藤岡陽子『春の星を一緒に』

離婚後に故郷の京都・丹後半島に戻り、看護師として働いて7年の川岸奈緒。大切なひとり息子、涼介の進路にやきもきし、涼介のことをよく知る医師の三上に相談すると、三上が「東京の緩和ケア病棟で働く話」が進んでいることを聞かされる。その緩和ケアをモチーフに、旅立つ人と受け継ぐ人の美しいバトンを描いた『春の星を一緒に』。ドラマ化もされた『満天のゴール』の続編に当たる。著者は、作家であり現役看護師でもある藤岡陽子さん。


緩和ケア病棟を舞台に描かれる、岐路に立つ人々の選択と幸福

「緩和ケア医療に携わる医師とご近所さんという縁があり、いろいろ話を聞かせていただくうちに、緩和ケアについて書いてみたいと思うようになりました。私自身が看護師として医療の現場にいながら、その実情については詳しくなく、緩和ケア病棟とホスピスの違いなども初めて知ったんです。また、一般病棟なら患者さんのバイタルは常に意識しますが、緩和ケアはモニターなどとは無縁。患者さんに、よりよい過ごし方をさせるという考え方で治療が組み立てられていますし、患者さんの希望に最後まで寄りそうのがいちばんの軸になっているんですね。本作のために専門医に取材もしたのですが、目から鱗がぼろぼろ落ちました」

だが、緩和ケアの光の部分だけではなく、積極的な治療はしないというスタンスがもたらす陰の部分――緩和ケア病棟に納得できないまま移ってくる患者さんや、代替医療に活路を求める患者さんなどもいる現実――も、しっかりと描かれている。

生と死の交わりは本書のひとつのテーマだ。奈緒や涼介も、同居する父であり祖父の耕平がコロナにかかり、検査の過程で肺がんも見つかるなどの展開で、その痛みを味わう。

「実は1年前に私も実父との別れを経験し、命の終わりについて考える機会がありました。両親が離婚していて疎遠だった父ですが、最期には記憶が書き換えられるような明るい交流ができました。命が尽きるその瞬間に、亡くなっていく人は遺される人に何を置いていくのか。亡くなっていく人にもそれをつないで生きていく人にも、それぞれ役割があるのではないか。そんな物語が書けたらいいなと。どこにも傷のない完璧な人生なんかないけれど、人生が終わるそのときに幸せだったと思える生き方をしたいという自分の思いも重ね、チャレンジしたのが本作です」

本書にはさまざまな関係性、あるいはさまざまな事情を抱えた親子や家族が多く登場する。たとえば、三上自身は養父母に育てられた過去を持つが、涼介を父性的に助ける存在だ。その三上が上京して勤務先を変えたことで、ある運命的な再会が果たされるのだが、このとき三上はどう振る舞うべきだったのか、簡単には答えが出ないだろう。それでも、あの邂逅には希望が詰まっていた。

「私はいつも自分の小説で、自分が望んでいる、自分が見たい世界を書いている気がします。キレイごとすぎる、理想論すぎると言われるかもしれないけれど、それを見せるのが小説の役割だと思うんですよね」

Profile

藤岡陽子

ふじおか・ようこ 京都府生まれ。2009年『いつまでも白い羽根』でデビュー。2021年、『メイド・イン京都』で京都本大賞、2024年、『リラの花咲くけものみち』で吉川英治文学新人賞を受賞。

Information

『春の星を一緒に』

標題は「I love youを月がきれいですねと訳した」という夏目漱石の著名なエピソードに触発された言葉からつけた。ロマンス要素にも期待。小学館 1980円

インタビュー、文・三浦天紗子

anan 2461号(2025年9月3日発売)より
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No.2461掲載

モテコスメ大賞

2025年09月03日発売

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思いがけない縁や手段によってルートが開けることを表す日です。つまり直接ではなく間接的な形で人と結びつき、場合によっては特別な場に行くことができたりもするでしょう。もちろん、そうした場にふさわしい振る舞いができなくてはなりませんが、大きなチャンスになり得るのは確かですから自分を磨くつもりで臨みましょう。

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