
小島秀夫の右脳が大好きなこと=⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚫︎を日常から切り取り、それを左脳で深掘りする、未来への考察&応援エッセイ「ゲームクリエイター小島秀夫のan‐an‐an、とっても大好き⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚫︎」。第30回目のテーマは「“ミャクミャク”と未来を見に行こう!」です。
お盆休みを利用して、先延ばしにしていた“大阪・関西万博”(注1)へ行くことにした。
連載の第26回では、“1970年の大阪万博”経験者としての“2025年の大阪・関西万博”への想いを綴った(注2)。実際に訪れて、55年前と今では、“グローバリズム”と“未来像”はどう変わり、どう伝播(バトン)されていくのかを見届けたい。
大阪・梅田のホテルからタクシーで直接西ゲート(注3)へ向かう。会場に着くと暴風雨がお出迎え。雨男が祟る。ビニール傘をホテルに忘れて来てしまい、折り畳み傘を広げるが、一瞬で壊れてしまう! 横殴りの強風で全身はビショ濡れ。カメラが濡れないように抱え、西ゲートにある“ミャクミャク”(注4)との記念撮影を試みる。ずぶ濡れになりながらも、最初のミッションを完了。
この日の目標は、人気上位のパビリオン2館と“大屋根リング”(注5)。あいにく、大屋根リングは強風の為、閉鎖中。ドローンショーも、ウォータープラザでの噴水ショーも中止。雨男、万歳だ。
大人気のイタリア館。日本初公開の「ファルネーゼのアトラス」、バチカンから運ばれて来たカラヴァッジョの「キリストの埋葬」、ミケランジェロの「キリストの復活」、ダ・ヴィンチ直筆の「アトランティック・コード」など、美術展でも観られない貴重なものを間近で観られた。VIPルームにも入れて貰い、“金のイタリアちゃん”(注6)とも対面できた。
続いて、“GUNDAM NEXT FUTURE PAVILION”(注7)。聳え立つ実物大ガンダム像で記念撮影。軌道エレベーターに乗り、軌道上に浮かぶ「スタージャブロー」(注8)へ。CGがややチープだが、最後に“あの人”の声が聞けたのが満足。
翌日、早起きして、タクシーで再び西ゲートへ。天気もなんとか持ち直した。西ゲートのミャクミャクと晴天下での再撮影。晴れ男、世界の国からこんにちは。
個人的に見たかったアメリカ館。1970年のあの万博。会場近隣に住んでいたので、十数回は通えた。ただアポロ12号が持ち帰った「月の石」だけは見ることができなかった。それが心残りだった。55年目にしてのリベンジ。ついにあの石と対面する! そんな興奮状態の僕に、親切なアメリカ館の関係者が耳打ちしてくれる。「これは前回の万博で展示した石ではなく、アポロ17号が持ち帰った別の石なのです」と。月の石であることは間違いないのだが、リベンジならず。
登れなかった大屋根に上がり、眺望を堪能。さらにいくつかの“自由入場”(注9)で入れる館をハシゴした。
不思議な体感だった。
既視感がある。ヴァーチャルで世界とリアルタイムで繋がっている現代人には、遠い国や遠い未来はもはや感じられない。ハイエンドのゲームやVFX映画に触れている現代人には、展示映像にも驚きはない。アトラクションのクオリティも運営も、ディズニーランドやユニバーサルスタジオのほうがこなれている。
子供の頃に見た様な爆発的な“未来”は感じえなかった。ワクワク、ドキドキとは違う。“ミャクミャク”と続く、予想できうる“明日”。“未来”がなかったのではない。自分にはもう次の“明日”を確認することはできないのだ。あの万博で夢見た“未来”は、すでにほぼ体験した。“ロボット”や“テレビ電話”や“動く歩道”は日常化している。この万博が推奨する“明日”は、子供たちがその到来を目にするのだろう。老人には、もう手を触れることは叶わない。果たして、この“未来デザイン”は正しいのか? 見当ハズレなのか? それさえも知ることは許されない。万博とは、そもそも過去から未来へと“脈々”と時代を引き継ぐ、“明日”を担う子供たちへのイベントだったのだ。老人は“明日”にも立ち会えないのだ。
それでも、万博は楽しかった。
僕の中には、まだこの万博に対しての“脈”が残っている。イタリア館に新たな美術作品、ピエトロ・ペルジーノの「正義の旗」が追加展示されたようだし、フランス館にも入ってみたい。未来は実体験できないが、9月にもう一度、訪れて、「未来見に行こう!」(注10)と思う。
注1:大阪・関西万博 大阪・夢洲の会場にて、10月13日まで開催中。
注2:“2025年の大阪・関西万博”への想いを綴った anan 2448号に掲載。
注3:西ゲート 大阪・関西万博には東と西、2つの入場ゲートがある。
注4:ミャクミャク 大阪・関西万博の公式キャラクター。細胞と水がひとつになって生まれた不思議な生き物。
注5:大屋根リング 藤本壮介設計による、万博のシンボル的存在である、世界最大の木造建築物。
注6:金のイタリアちゃん イタリアパビリオンのマスコットキャラクター「イタリアちゃん」の金の像が展示されている。
注7:GUNDAM NEXT FUTURE PAVILION バンダイナムコによる、ガンダムのパビリオン。約17mの実物大ガンダム像などを展示。
注8:スタージャブロー 上記ガンダムパビリオンの中に作られた宇宙ステーション。
注9:自由入場 予約不要で入退場できるパビリオンのこと。
注10:「未来見に行こう!」 コブクロによる万博オフィシャルテーマソング「この地球(ほし)の続きを」の一節。
今月のCluture Favorite
Profile

小島秀夫
こじま・ひでお 1963年生まれ、東京都出身。ゲームクリエイター、コジマプロダクション代表。1987年、初めて手掛けた『メタルギア』でステルスゲームと呼ばれるジャンルを切り開き、ゲームにおけるシネマティックな映像表現とストーリーテリングのパイオニアとしても評価され、世界的な人気を獲得。世界中で年間最優秀ゲーム賞をはじめ、多くのゲーム賞を受賞。2020年、これまでのビデオゲームや映像メディアへの貢献を讃えられ、BAFTAフェローシップ賞を受賞。映画、小説などの解説や推薦文も多数。ゲームや映画などのジャンルを超えたエンターテインメントへも、創作領域を広げている。
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写真・内田紘倫(The VOICE)
anan 2464号(2025年9月24日発売)より