『九龍城砦 I 囲城』作者の余兒(ユーイー)さん

2008年に香港で刊行された小説『九龍城砦 I 囲城』。それから約16年の時を経て、2024年に本作を原作とした映画『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』が公開。アジア各国、そして今年公開された日本でも大ヒットを記録しているが、作者の余兒さんは、執筆当時どんな思いでこの物語を生み出したのか。先日の来日時にインタビューを敢行し、個性的なキャラクターたちの創造秘話、作品に込められたメッセージ、映画のキャスティングに対する思いなど、胸アツな話をたっぷり聞きました。

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    九龍城砦にはアクションが合うと思いました

    ── 本作は九龍城砦が舞台であることが大きな魅力となっています。なぜこの場所を選んだのか、教えてください。

    子どもの頃、祖父がよくアクション映画を観に連れて行ってくれたんです。祖父が住んでいたのは九龍城というエリアだったので、映画館に行くときはだいたい九龍城砦を通りかかっていました。建物自体は1994年に取り壊されましたが、私にとってとても印象的な場所として記憶に残っています。その後、大人になって、漫画原作者として活動していた時に、物語の設定としてどんな舞台がいいのか、あれこれ考えを巡らせ…。そのうちに九龍城砦が思い起こされて、あのなかでアクションシーンが繰り広げられたら面白いのではないかという発想に至りました。

    ── 建物が入り組んでいるところがアクションに合うと?

    20年ほど前、日本で『九龍城探訪 魔窟で暮らす人々』という写真集と出合ったことで、イメージがクリアになりました。そこには無数の配線が絡み合う天井や、鉄格子、迷路のような狭い通路など、映画で再現されていたような風景が写っていて、そのすべてがアクションを発揮するにはもってこいだと。小説では十二少がバイク乗りなんですけど、映画では信一が九龍城砦のなかでバイクを乗り回していて、そのあたりの改変は面白いなと思いましたし、やはり九龍城砦にはアクションが合うと思いました。

    ── そういったアクションに、友情や絆の物語を組み合わせたのは、なぜなのでしょう。

    九龍城砦は、いわば巨大スラム街であったことから、汚れているとか暴力的といったダークなイメージがあると思うんです。ところが、いろいろとリサーチしていくうちに、例えば城塞の中で宣教活動をしている人がいたり、神父様がいたりすることがわかりました。つまり、ごく普通の生活が営まれていたのです。それまで九龍城砦を描いた作品は、暗い感じのものばかりでしたが、自分の小説では実態に沿って少し温かみのある要素を入れ込みたい。そう思って友情や絆の物語にしました。

    ── 時代設定は80年代です。余兒さんにとってその時代の香港は、どんな場所でしたか?

    私は1977年生まれなので、ほぼ80年代に思春期を過ごしました。その頃は香港映画がとても盛んで、みなさんご存じのアクション映画もあれば、キョンシー映画、黒社会ものなどもありました。80年代になぜ香港映画が盛んだったかというと、ボトムラインがないというか、何をやってもいいという時代だったからだと思います。クリエイティブに関することには制限を設けない。そういった映画を観ることは、私にとって刺激的な体験で、それらの蓄積が今の創作につながる栄養分になっていると思います。

    映画以外にもドラマや音楽、CM、それに日本の漫画など、クリエイティビティに勢いのある時代の中で、私はさまざまな作品からたくさんの影響を受けました。なかでもレスリー・チャンさん(『男たちの挽歌』やウォン・カーウァイ監督作品など香港映画界を代表する名優にして歌手。2003年逝去)の音楽からは、多大な影響を受けました。

    龍兄貴役はレスリー・チャン級の美形でないと!

    ── 小説の中にも、レスリー・チャンさんの『無心睡眠』という楽曲が登場しますよね。余兒さんは、レスリーさんの音楽、またはご本人にどのような魅力を感じているのでしょうか。

    80年代の香港の歌手といえば、レスリー・チャンさんとアラン・タムさんがツートップだったんです。みんな、レスリー派かタム派に分かれて、どちらかを選ぶしかないほどに。私は、幼い頃は流行りの曲としてどちらも聴いていましたが、成長するにつれてレスリーさんの音楽に共感するようになって…。それに、映画の出演が多かったので、劇場で観ているうちにどんどん好きになっていくという感じでした。

    ── 龍捲風のモデルは、レスリー・チャンさんだと聞きました。

    そうなんです。インスピレーションの源になったのは、レスリーさんが歌手活動引退を表明して1988年に行った“さよならコンサート”。私は観客としてその場に居合わせましたが、レスリーさんがステージに登場して「みなさん、こんにちは」と優しい声で言っただけで、うわーっと感情が揺さぶられたんです。当時、30代前半という若さにも関わらず、たった一言で、会場を圧倒するような空気を出せるなんて…! ずっと心に残っていたそのオーラを、龍兄貴に入れ込みました。小説や映画から、それは感じられますよね? 大声を出すわけでなく、優しい語りかけで周りの人がついてくる。龍兄貴に投影したのは、そんなリーダー像です。

    ── 映画では、ルイス・クーさんが龍兄貴を演じましたが、イメージ的にはいかがでしたか?

    レスリー・チャンさんは亡くなっているので、いくら龍兄貴がレスリーさんをイメージしたキャラクターとはいえ、ご本人にお願いすることはもちろんできません。それなら誰がいいのだろうかと、映画の出資者、プロデューサー、それに私の3人で考えた時に、満場一致でルイス・クーさんでした。そこにソイ・チェン監督も加わって、やはり「ルイス・クーさんしかいないですね」と。

    ── その決め手は?

    もちろんイケメンだからです! 龍兄貴はレスリーさんと同じくらいのレベルでイケている俳優さんでないと、絶対に務まらない。それは誰でしょうと考えたら、ルイスさんしかいないわけで。ビジュアルは100%フィット。エンタメ業界のリーダー的なポジションという意味でも合っている。ただ、言い方は少し難しいんですけど、龍兄貴はレスリー・チャンさんなんですよね。仕上がりの良し悪しに関わらず、レスリー・チャンさんなんです…。

    王九の「硬直!」は、気功ではないんです

    ── 本作には個性の強いキャラクターが多数登場しますが、どんなふうに創造したのでしょうか。何かリファレンスなどありますか?

    私はストーリーを作る時に、悪役から考える習慣があります。どれくらいの暴力漢で、どれほどの力加減でやっつけられるのか。そこからストーリーの展開を設定していきます。本作で最初に思いついたのは大ボスでした。その際に何を参考にしたのかというと、香港では知らない人はいないというほど有名な『大時代』(1992年放送)というテレビドラマです。そこに登場する悪役が、とても自己中心的な人物で、それはもう尋常じゃないくらい。その悪役を参考にしつつ、自己中心的な部分をさらに拡大して、頑固で暴力的というキャラクターが、大ボスです。私だったらこんな面倒くさい人とは絶対に関わりたくない! そして、そんな悪役の隣にいるのはどんな人だろうと思った時に、時代劇に登場する武侠(武術を用いる中国エンタメの古来ジャンルの一つ)を現代に持ってくると面白いのではと考えたんですよね。武侠の世界では、指1本で武術を行う人が登場しますが、それが大ボスの手下である王九というキャラクターの発想の起点です。

    ── 王九といえば、劇中では「硬直!」と言って体を硬くする無敵の戦法でもおなじみですよね。

    その武術は、小説にも登場します。ただ、映画ではわかりやすく「硬直」といって気功のように扱われていますが、詳しく言うと気功ではありません。気功の一種でありながらも、正式な名前は「鉄布衫功(てっぷざんこう)」といいます。〝気〟で自分の体を守り、刀や銃などいかなる武器でも傷つけられない。そんな武術です。

    ── では、悪役に対峙する城塞四少(陳洛軍、信一、十二少、四仔)は、どのように考案されたのでしょう? 映画では陳洛軍と、もともと仲間だった三少が出会う設定ですが、小説では陳洛軍と十二少がまずは出会い、友情を深めます。

    陳洛軍は、王道の主人公。とくに変わったところのない人物像です。ただ、一つポイントがあって、それはアクションのレベルが一番高い人ではないということ。その代わり、いくら殴られても立ち上がるという特性があります。耐性があるとでもいいましょうか。それは“香港人感”に通じるところ。打たれても、立ち直る。そんな香港人精神を陳洛軍に投影しました。

    一方、十二少は、もう少しアクションのレベルが高くて無口なキャラクター。対照的とまでは言いませんが、この2人の違いはこうして生まれました。そして、陳洛軍は九龍城砦に入って四仔と出会いますが、その特徴はとにかく体が大きいこと。でも、心はもろいという設定です。仲間たちのなかで、一番優しい人ではあるんですよね。

    じゃあ最後に出会う信一はというと、ほかの3人はアクション派なので、力が少し弱い人。とにかく細身で指が長いのも特徴です。力では敵わないから、ナイフを使う。その腕前は世界一。あと、信一は80年代の日本人アイドルのイメージ。ダントツのイケメンです。

    ── 映画では信一役をテレンス・ラウさんが演じていて、劇中でも登場シーンで「イケメン」と王九に言われていましたが、配役はイメージどおりでしたか?

    そうですね。信一のキャラクターに関しては、九龍城砦の中ではいわば管理職じゃないですか。下っ端でもないわけですし。それなのに変なギャグを言ったり、歌を歌ったりする。そういう両面性のあるキャラクターを、テレンス・ラウさんはうまく演じてくれていたと思いますよ。

    四仔と「日本で公開したら宣伝しに行こうね」と

    ── 余兒さんは、今回、原作小説『九龍城砦 I 囲城』の日本語訳発売を記念したサイン会のために来日されました。定員の10倍を超える応募が殺到したそうですが、日本のファンの盛り上がりをどのように感じていますか?

    ここまで盛大に歓迎されるとは、思ってもいませんでした。ただ、日本で映画が公開されることになったら、おそらくヒットするのだろうと思っていました。日本のみなさんの好みに合うのではと思っていたので。日本での公開が決まる前に四仔(ジャーマン・チョンさん)と雑談する機会がありまして、私は笑い話のようにこんなことを言いました。「もし日本で公開することになったら、宣伝しに行こうね」と。その時、四仔は、「日本でも公開されるんですか?」と想像もしていないような表情をしていまいたが(笑)。そんな伏線もあったので、ぜひ日本で公開してほしいと思っていました。そして、公開が実現して、社会現象とも言えるほどヒットするとはもちろん予想外でしたが、こんなにもみなさんが楽しんでくださって、本当に嬉しく思っています。

    ── 日本のファンは、応援上映をしたり、ファンアートを描いたり、推しグッズを手作りしたりと、熱量が独特ではないですか?

    日本での公開は、考えてみればアジアのなかでもけっこうあとのほうだったので、それまでも各国のファンのみなさんが同人誌や漫画、ファンアートなどを作っているのを見ていましたが、日本でもこんなにたくさん作られるとは驚きです。それに、なんといっても日本は漫画大国。プロの方かと思うほど、クオリティが高いんです。見ていてアート性を感じるというか。四仔にも、「たくさん描いてくれているよ」っていう話をしていたんです。四仔のファンも多いと聞いていますが、忍者という要素がキャラクターの中になんとなくあるから人気が高いのでしょうか? それも予想外で、とにかく嬉しいことばかりです。

    ── 物語の中には、日本のカルチャーが時折登場しますよね。

    この作品は80年代が舞台であって、80年代の香港はすごく日本文化の影響を受けているんです。だから、自ずと当時の日本のモノや流行が、ストーリーにも入ってくる。そんなところが日本人にも懐かしく感じる部分だったのかもしれませんし、共感して楽しんでもらえたのかなと思います。

    この作品が逆境にある人の励みになったら嬉しいです

    ── 小説では、陳洛軍の恋愛がロマンティックに描かれているなど映画とはまた違った魅力がありますが、映画からこの作品を知ったファンに、小説をどんなふうに楽しんでもらいたいと思いますか?

    私がこの小説を書いたのは、今からずいぶん前のことです。仕事がうまくいっていなくて、逆境をどうしたら乗り越えられるかということを考え続けていました。その思いが、実はこの作品のテーマになっている。確かに、映画には陳洛軍の恋愛は描かれていませんが、陳洛軍が逆境に陥るのは映画も小説も同じ。体勢を立て直して、大ボスを倒しに行く。そして友情あり、龍兄貴との子弟関係あり、仲間がいれば大丈夫だよ、どんな辛いことでも乗り越えられるよ、という深いところでのメッセージが込められている。この作品が、どんな状況であれ、読んだ人たちの励みになってくれたらいいなと思っています。

    実際に、日本のファンからそういったメッセージをいただいたことがあって、とても嬉しい気持ちでいっぱいです。私も自分の過去を思うと、いろんな作品と出合い、励まされてきました。辛い時期に漫画『ONE PIECE』を読んで、勇気をもらったこともあります。そんなふうに背中を押してくれるような作品がいい作品であり、『九龍城砦 I 囲城』も誰かに力を与えられたらという思いで書きました。みなさんに…なかでもコロナ禍が落ち着いてからもなかなか低迷から抜け出せない方に、この本が届き、読んでいただけると嬉しいです。

    Profile

    余兒(ユーイー)

    1977年生まれ、香港出身。漫画原作者を経て、『九龍城砦Ⅰ 囲城』にて2008年、長篇小説デビュー。同書に始まる《九龍城砦》三部作は、第二部『龍頭』(2018)、第三部『終章』(2024)からなり、また外伝『信一傳』(2025)も刊行されている。『九龍城砦Ⅰ 囲城』は漫画化され、原作を担当。第七回日本国際漫画賞の入賞作品に選出。

    『九龍城砦Ⅰ 囲城』

    発売中!

    著・余兒 訳・よしだかおり、光吉さくら、ワン・チャイ

    早川書房 2,200円

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    写真・泉山美代子 取材、文・保手濱奈美

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