弱者を切り捨てる、効率主義に基づく恐ろしい思想。
優秀な人間を増やし、劣った人を排除しようとするのが「優生思想」です。象徴的なのはナチスドイツ。「アーリア人は世界一優秀で、最も卑劣なのはユダヤ人だ」と根拠もなしに決めつけ、大量のユダヤ人を強制収容所に送り虐殺しました。ナチスはそれ以前に、障害のある人々を排除していました。第一次世界大戦に負け、民族の誇りを傷つけられたドイツ。世界恐慌に襲われ、強い国として復活を遂げねばならなくなったときに、「効率の悪い人間はいらない」と、障害のある人やLGBTの迫害を始めたのです。ドイツ国民はこれに対して否定的な声をあげませんでした。国の成長のためには仕方がないと段階的に優生思想に染まり、ユダヤ人虐殺も容認してしまったのです。
ナチスの崩壊により、この思想の根本的な間違いにドイツは気づきましたが、戦後も優生思想を続けていたのが日本です。1948年に「優生保護法」を制定。「不良な子孫の出生の防止」「母性の生命健康を保護する」ことを目的に定められ、本人の同意なしに中絶、避妊、断種(手術により生殖能力を失わせること)をさせていました。この法律は1996年、「母体保護法」に改定されるまで続きました。
優秀か否かを国が選別し、劣っている人を、国を挙げて差別するというのはとても恐ろしいことです。これは産業構造に支配された考え方といえます。学校教育でも科学の発展につながる理数系は尊重され、国語や音楽など、生産性に直結しないものは役に立たないというような価値基準が広がってはいないでしょうか。
7月、有名ミュージシャンが、優れた遺伝子を持つスポーツ選手や芸能人の配偶者は、国家プロジェクトとして政府が選定するべきじゃないかとツイートし、大きな波紋を呼びました。これは、優秀でなければ社会に必要ないという考えに結びついてしまいます。「効率の悪い人は社会のお荷物」という感覚は、私たちのなかに、拭えず残っているのかもしれません。優生思想的なものがあるかもしれないという自覚は持っておきましょう。社会の効率主義が変わらないかぎり、優生思想は生き続けてしまう恐れがあります。
堀 潤 ジャーナリスト。元NHKアナウンサー。市民ニュースサイト「8bitNews」代表。「GARDEN」CEO。監督2作目となる映画『わたしは分断を許さない』が公開中。
※『anan』2020年10月21日号より。写真・中島慶子 イラスト・五月女ケイ子 文・黒瀬朋子
(by anan編集部)