青山美智子さん

本屋大賞に5年連続でノミネートされるなど、出版界の注目の的となっている作家・青山美智子さん。待望の最新刊は、人生のさまざまな局面で訪れる「チョコレートがあるシーン」を切り取った連作短編集だ。悲しみも喜びも全てを包み込む、青山作品の中でも最高の後味を伴う逸品となっている。


読者を包む、あたたかな世界を描いてきた、癒しの作家・青山美智子さんにインタビュー。

高校1年生の秋の文化祭で、チョコバナナ係になった女の子。ペアを組むことになった浅見くんのことはそれまで何とも思っていなかったのに、〈こんな声をしているって、知らなかった〉。屋台で一緒にいるうちに、知らなかった情報がどんどん飛び込んできて……(「Piece1 チョコバナナ・コラボレーション」)。20代後半の会社員の女性は、他部署で働く年下の恋人と付き合い始めたばかり。誕生日に彼の家を訪ねると、ホールケーキのチョコレートプレートに自分の名前が「ちゃん」づけで書かれていた。〈いっぺんに、小さな子どもになった気分だった〉。6つも年上だからってお姉さんぶらなくてもいいんだ、彼に甘えたっていいんだ。張り詰めていた気持ちがするするとほどけていく(「Piece9 チョコプレート・バースデー」)。

『チョコレート・ピース』には一編ごとに異なるチョコレートが登場する。チョコレートの種類や味や質感が、その日その瞬間の出来事を彩るアクセントとなっている。

「自分の人生を振り返ってみた時に、“チョコレートがあるシーン”って結構たくさんあるぞと気づいたんです。私がチョコレート大好き人間だからなんですが(笑)」

そこから、さまざまな年代の女性の“チョコレートがあるシーン”を切り取った物語、という着想を得た。

「まず最初に中学生、高校生、20代、30代……というふうに年代を区切っていきました。この年代の悩みって何だろう、どんなテーマにしようかなと考えながら、どのチョコにするかを決めていく作業はすごく楽しかったですね。各短編はストーリーを書くというよりも、記憶のかけらを書く、という意識が強かったんです。イメージとしては、ミュージシャンのMVです。本当は長い長いストーリーのクライマックスのシーンであったり、ここからストーリーが始まっていくぞという直前のおいしいシーンを切り取っていく、そんな感じです」

ananでの連載時に挿絵代わりに掲載され、書籍にも収録された増田彩来さんの写真が、作家に大きな刺激を与えたのだという。

「編集さんから増田さんの写真を初めて見せていただいた時に、いい意味で挑発されたんです。写真ってまさに一瞬を切り取る表現ですが、増田さんの写真ってみずみずしくて、キラキラしていて。過去の記憶が蘇ってくるような感触があったんです。その発光を受けて、私もこんなふうに、小説を書きたいと思いました」

恋のこと、仕事のこと、友達のこと、「推し」のこと。各短編に刻まれたさまざまな記憶のかけら(ピース)は、きっと読者の記憶をくすぐることになるだろう。

「登場人物と全く同じ経験はしていないはず。でも、どこか心当たりがある。なんだか思い当たるものがある。この本を読みながら、読者さんが自分の人生やストーリーを振り返るようなことが起こったら嬉しいです」

同じシーンを別アングルで書く。

本作には、特殊な創作秘話がある。青山さんは2022年から2023年にかけて体調を崩し、入院なども経験した。その頃、『anan』から「チョコレート特集があったら、ショートストーリーをお願いしてもよいですか」と打診があった。その時は断ったのだが、実は後悔が残っていた。

「『anan』は10代20代の頃から愛読していた雑誌です。しかも、題材は大好きなチョコレート! 本当はやりたかったのにという思いが高まりすぎて、ちょっと元気になってきてから、誰に頼まれてもいないのに密かにチョコレートのショートショートを書いていました(笑)。そんな時に、マガジンハウスの書籍編集者さんから、『anan』で小説の連載をしませんかと声をかけていただいて。初めての打ち合わせで担当さんがお土産にくださったのがなんと、チョコレートでした。その方は、前に打診をいただきご遠慮した経緯は知らなかったと思うので、全くの偶然だったんですよ。でも、私はそこで運命みたいなものを感じてしまいました。チョコレートをモチーフに取り入れた、ショートショートの連載にしたいですとお伝えしたんです」

月イチの定期連載は初めてだったが、約1年=全12話を見事完走。ところがその後、計算外の事件が勃発した。

「連載を1年やって12話書けば本になると思っていたら、文章量が少なすぎて一冊になりませんと言われました(苦笑)。でも、私の中では12話で完成していたんです。 もう1年連載をというご提案もいただいたんですが、そうすると違うものになってしまう気がして。じゃあ、文字量を増やすためにどうしたらいいか……と考えていた時に、パッと思い付いたんです。連載の12話はワンシーンで書いていったものなんだけれども、同じシーンを別アングルで、別の登場人物から書いていくこともできるんじゃないかな、と」

かくして連載の12話は「BOX1」、別アングルによる単行本書き下ろしの12話は「BOX2」という2部構成となったのだ。

「BOX2では、本線で脇役として登場してくる人たちが各短編の主人公になっています。書きながら私も“この人、こう思っていたんだ!”とびっくりしました。自分が今まで小説でやってきたこととかこれからもやりたいことって、結局これじゃないかと思ったんですよ。主人公とは別のアングルに立つと世界はこんなふうに見えるよ、他の人は同じ出来事をこんなふうに感じていたよ、と。そのことを知ることで、ちょっと優しくなれたらいいなって。もしかしたら私は、本当はBOX2を書くために、BOX1を書いたのかもしれないと思ったくらいです」

『チョコレート・ピース』をチョコレートで喩えると?

青山さんは必ず、作品ごとに新しいチャレンジをすることを、己に課しているという。

「今まで出した本は書き下ろしがほとんどだったこともあり、なるべくいろいろな年代のいろいろな立場の、老若男女を交ぜて書くようにしていたんです。でも、『anan』の読者は圧倒的に女性が多い。女性を主人公にして、女性の読者さんが読んでくれることを意識して書く、ということに今回初めてチャレンジしました。実際に世に出してみると、男性の方からも熱いご感想をいただくんですよ。しかも、それが思いのほかロマンティックな感想だったりもして(笑)」

一話完結型の短編が積み重なっていった先で、大きな物語がサプライズとともに現れる。連作短編の名手である青山さんは、その形式を最大限に活かして、「別アングル」の想像力を掻き立てるのと同時に、人と人との繋がりの奇跡も描き出してきた。それは『チョコレート・ピース』にも受け継がれているのだが、今回はそこに自分という存在への肯定感が上乗せされている。

「この本が出る頃には私はもう55歳になっているんですが、歳を取って体にいろいろと問題は出てきていますけれども、気持ちはすごくラクになったんですよね。その理由を探ってみると、過去の苦しかった頃のこととかが、今は逆に愛おしいんですよ。その時その瞬間はものすごくつらかったはずなんだけど、よくあの体験をさせてもらえたよね、と今は考えられるようになっている。例えば、本の中でも何話か書いたんですが、今まさにつらい恋をしている人、悩みを抱えている人もいると思うんです。渦中にいる時は苦しいばかりで、誰かに“いつかいい思い出になる”とか言われたら腹が立つと思う。でもその痛みは懸命さからくるものですよね。だから、今を真剣に生きているあなたはとっても素敵だよって。私の子は一人息子なので娘はいないんですが、娘がいたらこういう話をしたかったなぁと思いながらこの作品を書いていました」

今の言葉は、この本の読後感とぴったり同じだ。

「アドバイスではないんですよ。エールでもない。私がこの本を通してやりたかったのは、一瞬一瞬を生きている全ての女性たちへの祝福、なんです」

最後に伺ってみました。『チョコレート・ピース』を喩えると?

「飛び道具っぽい答えになりますが、カカオの実そのものかもしれません。青山美智子という作家の本質というか、小説でやりたいことが濃厚に詰め込まれた、新しい原点といえる一冊になりました」

青山美智子さん

Profile

あおやま・みちこ 1970年生まれ、愛知県出身。横浜市在住。2017年に『木曜日にはココアを』でデビュー。『お探し物は図書室まで』『赤と青とエスキース』『月の立つ林で』『リカバリー・カバヒコ』『人魚が逃げた』にて5年連続で本屋大賞にノミネートされる。

『チョコレート・ピース』

Information

キューブチョコと推し活、マカダミアナッツチョコと結婚、チョコチップクッキーと友情、シガーチョコと大人、ハイカカオと失恋、チョコレートアソートと決意……。人生の折々で訪れる“チョコレートがあるシーン”を描く連作短編集。マガジンハウス 1760円

写真・土佐麻理子(青山さん) 中島慶子(本) 取材、文・吉田大助

anan 2453号(2025年7月2日発売)より
Check!

No.2453掲載

癒しの法則 2025

2025年07月02日発売

ストレスを溜め込みがちな心とカラダをケアする、癒しにまつわるトピックスを集めた特集です。読書会や中国茶サロンなど心をほぐす時間を作ってくれるスポット紹介、おうちでできる簡単デトックス術、声に癒される音声メディアガイド、お取り寄せひんやりスイーツや食感が楽しいグミ、愛でて心が潤う小さくてかわいいものなどなど、さまざまな面からホッと幸せを感じられる情報を詰め込んだ一冊になります。

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