違和感の言語化が知りたいという思いに。
三浦:ここ2~3年、ジェンダーやフェミニズムという切り口が注目されるようになりましたよね。
瀧井:確かにそうだけど、海外文学でそういう作品が急に増えたというより、日本で紹介される機会が増えてきた印象です。
三浦:むしろそっちですね。
瀧井:MeToo運動が日本でも浸透したのが大きいと思います。韓国では、女性を無差別に狙った江南(カンナム)駅殺人事件が2016年にありましたよね。それを機に韓国の女性たちが立ち上がり、一大ムーブメントのなかで生まれたのが、『82年生まれ、キム・ジヨン』。韓国の女の人が、家族のなかでさえもこんなに虐げられているのかと愕然としました。
三浦:優秀でも、夫の実家に行くと嫁としてしか扱われない感じとか、かなり露骨でしたね。
瀧井:受験や就活での差別もそうだけど、日本人が身近に感じられる問題が多くて、女性の人生カタログになってるんですよね。
三浦:著者は、放送作家として社会派番組を長年担当してきた人。取材してきたことを淡々と出しているような文体だから、読者は自分を投影しやすかったのかも。同じ韓国の『娘について』は女性問題全般の話で、60代のお母さんが語り手なんです。娘は大学院を卒業したのに、仕事が不安定。介護職に就いている母は、グローバルな活動家だった認知症の高齢女性を世話しているんですけど、周囲は雑に扱うのを見て、女性としての行く末にものすごく危機感を抱くんです。作者は1983年生まれなので、普通は娘視点で書くのではないかと思いますよね。ところが、母視点で書いているのが実に新鮮です。女が母や祖母の世代から受けてきたいろんな迫害が、彼女のなかにも染み込んでいるんだなと感じました。
瀧井:たとえばセクハラとかマウンティングって言葉がなかった頃は、もやもやしてもうまく言えなかったし、ひと昔前はストーカーの被害に遭っても「そんなに愛されてよかったね」で片付けられていた。そういう現象が言葉にされることによって、理不尽に思っていいのだと気づき、もっと積極的に知りたいっていうのが、今の流れなのかもしれませんね。
三浦:ジェンダー小説と銘打っていなくても、男女間の問題を描いた作品は日本にも以前からありますよね。柚木麻子さんや山内マリコさんなどの小説はまさにそう。
瀧井:村田沙耶香さんや松田青子さんも、ジェンダー問題にとても敏感です。『問題だらけの女性たち』は、松田さんが海外の書店で見つけて自ら翻訳した絵本なのですが、19世紀の女性たちがどう見られていたか、皮肉たっぷりに書いています。たとえば女性の脳はスポンジみたいな素材だったとかビックリな内容で、しかも錚々たる偉人男性が女性差別的な発言をしているんです。だけどそれを切々と訴えるのではなく、ユーモラスにかわいらしく表現しているところに、しなやかさを感じます。
意識のアップデートが新しい世界を広げる。
瀧井:世界中にある同じような問題を知るという意味で、最近の注目作は『三つ編み』です。インドとイタリアとカナダの3人の女性の物語なのですが、途中で読むのがつらくなるくらい過酷で…。
三浦:イタリアの女性は家業で人毛のカツラを作っていて、カナダの女性は弁護士で、がんになって髪を失ってしまう。インドの女性は不可触民で財産がないから、自分の髪しか神様に奉納できるものがない。3人の人生が女性の象徴である髪で結び合わされていくのがよかった。職場でパワハラに遭うカナダの女性が、日本人の境遇と一番近いかもしれない。個人的にはカナダってフェアネスが浸透している国という印象が強かったので、この描かれ方は意外でした。
瀧井:欧米の国々はもっと平等という意識が強いと思いがちだけど、小説や映画を通して改めて気づくことって結構ありますよね。
三浦:『ノーラ・ウェブスター』は、’70年代のアイルランドが舞台。夫に先立たれて復職するしかない専業主婦が、何も期待されていない社会の空気のなかで自覚的に生きることを目指すわけです。ジェンダー小説っていうのは結局、女性が自己選択していく小説なのかなと思いました。要は女性を取り巻く社会の差別や偏見って、濃いか薄いかの違いはあるけれども、いつの時代も世界中に存在する。そのなかで主人公たちが何を選び、どうやって生きるのかを決意する小説だといえるのかも。
瀧井:ジェンダーを扱った作品はたくさんあるから、カテゴライズすることがはたしてよいのかって思いも正直あります。普及していくためのアプローチも大事だろうし。そういう意味でいいなと思ったのが、『サイモンvs人類平等化計画』。ゲイの男の子がカミングアウトするか悩むYA文学なのですが、10代の子が読むものとしてこういう小説が翻訳されるのは、とてもいいこと。もちろん、大人が読んでも面白いですよ。
三浦:今、ジェンダー小説というムーブメントがあるというより、連綿と書かれてきた歴史はあって、むしろ受け取る側の意識が変わってきたことで花開いたことが、実は一番大きいのかもしれない。
瀧井:本はいつの時代に、どう読まれるかで変わってくるものだから。読む側も意識をアップデートしていくことが大切ですよね。
『82年生まれ、キム・ジヨン』著:チョ・ナムジュ 訳:斎藤真理子 1500円(筑摩書房)
ある日突然、母親や友人の人格が憑依したかのように話し始めたキム・ジヨン。なぜ彼女にそんな症状が現れたのか。誕生から学生時代、受験、就職、結婚、育児…その人生を振り返るなかで、読者は女性の人生に立ちはだかる困難や差別を目の当たりにする。圧倒的な共感と反発が、今日のジェンダー観を浮き彫りにした問題作。
『問題だらけの女性たち』著:ジャッキー・フレミング 訳:松田青子 1200円(河出書房新社)
女性の脳は男性より小さい、深く考える女性の生殖器はダメになる…。19世紀ヴィクトリア朝の“トンデモ女性観”を、イギリスらしい皮肉とユーモアで綴った絵本。ルソー、ダーウィン、ピカソ、クーベルタンなど偉人が続々登場するのも二重の驚き。「問題」が暴かれるほど、不思議と女性がたくましくスマートに見えてくる。
『三つ編み』著:レティシア・コロンバニ 訳:齋藤可津子 1600円(早川書房)
インド、イタリア、カナダ。3つの国で生きる年齢も境遇も異なる女性が、自らの運命と戦う物語。因習が根強く残る場所にも、一見男女平等と思える場所にも存在する差別に打ちのめされるが、それでも前を向く女性たちに拍手を送りたくなる。フランス本国で100万部を突破し、著者自身の脚本・監督による映画化も進んでいる。
『ノーラ・ウェブスター』著:コルム・トビーン 訳:栩木伸明 2400円(新潮クレスト・ブックス)
46歳にして夫に先立たれた専業主婦ノーラが、子どもたちを育てるために20年ぶりに事務員として復職。同僚から嫌がらせを受け、子どもたちとぶつかり合いながらも、自分の足で人生を歩くことの喜びを知る3年間を描く。『ブルックリン』でも知られるアイルランドを代表する作家が、自身の母の姿を投影した自伝的小説。
『サイモンvs人類平等化計画』著:ベッキー・アルバータリ 訳:三辺律子 1800円(STAMP BOOKS)
サイモンはアメリカに暮らすゲイの高校生。同級生にゲイであることがバレてしまい、周囲にカミングアウトするべきか、なぜゲイだけがわざわざカミングアウトしなければいけないのか思い悩む。ネットで知り合った「ブルー」との進展も気になる、青春&恋愛小説。『Love, サイモン 17歳の告白』として映画化されている。
『娘について』著:キム・ヘジン 訳:古川綾子 1900円(となりの国のものがたり/亜紀書房)
夫と死別し、老人介護施設で働く母の家に、30代半ばの娘が同性のパートナーと転がり込んでくる。娘がレズビアンであることを受け入れがたい母、ありのままの自分を認めてほしい娘。ぎくしゃくした共同生活に起こる、いくつかの事件と変化。LGBT、母娘の関係、女性と仕事、老い、貧困などさまざまなテーマを内包している。
たきい・あさよ ライター。著書に『偏愛読書トライアングル』など。辻村深月×今日マチ子、桜庭一樹×嶽まいこなど注目のコンビが続く「恋の絵本」シリーズの編集も担当。
みうら・あさこ ライター、ブックカウンセラー。書評、インタビューを担当するほか、女性の健康などをテーマに執筆。著書に『震災離婚』『そろそろ産まなきゃ』など。
※『anan』2019年7月10日号より。写真・中島慶子 取材、文・兵藤育子
(by anan編集部)
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