識者3人が語る現代色気論。
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一穂ミチさん/作家
先日、私の前を歩いている年配の男性の元に、同じくらいの年の男性が駆け寄り、「おはようございます」と、はつらつと声をかける場面に出くわしました。その無邪気さと和やかな空気の中に、その人たちが作ってきた時間や、その人たちを大切に育ててきた存在が見えたような気がして、思いがけずときめいてしまったんです。その人たちを作った時間と、手をかけてきた手触りを感じると、ないがしろにしてはいけないような気にさせます。そう思わせるのは尊敬の気持ちからかもしれないし、自分の何かがそこに混ざりうるかもしれないと、想像させてくれるからかもしれません。
独特な言葉遣いをする方にも惹かれます。特に芸人さんの言語能力に驚かされることが多く、曖昧な表現ではなく、想像を超えるようなことをバシッと言う人にドキッとします。最近は丸めた表現が多く、たとえば「エモい」と言えば、全てを説明できたような気になりますが、本当はもっとひとつひとつの感情を自分の中で噛み砕く作業が必要なのかもしれません。言語化できないニュアンスみたいなものを言葉という形に因数分解して、自己表現ができている人は色気を纏っている。そんなふうに日常の中で“色気のツボ”を押してくれるような存在をどんどん見つけていくと、自分自身も魅力的な人に近づけるのかもしれません。
ファーストサマーウイカさん/俳優
知性や品格など、色気を構成する要素はいろいろありますが、その根底にあるのは余裕だと思います。余裕には、隙や余白といった他者から見る「器のゆとり」成分も大きい。人と接する時、相手を食う勢いで向かってくる人より、相手を受け入れる隙を見せられる人の方が、心を開きやすい。自分の価値観を強引に押し付けたり、知識をひけらかす人には何の感興もそそられない。相手の価値観を尊重でき、弱い部分も受け入れられる器のゆとりに色気が宿る。だから大人になるほど色気が増すように感じるのかもしれません。
その余裕やゆとりは、どこから感じるのか。たとえば、お芝居でも色気を表現する時は、たおやかな所作や、ゆっくりねっとりとした言い回しをしがちです。身ぶり手ぶりがやかましく、矢継ぎ早に言葉をたたみかけては、余白を生み出すことはできません。余白があるからこそ、想像や期待をさせる。甘美な薫りや重厚感、湿度や温度を感じてもらえ、そこから色気が生み出されると思います。表情は、やはり笑顔。相手を許容する笑みや含みがあるような妖しい微笑みは色気が薫ってくるし、反対にバカ笑いや引きつった笑顔からは感じにくい。上品な振る舞いと気張らない笑顔が身につくと、余裕が生まれ、その人にしかない色気や魅力が滲み出てくるのではないでしょうか。
三木孝浩さん/映画監督
これまで数々の作品でたくさんの役者さんと接してきましたが、現場で自分の世界に没頭している人よりも、共演者やスタッフに気配りができて、周りのムードを和ませてくれる人に心を掴まれた経験が多くあります。それは日常の中でも同じで、何げない触れ合いの中でもその場の空気を瞬時に察して、自分の役割を汲み取り行動に移せる人は、実に魅力的。それも大げさではなく、自然にさりげなく。一見、利他的な人だと思われるかもしれないけれど、その行動が自分を犠牲にしているわけでは決してなく、自分自身も楽しんでやっているからこそキラキラと輝いて見えるんです。
色気って艶っぽさと表現されることも多いですが、僕は外見ではなく、内面の艶めかしさを感じられる人にすごく惹き込まれますね。弱さ、だらしなさ、不甲斐なさなど、本来は隠しておきたい部分が垣間見えると、無性に愛しく思えてくる。最新作の『知らないカノジョ』で、主演を務めた中島健人さんがそのひとり。顔をくしゃくしゃにしてガン泣きしたり、感情をむき出しにするシーンが多いのですが、今まで見せてこなかった素の部分が漏れ出ていて色気を感じます。内面をさらけ出すって恥ずかしいことのように思えるけど、だからこそ艶めかしさを感じて、色っぽさに繋がるような気がします。
PROFILE プロフィール
一穂ミチさん
いちほ・みち 2007年デビュー。’24年『ツミデミック』で直木賞を受賞。最新作『恋とか愛とかやさしさなら』が絶賛発売中。『ふったらどしゃぶり When it rains, it pours』が実写ドラマ化され、現在放送中。
ファーストサマーウイカさん
昨年の大河ドラマ『光る君へ』で清少納言役を好演。俳優のみならずタレント、歌手とマルチに活躍。現在出演中のドラマ『フォレスト』(テレビ朝日系)は毎週日曜22:15~放送中。4月25日公開の映画『花まんま』にも出演する。
三木孝浩さん
みき・たかひろ 2010年に『ソラニン』で長編監督デビュー。『きみの瞳が問いかけている』をはじめ、あらゆる世代の心に響く珠玉のラブストーリーを送り出してきた名手。最新作『知らないカノジョ』が2月28日より全国ロードショー。
anan2435号(2025年2月19日発売)より