小島秀夫の右脳が大好きなこと=⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚫︎を日常から切り取り、それを左脳で深掘りする、未来への考察&応援エッセイ「ゲームクリエイター小島秀夫のan‐an‐an、とっても大好き⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚫︎」。第31回目のテーマは「“PRADA”に逢う」です。


コジプロ10周年イベント「BEYOND THE STRAND」(注1)を終えた翌日。品川の事務所で雑務をこなし、お台場で開催されるギレルモ・デル・トロ監督の新作『フランケンシュタイン』(注2)のトークイベントに参加、デル・トロ監督との会食後、そのまま羽田空港へと直行、ミラノへの深夜便に乗る。僕は、これから“PRADA”に逢いに行く。

好きなブランドは、年齢や時代、流行と共に変わる。子供の頃から、ずっと同じブランドを身につけている人は少ないだろう。好みの問題だけではなく、誰と付き合うか? どのコミューンに属するか? で、自ずと身支度の傾向は変わる。僕の場合、5~10年のスパンで、好きなブランド、身につけるブランドは変わってきた。

PRADAは、創立100年を超える老舗中の老舗ブランドだ。1990年代に入っても、MIU MIU(ミュウミュウ)やPRADA Linea Rossa(プラダ リネア・ロッサ)などのブランドを立ち上げ、今もファッション界のTOPに君臨している。

10~20代の僕にとって、PRADAは縁遠い、高級ブランドのひとつだった。ショップを覗くことは、ほとんどなかった。ところが、30代になって、PRADAとの関わりが生まれる。

2000年代、パートナーがPRADAのバッグを欲しがるようになった。海外出張の際には、型番の書かれたメモを握り、買って帰ることが増えた。当時、日本では、PRADAのバッグがかなりの人気だったのだ。

それでも僕は、PRADAを身につけてはいなかった。ところが、コジプロ設立後のある日、PRADAの“とあるバッグ”をたまたま見かけて、気に入り、仕事用として購入した。傷んでくると、また同じ型の鞄に買い替えた。色違いは目を瞑るものの、同じ型番か、同じシリーズのものを何度か購入した。ちなみに僕の財布(小銭入れと札入れ)は、ずっとBottega Venetaだったが、ケルン出張中に、プロの犯罪者集団に鞄ごと盗まれてしまい、そこからは験が悪いので、別のブランドの財布に替えてしまった。

PRADAとの本格的な蜜月関係が始まったのは最近だ。4月18日から8月25日までの期間、PRADA青山店にて、朋友のニコラス・ウィンディング・レフン監督(注3)とのインスタレーション「PRADA AOYAMA『SATELLITES』」(注4)が開催された。それまで青山店の前を何度も通ることはあっても、この個性的なガラス製のスキン構造ビルの店内まで足を運ぶことはなかった。

昨年、PRADAの2023年春夏広告キャンペーンを担当していたレフン監督からのラブコールがあり、今回のPRADA青山店でのコラボが実現。インスタレーションやトークイベントをきっかけに、青山店には頻繁に訪れるようになった。出張やイベントの際には、衣装選びをするようにもなった。今年のカンヌのレッドカーペット(注5)の際にもタキシード一式を用意してもらった(第27回参照)。とにかく気持ちの良い人たちが、いつも丁寧に応対してくれる。建物のどこか冷徹なイメージとは異なり、PRADAのプロたちはいつも温かく、人間的だった。

インスタレーション終了後に「PRADA始まって以来の歴代TOPの入場者数! 他の都市でも検討したい!」と思いもよらない連絡を受けた。「ミラノで“Ms.PRADA”が“あなた”にお逢いしたがっている。ファッションウィークにミラノで開催されるPrada SS 2026 Womenswear(プラダ2026年春夏コレクション)にもレフン監督と共に、ご招待したい!」と。かくして、僕は“PRADA”に逢いに行くことになった。

早朝、ミラノ・マルペンサ空港に到着。ホテルにチェックイン。全身PRADAに着替えて、ファッションショーに。世界各国から招かれたアンバサダーやモデル、セレブ(日本からは有村架純さんも参加)やインフルエンサーたちに交じって、ショーを堪能。席は最前列、レフン監督の隣。突然始まり、拍子抜けするほどに、あっという間に終わる。ニュースやテレビでよく見る、ありきたりなファッションショーとは構成が違った。疑問をぶつけると、PRADAは普通のことを嫌うとの返答。ショー終了後に挨拶に現れた“Ms.PRADA”を初めて遠目に見た。あれが“Ms.PRADA”かと。

その後、PRADA財団施設内のレストラン「RISTORANTE TORRE」で、招待客たち、財団関係者たちとの特別なディナー。席にはレフン監督の『ドライヴ』にも出演したキャリー・マリガンも。“Ms.PRADA”とは席は遠かった為に、この日は挨拶のみ。幸運なことに、大好きなジョナサン・グレイザー監督(『関心領域』)とも知り合えた。アフター・パーティーにも誘われたが、連日のイベント疲れが溜まっているので、僕のチームは、ホテルに引き上げることに。どうやら、レフン監督チームは、午前2時まで踊っていたらしい。

翌日、財団本社で次のインスタレーションに関するプレミーティングに挑む。その後、ウェス・アンダーソン監督(注6)がデザインを手がけたという「バール・ルーチェ」で、皆と軽いランチ。ここには以前、観光で来たことがある。

午後からは、“Ms.PRADA”本人へのピッチ。持参した「コジプロのVIP用扇子」(非売品)と清水清三郎商店とコラボしている日本酒「作(ざく)」を渡すと、場は一気に和んだ。“Ms.PRADA”は優しく、キュートな人だった。一方で、ビジネスには手強い感じ。聡明な彼女が話し出すと、財団関係者たちの様子や室温が変わる。幸い、僕らのピッチを、彼女は、Great Idea! と言って気に入ってくれたようだ。

この後、イタリアのメディア数社からのインタビューを受け、レフン監督と財団施設内にある劇場「CINEMA GODARD(シネマ・ゴダール)」へ移動、観客を入れたトークセッションへ。観客の入れ替え後に、これから上映する『2001年宇宙の旅』の簡単な前説をおこなった。皆と一緒に鑑賞したかったが、ディナーがあるので諦めるしかなかった。

夜は再び、「RISTORANTE TORRE」に集合。準備ができるまで、BARでシャンパンを舐めながら、“Ms.PRADA”と深く話し込んだ。ここでは書けないが、直々に新たなミッションも頂いた。考えておこう。

この日のディナーは、“Ms.PRADA”の左隣に僕。右隣は、レフン監督。おかげで“Ms.PRADA”とはたっぷり話すことができた。品川のコジプロまで遊びに来てくれた“Ms.PRADA”の次男でゲーマーのジュリオさんも同席。ゲームの話も場違いにはならずに、盛り上がった。“Ms.PRADA”は、素敵な人だった。高齢にもかかわらず、真摯でエネルギーに満ちていた。想像していた大企業のTOPとはかけ離れた印象だった。PRADAに“外側”から触れ、インスタレーションで少しは、“内側”に入れてもらってはいたが、僕はまだ“本当のPRADA”には逢っていなかったのだ。

PRADAに逢う。それは、PRADAに入るでもなく、買うのでもなく、着るのでもない。“Ms.PRADA”こと、ミウッチャ・プラダ女史と握手をし、活きた会話を交わし、PRADAと彼女の遠くも近くもない未来計画を聴いた。彼女の生き様を垣間見た。

「世界とどう向き合い、どう生き残るか」

彼女の問いに、僕はこう返す。

「“PRADA”とどう向き合い、どう生き残るか」

僕にとってPRADAは、ただのファッション・ブランドではなくなった。PRADAは、彼女の理念であり、哲学であり、生き方そのものなのだ。僕はまたPRADAを好きになった。そして、いつの日か、“PRADA”に逢いに行く。

注1:BEYOND THE STRAND 9月23日に行われたコジマプロダクション10周年記念イベント。多数の豪華ゲストが集結し、数々の情報解禁も行われた。
注2:『フランケンシュタイン』 ギレルモ・デル・トロ監督の新作Netflix映画。配信に先立って一部劇場でも公開された。
注3:ニコラス・ウィンディング・レフン監督 デンマーク出身の映画監督。監督作に『ドライヴ』『ネオン・デーモン』など。『DEATH STRANDING』にハートマン役で出演。
注4:PRADA AOYAMA「SATELLITES」 小島監督とレフン監督による展覧会。ミッドセンチュリー風の空間を舞台に、二人の対話映像などが展示された。
注5:カンヌのレッドカーペット 今年のカンヌ国際映画祭では小島監督とファティ・アキン監督の特別対談が行われ、プレミア上映のレッドカーペットにも登場。
注6:ウェス・アンダーソン監督 『天才マックスの世界』や『グランド・ブダペスト・ホテル』などで知られるテキサス州ヒューストン出身の映画監督。

今月のCluture Favorite

「BEYOND THE STRAND」には、押井守監督、ギレルモ・デル・トロ監督、ジョージ・ミラー監督、ジェフ・キーリーさんも登壇。

イベントの会場で歌舞伎役者の片岡千之助さんと。

Profile

小島秀夫

こじま・ひでお 1963年生まれ、東京都出身。ゲームクリエイター、コジマプロダクション代表。1987年、初めて手掛けた『メタルギア』でステルスゲームと呼ばれるジャンルを切り開き、ゲームにおけるシネマティックな映像表現とストーリーテリングのパイオニアとしても評価され、世界的な人気を獲得。世界中で年間最優秀ゲーム賞をはじめ、多くのゲーム賞を受賞。2020年、これまでのビデオゲームや映像メディアへの貢献を讃えられ、BAFTAフェローシップ賞を受賞。映画、小説などの解説や推薦文も多数。ゲームや映画などのジャンルを超えたエンターテインメントへも、創作領域を広げている。

先日行われた、10周年記念イベントのアーカイブは、こちら!

『DEATH STRANDING』の劇場アニメプロジェクトが始動!

日本酒「作(ZAKU)」とのコラボレーションが実現!

★次回は、2472号(11月19日発売)です。

写真・内田紘倫(The VOICE)

anan 2468号(2025年10月22日発売)より
Check!

No.2468掲載

秋の推し旅2025

2025年10月22日発売

anan恒例の旅特集!今回は“大人の遠足旅”をテーマに国内外、この秋行きたい場所をピックアップ。朝ドラで注目の松江をはじめ、ワインや栗、新米を堪能する八ヶ岳&諏訪のヌーボー旅、いまおさえたい北陸3県ときめき旅のほか、旅慣れた賢者が勧めるタイ・ソウル・台北・香港の週末旅プランなど、内容盛りだくさん。 私たちの毎日を彩った、食、暮らし、健康、美容、ファッション、そしてカルチャーたち。その輝きの数々をキーワードに落とし込み、ジャンル別にあらためてピックアップ。今年大活躍の白石聖さん、しなこさんも豪華に登場!

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新人の発掘に関係する日です。つまり、人知れず頑張ってきた人に光が当たる、抜擢されるということですが、もちろん肝心なのはここからです。期待に応えられるだけの働きをしなくてはなりませんし、多くの場合その働きを継続する必要もあります。背伸びに耐えられるように自分を鍛えていくことが次の課題になるでしょう。

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