
長年、日本の怪談界を牽引してきた稲川淳二さん。見る者を引き込む臨場感にあふれた語り口や、怖く、時に優しい話作りの秘密。さらに、夏恒例のツアーのことまでを直撃しました!
Index
人から聞いた「話の断片」を組み合わせて怪談に
ラジオで披露していた怪談が人気を呼び、30年以上前に怪談家の道を歩み始めてから、第一線で活躍し続ける稲川淳二さん。多くの人を震え上がらせ、時に胸を打つ「稲川怪談」とも呼ばれる話の数々は、自身の足を使って見聞きした物語から生まれている。
「自分で勝手に『心霊探訪』という言葉を作っていますが、いろいろな場所へ行って人から聞いた話をまとめて怪談にしています。ただ、そのまま使うということは、まずないですね。みなさんのお話や新聞の活字、雑誌に載っていたことなど面白そうだと思ったものを、私は『話の破片』と呼びますが、そうしたもの全部残しておくんですけど。
すると、ある時、一つの破片が出てきて、“これはなんだろうな”と思うでしょ。さらに何年かして、また似たような破片が出てきた時に、“あの破片と合うな”と繋がって話が出来ていくんです。5年越しでまとめる話だってありますから。私は小説屋さんじゃないし、自分で全部を作る話は好きじゃない。語る怪談に関して、もっと生身のものがいいなと思うと、実際にあった話を追求していくことになるんですね。
昔は特に、とんでもない時間に暗いところに行ったりするのが好きでしたよ。とんでもない怖い目に遭うと、参ったなと思う自分と、これはネタになるな! とすごく喜んでしまう自分がいて。普通の人は逃げるのに、2歩も3歩も前に行っちゃうところは偉いもんだと思います。それで人生踏み外して、怪我をしてるんですけどね(笑)」
怪談をまとめる工房には、おじいさんの幽霊が…!

実際に見聞きした話を怪談に仕上げていく作業を行うのは、稲川さん自身が設計をした茨城にある工房だ。
「もともとは物造りをしようと思って作った場所で、お話の最後のまとめをやります。50日以上いたとしても、近所を散歩するのは2回くらい。ずっと同じ机に座って外の景色を眺めながらやっています。夜になると真っ暗で、月明かりだけ。なが〜い下り坂があって、その向こうに国道があって、太平洋が見えて、大きなタンカーが通ったりもします。朝は正面からオレンジ色に輝く太陽が昇ってきますから、部屋の中が真っ赤になりますね。
よく人に、『私の日常は非日常だよ』と言いますが、それが私に合うみたいです。もともと物を作るための場所ですが、その環境でやっているほうが、日常生活と距離感があって、頭の中でふーっと話が広がっていくんですよね。そう、工房には幽霊がいましてね。今から35年前に工房を持つきっかけにもなった、茨城のとある大好きなおじいちゃんです。いただいたソテツが今も大きく育っていますよ。なぜ、いると断言できるかというと、証拠がいくつもあるからです。
たとえば、そのおじいちゃんが亡くなってしまった後に、私の後輩夫婦が遊びに来ましてね。買い出しに行くことになり、奥さんが一人、極真空手の有段者なんですが、彼女だけが工房に残りました。そして、私たちが夕方に帰ると、『座長(稲川さんのこと)のおじいさんがお見えになった』と言うんです。うとうとしていて、ふっと目を開けたら見下ろされていて、すっと帰って行ったと。特徴を聞いたら、ベージュのズボンにチェックのシャツを着て、銀縁眼鏡をかけて日焼けをしていて、白い短髪。間違いなく、おじいさんでした。
また、以前、工房に泥棒が3回入ったことがありましてね。ガラスの窓を割られたのですが、靴の跡が一つの部屋にだけ残っていて、もう一つの部屋には入った様子がないんです。しかも、うちだけ何も盗られていない。という状況が、3回続きました。結局、4回目で泥棒が捕まりましたが、警察が『なぜ何も盗まないで帰ったのか』と聞くと、『あのおじいさんがいたから帰った』と言うんです。そんな出来事が、たくさんあります」
言葉の選び方とテンポにこだわった「喉越しのいい怪談」

聴き手を引き込む怪談を作るうえで大事にしていることとは。
「怪談は話し方で怖くしてもダメです。低い声を出せば怖いとかでもないし、『わっ!』と大きい声を出して驚かせるのは脅しであって怖いわけではないですよね。話そのものが恐ければ、本当に怖くなりますから。そして、怪談は、話を聞いた時も怖いけど、思い出した時にゾクッとして『おお〜…』と言いたくなる後味のいいものがいいですね。私はそれを、『喉越しがいい』と言っています。
目で追う活字とは違いますから、聞き取りやすい言葉にします。もう少し親しみのある言葉にしたほうが入ってくるな、とかね。絶対にやってはいけないのが、事務的であったり硬い言い方です。怪談は、おじいさんやおばあさんが話すような感じのほうが説得力があるし、距離感が近くなる感じもあって面白くなりますから。
私は、自分の祖母や母親が使っていた言葉。あと、昔から使っている電子辞書、表面の金属加工がはげて下のプラスチックが出てきたやつですが(笑)、調べるとたまにすごく古い言葉が出てきたりして、面白いなと思って使ったりします。いくら現代の怪談、シャープなラインが入ったようなスキーッとしたものでも、わかりやすくなければダメですよ。状況がすぐに掴める言葉が一番いいですね。
そして、わかりやすいテンポがあることも大事。ゆっくりしゃべっているように思うかもしれませんが、実は、ダンダンダンダンダン…という一定のテンポが刻まれていて、そこに『こんなことがあってね』と載せていくことで怖くなる。それが崩れたり言い淀むと、もうつまらないでしょ。テンポに載る言葉を選ばないと、話していても妙にしっくりこないですからね」
怪談を作る時に悩むことも少なくないという。
「ツアーのための話を書いて、1週間くらいかけて随分できたと思っていたら、最終的なまとめをしている段階で、やっぱりダメだということも結構多いんです。時間がないから焦りますし、すごく辛いです。昔から集めてきた怪談の破片は、組み合わせの関係によって、つまらくなることもありますから。
あと、一つの公演のなかで似たような話になるのもダメですね。たとえばAとBの話があって、ストーリーは違うけど登場人物がどちらも4人だから、どちらかの話を捨てる…とか。結果的には、いくつかあったものがだんだん減っていき、残った話だけをすることになります」
稲川さんの怪談は描写や音もリアルで、とんでもない臨場感だ。
「怪談をする時は、ストーリーを追っていませんからね。紙芝居みたいに絵を追いながら、見えてきた映像や景色などの状況を話しているんです。もともとの話にはない余分なことも言うし、音も自然と聴こえてきたものを伝えます」
楽しくなければ怪談じゃない!

毎年夏には全国を巡るツアーを行い、また、ライブハウスや球場、さいたまスーパーアリーナなど、さまざまな場所で怪談を披露してきた。みんなで聞くからこそ味わえる面白みもあると教えてくれた。
「ツアーには1000人以上が入る大きな会場もありますが、やっぱり大勢で聞くことで気分がのりますよ。怪談を聞くという同じ目的で集まった人たちが、同じ状況で一緒に時間を共有する。そういうライブ感、生感がいいんです。
ジェットコースターで一緒に乗っている人たちがキャーと叫ぶと、なんだか嬉しくなるでしょ? 怪談はまさにジェットコースターです。私自身も、みなさんが怖がる声を聞いたり、楽しそうにしてくださっている様子を見ると、“やった!”という気持ちになります。怪談は怖いだけじゃダメ。楽しくなかったら怪談じゃないです」
今年も7月12日にツアー『稲川淳二の怪談ナイト』がスタートする。公演数は、なんと52!
「今年はね、面白いですよ。毎年、主役になる話というのがあって、いろいろな話をバランスを取りながら組み合わせていきますが、今年はどの話も味が違うから面白い。たとえて言うならば、懐かしい故郷を思わせるような歴史がある話。とんでもない量の破片から、わずかな部分だけを使った、時代を思わせる懐かしさがあるけれど怖い、夏の終わりに合う涼しげな感じがあります。
また、シャッと鋭い刃物で切られたような恐怖を感じる話や、聞いた後にふっと人恋しくなるような、あの人どうしているのかな? と柔らかな終わり方をする話。ごく一般家庭の夫婦の話もあります。そう、今年はまさに、喉越しのいい怪談ばかりですから、みなさん来た方がいいですよ。昨年の内容も面白くて良かったけれど、毎回、進化したいと思っているので。いろいろな反省も踏まえて、今年は去年の86倍は楽しいですよ!」
怪談は民俗や風俗。人生そのものの中にある不思議です

怪談は怖い話だけでない。さまざまな感情が芽生えるところも大きな魅力になっている。
「ホラー特集なのに申し訳ないですが、あえて言うと、私はホラーと怪談は別ものだと考えています。もちろんホラーも嫌いじゃないですし、許せる範囲の非常識がホラーの魅力だと思っています。でも、怪談というのは人情もあり、いろいろなバリエーションがあって面白いですね。私の話のなかにもジーンとくるものがあるし、稲川怪談の特色というと優しい話ですからね。
お便りも随分いただきますよ。『怪談を聞きにいって泣いて帰りました。ありがとうございました』って。人間の優しさや思いやりを感じてくださるんでしょうね。そう、怪談って、要するに民俗や風俗のことなんです。生活や生きる為の知恵、しきたり、人の情念、思い出、優しさなど、いろいろなものが絡んでくる、まさに人生そのものの中にある不思議。つまり、生きて、いろいろなものを見たり聞いたりすることが怪談なんですね」
8月に78歳を迎える稲川さん。これからやりたいことがあると教えてくれた。
「私、亡くなる前に本を出そうと思っているんです。私が考えても答えが出なかった不思議があって、結構、すごい発見をしたなと思っています。嘘じゃありませんからね。その不思議を、誰かに知られる前に本にして書き残そうと思っています。みなさんへの宿題として、ですね」
Profile
稲川淳二
いながわ・じゅんじ 1947年8月21日生まれ、東京都出身。怪談家、工業デザイナー。DVD「MYSTERY NIGHT TOUR 2024 稲川淳二の怪談ナイト〜怪談喜寿〜LIVE」が発売中。
information
稲川淳二の怪談ナイト
夏の風物詩、稲川淳二さんのミステリーナイトツアーは今年で33年目。7月12日から11月16日に渡って全国を巡り、52公演を行う。震えあり、涙ありの稲川怪談を体感しよう。チケットなど詳細は公式HPでチェック。