
阿津川辰海『最後のあいさつ』
特殊設定をベースに、論理的で鮮やかな解決へと導く筆運びに痺れるファン多し。気鋭のミステリー作家、阿津川辰海さんの最新刊『最後のあいさつ』も、「昭和の国民的刑事ドラマの主演俳優・雪宗衛(ゆきむね・まもる)は妻殺しの犯人か否か」という謎をめぐり、そそる設定が軸になる長編だ。
名俳優の妻が殺された未解決事件。意外な真相に踊らされるのも快感
「中学の頃に雫井脩介さんの『犯人に告ぐ』を読んで、捜査する刑事自らが“劇場型犯罪に対して我々は劇場型捜査で挑む”と、テレビで犯人に呼びかける場面に興奮したんですね。そんな劇場型犯罪の本格ミステリーをいつかやってみたいと思っていたんですが、実在の事件で言えばグリコ・森永事件のようなものより、たとえばロス疑惑のような、事件の中心人物がその言動で全部を引っ掻き回していくというのがイメージに近いかなと。雪宗がどんな事件に関わるかや、30年後に再び疑惑が高まるという枠組みはほぼ組み上がっていたんですが、なかなか彼の目的がわからない。そのときに、雪宗はどんな人生を送ってきた男なのかという属性を与え、彼の半生を追っていくというパラレルの流れができたら、ようやく動機が見えてきて全体がまとまったんです」
雪宗は容疑者として逮捕・起訴され、ドラマのシーズン最終回はお蔵入りに。雪宗は無罪を主張し、自らドラマの役どころの刑事のように、妻殺しの真犯人を名指しする。しかし決定的な解決には至らず、未解決事件になった。そして、新たな類似事件が起きたことで、ミステリー作家の風見創(かざみ・はじめ)とその幼馴染みで記者の小田島一成が、雪宗と事件を調べ直し始めるのだが…。このふたり以外にも、雪宗と事件に関心を寄せる登場人物は多く、しかもみなそれぞれに真相を推理して語りたがる。
「僕はデビュー作の頃から、特別な知識や才能がなくてもがんばって考えれば推理はできるはずという世界観で書いてきたんですね。1892年に出たイズレイル・ザングヴィル著『ビッグ・ボウの殺人』という小説は密室殺人を扱った古典として有名なんですが、新聞に素人探偵がこぞって推理を投書してくるパートがあるんですよ。真相究明とは関係ないのですが、誰もがワクワクしながら推理したがるあのテンションを本作で再現してみたかったんです」
熱狂に巻き込まれつつたどり着いた結末に、きっと舌を巻く。
Profile

阿津川辰海
あつかわ・たつみ 1994年、東京都生まれ。2017年、『名探偵は嘘をつかない』でデビュー。2021年「本格ミステリ・ベスト10」の1位に輝いた『透明人間は密室に潜む』等ベストセラー多数。
Information
『最後のあいさつ』
執筆に影響を与えた作品の一つに、犯罪ノンフィクションの体をとったジョセフ・ノックスの『トゥルー・クライム・ストーリー』も挙げた。光文社 1980円
anan 2465号(2025年10月1日発売)より