
昭和の名作映画に数多く出演し、今なおスクリーンで活躍し続けている倍賞千恵子さん。公開中の映画『TOKYOタクシー』のこと、また日常の密かな楽しみについてのお話も…。
いろんな人の人生を生きられるのが、お芝居の一番の魅力
黒いロングスカートにドレープが美しいドレスシャツ、そしてジャケットというスタイルでスタジオに登場した俳優の倍賞千恵子さん。大御所がいらっしゃる…と緊張していた我々に、にっこりと笑顔を見せてくださり、柔らかい雰囲気の中で撮影&取材が始まりました。

── もうすぐ公開される映画『TOKYOタクシー』で、6年ぶりに山田洋次監督の作品に出演されます。出演依頼を受けたときはどう思われましたか?
最初に山田監督から、「『パリタクシー』という作品のDVDがあるから、ちょっと観てくれない?」と言われて、まずそれを拝見したんです。終活に向かうマダムを乗せたタクシー運転手が、彼女の人生を振り返りながらパリのあちこちを巡る…という内容で、そのマダムの人生は結構ハードなんだけれども、観終わったら幸せな気持ちになっていたの。
その後監督から「日本に置き換えて映画化したい」と言われ、とっても楽しみにしていたんです。台本を受け取って読ませていただいたらちゃんと東京版になっていて、マダムがタクシーに乗る出発地が、葛飾・柴又だったから、もうびっくり。
── 映画を拝見して驚きました。山田監督の名作『男はつらいよ』の舞台の町であり、さくらを演じていた倍賞さんにとっても、思い入れのある町ですよね。
はい。年に一度、柴又で「寅さんサミット」というイベントをやっていまして、去年そのイベントのときに山田さんが、「これから映画のロケハンで、ちょっとこの辺りを見てくる」とおっしゃったのは覚えているんです。でもまさか今回私が演じたすみれさんの家が、柴又の帝釈天の近くにあることになっているとは…。
── 物語は、柴又からタクシーが動き出すことでスタートします。
『男はつらいよ』の映画が終わって、この先はそう何度も柴又には来ないだろうな、と思っていたら、また映画の撮影で来ることができて、しかもそこからタクシーに乗り込んで映画が始まる。いろいろな意味で、“終わり”と“始まり”をすごく意識しました。
── 映画の冒頭、一軒家のドアを開けてすみれさんが出てくるのですが、華やかな紫色の素敵なマントコートを着て、イギリス製の高そうなスーツケースをたくさん持っている。一目で“お金持ちのマダムだ!”とわかりました。
すみれさんはネイルサロンを経営していて、自宅も、ネイルサロンもすべてを売って、終活のために神奈川県にある高齢者施設への入居を決めた…ということなんです。ただ私、今まであんまりお金持ちの役ってやったことがなかったから、衣装さんがブランド物をたくさんそろえてくださったものの、何を選んでいいものやら。
でも監督は、「とにかく挑戦的なヘアスタイルと衣装で!」とおっしゃるから、それを念頭において、コートや洋服、そしてネイルも選びました。そのときにスタッフのみなさんと、「すみれさん、お金持ちらしいけど、どのくらい持ってるのかしら、5000万円くらい?」「いや、ネイルサロン2軒持っていたらしいから3億円くらい?」みたいな話をしたのが、とってもおもしろかったです(笑)。
── そんなすみれさんを乗せて東京を走るタクシー運転手を演じるのが、木村拓哉さんです。『ハウルの動く城』以来、21年ぶりの共演だそうですね。
でもね、あのときのアフレコは1人ずつだったので、顔合わせのときにお会いしたっきりだったんですよ。それで私がジブリの鈴木(敏夫)さんに、「せっかく木村くんと一緒なのに、収録では一度も会わないなんて」と言ったら、1日だけ一緒に撮れたんですけれど(笑)。でもほとんど話らしい話もしていないので、そんなに記憶もなくて。なので今回はちゃんと会って、しかも映画で共演できるので、うれしいし楽しみでした。
── 木村さん、どんな方でした?
すごく真面目な方。あと、目ヂカラが強い(笑)。今回の映画はほとんど車の中での撮影で、運転手役の木村くんが前の席、私は後部座席に座って、後ろから話しかけるシーンが多いんですね。そのときにバックミラーに映る木村くんの目を見て話すような場面もあって。バックミラーいっぱいに木村くんの目がバーンッて映ると、本当に目に力があるんですよ。寅さんを演じていた渥美清さんともたくさん車の中のシーンを撮りましたが、渥美さんは細い目の奥でつぶらな瞳がキラキラ輝く感じだったので、全然違うわ…って思っていました。
あと、タクシーの運転手さんって、運転しながらやることがたくさんあるんですよね。あれこれボタンを押したり、ギアを入れたり。木村くんはそういった所作を本当に自然にこなしながらお芝居もスムーズで。後部座席でそれを見ながら、“すごい”と感動していました(笑)。
寂しさがあるから愛おしい。励ましながら演じた役柄
── この映画は、東京の街を走りながら、すみれさんという一人の女性の人生を振り返る映画でもあります。東京出身で、年齢も近い倍賞さんにとって、すみれさんはどんな方でしたか?
いろんなものを見て、乗り越えて生きてきた、とても強い人だと思いました。でもその裏にはいろんな寂しさをいっぱい抱えている人だとも思う。彼女には、力強さと寂しさ、その両方がありますよね。そんな中で、85歳になり、すべてを売って施設に入る。命を終わらせに行くんですよね。演じていて、とても愛おしかったし、悲しかったし。心の中で「大丈夫よ、すみれさん。頑張れ、頑張れ」って応援しながら演じていました。
── 柴又から始まって、タクシーは東京のいろんな名所を巡っていきますが、東京で生まれ育った倍賞さんからご覧になって、今の東京はどう見えましたか?
単純にまず、すごい街になったなぁと思いました。戦後、なんにもなくてぺしゃんこだった東京が、高いビルが立ち並び、“縦社会”になったな、と。時間はこんなにいろんなものを変えるのか、とも思いましたし、同時にこれでいいのだろうか、とも思いましたけれども。
私、東京だと外苑前のイチョウ並木と絵画館のあたりがとても好きで、昔西麻布に住んでいた頃は、秋になるとよく自転車でそのあたりに出かけていたんです。それを久しぶりに見られて、うれしかったですね。イチョウの葉が落ちると滑りやすくなって危ないのよね(笑)。きっと今、いい時期なんじゃないかしら。だから絶対あの木は切らないでほしい。ただ今回の撮影は実際に走って撮影したわけではなく、スタジオの中に風景映像を流し、そこに置いたタクシーの中で撮影をしたんです。だから実際は行ってないの。
── バーチャルだったんですね。でも、まったくそんなことを感じさせない仕上がりでした。
撮影が始まったばかりの頃は私も慣れなくて、酔っちゃったこともあったんですが、慣れてくると車の外にいる人に手を振ったり、小道具を持って歩くスタッフに「危ない、ぶつかる!」と注意しちゃったりもしました(笑)。
世代を超えてみんな、もっとたくさん話をしよう
── 弊誌の読者は20~30代の女性がメインです。倍賞さんも仕事場などでその世代の女性と一緒になることもあると思うのですが、なにか印象のようなものはありますか?
私は北海道と二拠点生活をしていまして、向こうで過ごす時間も多く、あちらには20代のお友達もいるんです。いろいろ話をすると、すごくおもしろいですよ。私が30歳前後のときと今の世の中はまったく違いますし、価値観も大きく変わりました。だからこそ、若い人の思っていることをもっと知りたいし、逆に若い人たちも、おじいちゃんやおばあちゃんの話をもっともっと聞くとよいと思います。
私たちが経験してきたことの中には、今の若い人たちはこの先経験できないこともあるかもしれない。そういう話を聞いて、自分の中に取り込んで、とどめてほしい。スマホを見るのも楽しいけれど、うつむいてばかりいないでたまには横を見て、直接人とつながることも大事にしてほしいと思います。この映画の結末も、人が出会い、話をしたことからたどり着いたものです。人は誰かと出会って、そのことを通して自分で未来を探していかなきゃね。
── 倍賞さんご自身は、人とお話しされるのがお好きですか?
好きですね。あと、人を見ていろいろ想像するのが好き(笑)。以前私が乳がんを患ったとき、治療のために御茶ノ水の病院まで定期的に通っていて、東京駅で長いエスカレーターに乗って満員の中央線に乗らなきゃいけなかったんです。しょっちゅう同じルートを通っていたとき、ふと「あれ、この人この間は帽子をかぶっていたのに、今日はかぶってない」ってことに気がついて、そこからいろんな人を観察するのが楽しくなっちゃって。
何かに並ばなきゃいけないときも、そこに並んでいる人たちを見ながら「この人は今日お昼に何を食べるのかな」とか「このあとどこに行くのかな」とか考えていると、全然飽きないです。
── それは、俳優という仕事とつながるところはありますか?
そうかもしれません。演じるという仕事は、倍賞千恵子という人間以外の人の人生を歩むことができる仕事で、人が好きな私にとってはそれが一番の魅力なんです。いくつもの人生を生きることができるので、すごく得している気がしています(笑)。
── 今回はお金持ちのマダムでしたが、次はどんな人の人生を演じてみたいですか?
ものすご~~く、悪い人。困った人がお金を借りに来るとニコニコ貸してあげるような一見いい人なんだけど、裏でものすごく悪いことをしているような人。実は泥棒稼業をやってるんだけど、人としての良さみたいなのは根っこにあるような人とか。
── 誰かがこれを読んで、そんなオファーが来たら、私たちもうれしいです。
そう、そういう希望はいっぱい言っておいたほうがいいって、言われたことがあります。誰かそんなお話をくれたらおもしろいわね。
Profile

倍賞千恵子
ばいしょう・ちえこ 1941年生まれ、東京都出身。1961年映画デビュー。1963年に山田洋次監督作品『下町の太陽』に主演。以降『男はつらいよ』シリーズの主人公の妹・さくらを長く演じ、『家族』や『故郷』『遙かなる山の呼び声』など70本の山田監督の作品に出演している。また『ハウルの動く城』(宮﨑駿監督)、『ホノカアボーイ』(真田敦監督)、『天気の子』(新海誠監督)、『PLAN 75』(早川千絵監督)などの映画にも出演。
Information
映画『TOKYOタクシー』
公開中。監督・脚本/山田洋次 原作/映画『パリタクシー』(監督/クリスチャン・カリオン) 共演に木村拓哉、蒼井優、迫田孝也、優香、中島瑠菜ほか。また倍賞さんは歌手としても活躍中。「倍賞千恵子コンサートIII 深呼吸したら思い出した…」を、12/5に京都劇場、12/11にアクトシティ浜松で開催予定。
写真・大森めぐみ スタイリスト・小倉真希 ヘア&メイク・徳田郁子 インタビュー、文・河野友紀
anan 2472号(2025年11月19日発売)より


























