光源氏と女性たちが活躍する長編小説『源氏物語』。物語は有名でも、著者自身については「あまり知らない」という人も多いのでは。
D・キッサンさんも、
「紫式部といえば『源氏物語の作者』程度の知識しかなかったです」
3年ほど前から『紫式部日記』を中心に調べ始め、気持ちは一変。
「実は結婚して2年で夫と死別したとか、30代になって初めて宮仕えで働きに出た、のちに天皇の乳母になるほど出世した娘を育てた、などいろいろわかって。女性の生き方として妙に現代に通じる部分を感じ、興味深い人生だなと思いました」
かくて生まれた『神作家・紫式部のありえない日々』は、紫式部の半生を軸にした宮中のコメディ。これがもう、爆笑に次ぐ爆笑なのだ。
舞台こそ平安時代だが、現代に引きつけて描かれているので、親近感が湧く。紫式部の控えめな性格を陰キャ、ひとり娘のいる状況をシングルマザー、彼女が打ち込んでいる物語の執筆は同人活動…。見立てのうまさにうなる。
作中では『源氏物語』で名を上げる前の香子(こうし)、女房名〈藤式部(とうしきぶ)〉として登場。彼女を取り巻く人々もバラエティ豊かで、物語に花を添える。同人誌のいちばんのファンで腐女子の小少将の君、たおやかで控えめな中宮彰子(しょうし)、彰子が慕う爽やかな帝、紫式部に出仕を勧めた賢いひとり娘〈ケンちゃん〉、スランプの紫式部に「締切」を設けてぐいぐい書かせる倫子(りんし)など、人間模様も面白い。
「以前、平安期に変わった感性の才女がいたという設定で『千歳ヲチコチ』という作品を描いたことがあるのですが、まさか実在の才女も描くことになるとは(笑)」
高貴な人々の服装、宮中の様子など、興味の尽きない場面がいっぱい。
「イマドキのファッションの方が流行り廃りも早いし、着せる服でキャラクターの印象も変わってしまう。私にとっては、この時代の画の方がプレッシャーが少ないくらいです。平安文化や紫式部のファンそれぞれが持っているイメージを壊さないようにしつつ、キャラや宮中の暮らしの魅力は存分に伝えたいので、史実には沿いながらいかに大胆にデフォルメするかに腐心しています」
たとえば、他の女房たちから冷たくされて引きこもったことや、自分自身の頭の良さを悟られないようにわざとおっとりふるまったことなどは紫式部の実際のエピソードだ。
「彼女の日記には、少し清少納言の悪口が出てくるのも本当です。ふたりの関係性にも興味があるので、連載が続けばそれについても膨らませていけたらと思っています」
『神作家・紫式部のありえない日々』1 帝と彰子の仲を取り持つ役割も期待されている『源氏物語』。倫子の皮算用は吉と出るのか。『月刊コミックZERO‐SUM』で連載中。2巻はこの秋発売予定。一迅社 700円 ©D・キッサン/一迅社
ディー・キッサン マンガ家。奈良県出身。同人活動を経て、2006年、『共鳴せよ!私立轟高校図書委員会』でデビュー。近著に『三千世の心中』など。
※『anan』2022年7月6日号より。写真・中島慶子 インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)