独房で孤独な死を迎えようとしていた無期懲役囚の老人・阿久津実に声をかけたのは、人の言葉を操るホウセンカだった。会話の中で阿久津は「ろくでもない一生だったな」と自身の人生を振り返り始める――。2021年に放送されたオリジナルTVアニメ『オッドタクシー』を手掛けた、木下麦さん(監督・キャラクターデザイン)と此元和津也さん(原作・脚本)が、再びタッグを組んで制作したアニメーション映画『ホウセンカ』が、今注目を集めている。


人間の美しさを丁寧に描いた、珠玉のヒューマンドラマ

「『オッドタクシー』は多くのキャラクターが登場する群像劇で、話が進むに従ってスケールが広がっていく物語でした。次はミニマムな世界観を丁寧に描写し、かつ美しさを追求した作品を作りたいと思いました。そこから人間以外の生き物が喋るアイデアが思い浮かんで、それなら花がいいなと。実を触るとパンとはじける物理的な動きが面白いと思い、ホウセンカを選びました。“はじける”を物語の軸にして、元ヤクザの囚人である主人公の栄枯盛衰を描こうと決めました」

華やかではなく、あえて陰を感じる人物を主人公に設定したのはどうしてなのだろう? そこには木下さんならではの美学がある。

「社会の中で、日陰で生きている人にフォーカスを当てるからこそ生まれる美しいドラマがある。もちろんヒーロー映画のように、カッコよくて逞しい主人公も素敵ですが、弱さと向き合いつつ、身の回りの人を助ける主人公だって僕は魅力的だと思うんです」

阿久津の過去と現在をそれぞれ演じるのは小林薫さんと戸塚純貴さん。共演陣には満島ひかりさん、宮崎美子さん、ピエール瀧さんという卓越した演技力の俳優がそろった。

「この作品は、派手なお芝居は多くないですが、役に命を吹き込む皆さんの凄みと迫力に圧倒されました。特に、小林さんは死が間近に迫った老人の役なので、心身ともに消耗されている様子でした。椅子に座って頭を抱えながら、『疲れた…』と言って休憩を取る姿が印象に残っています。それだけ阿久津を自身に憑依させながら、芝居に臨まれていたのだと思います」

そんな阿久津を通して映し出されるのは、懸命に生きようとする人間の美しさだ。

「この映画を通じて、身の回りの何気ないモノ・景色・人を大切に思っていただけたら嬉しいです。また、誰かを思いやる尊さや、気持ちを伝える大事さに気づくことも、意義のある人生にするためには重要。それらを伝えられたらいいですね。僕は“ヒューマニズム”を描いた作品が好きで、なかでも黒澤明監督の『生きる』には強い影響を受けています。アレも平凡な男が大病を患って、生きることの意味を見出す映画なんです。人間の生き様を美しく丁寧に描くことは、自分が作品を作る上での根底であり、その想いを体現したのが『ホウセンカ』なのです」

自宅の庭に咲くホウセンカを眺めている、35歳の阿久津実(戸塚純貴)。

阿久津と暮らし始めた頃の、29歳の永田那奈(満島ひかり)は、芯が強くて真っすぐな性格。

阿久津の忠実な子分で、しっかり者の林田(左/とろサーモン・村田秀亮)。同じく阿久津の子分で生意気だが憎めない小西(右/中山功太)。

那奈の一人息子の健介。

生まれたてと死にかけの人間だけが、ホウセンカ(ピエール瀧)の声を聞ける。

67歳になった那奈(宮崎美子)。

ceroが書き下ろした楽曲「Moving Still Life」と共に流れるオープニング映像。

独房でホウセンカと会話をしている73歳の阿久津(小林薫)。

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Profile

木下 麦

きのした・ばく 大学在籍時からイラストレーター兼アニメーターとして活動。アニメーターや監督補佐を経て、オリジナルTVアニメ『オッドタクシー』で自身初となる監督、キャラクターデザインを担当し、注目を浴びた。

Information

『ホウセンカ』

「アヌシー国際アニメーション映画祭2025」長編コンペティション部門正式出品作品。死が間近に迫った無期懲役囚の老人が、独房で静かに人生を振り返る。『ホウセンカ』は東京・新宿バルト9ほか全国公開中。Ⓒ此元和津也/ホウセンカ製作委員会

インタビュー、文・真貝 聡

anan 2468号(2025年10月22日発売)より

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