。
俳優のマッツ・ミケルセンが来社。
『DEATH STRANDING』でサムの声を演じた津田健次郎さんと。
こじま・ひでお 1963年生まれ、東京都出身。ゲームクリエイター、コジマプロダクション代表。’87年、初めて手掛けた『メタルギア』でステルスゲームと呼ばれるジャンルを切り開き、ゲームにおけるシネマティックな映像表現とストーリーテリングのパイオニアとしても評価され、世界的な人気を獲得。世界中で年間最優秀ゲーム賞をはじめ、多くのゲーム賞を受賞。2020年、これまでのビデオゲームや映像メディアへの貢献を讃えられ、BAFTAフェローシップ賞を受賞。映画、小説などの解説や推薦文も多数。ゲームや映画などのジャンルを超えたエンターテインメントへも、創作領域を広げている。
「The Game Awards 2023」にて発表した、最新作『OD』の公式ティザートレーラーが、KOJIMA PRODUCTIONSの公式YouTubeチャンネルで公開中。https://youtu.be/j1pnFI1r8N0
『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』の第2弾トレーラーが公開中。https://youtu.be/vtvQHMHXn4g
先日、完全新作オリジナルIP『PHYSINT(Working Title)』の制作を発表。https://youtu.be/WjPc9QI3hjY
★次回は、2388号(2024年3月6日発売)です。
※『anan』2024年2月14日号より。写真・内田紘倫(The VOICE)
(by anan編集部)