
小島秀夫の右脳が大好きなこと=⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚫︎を日常から切り取り、それを左脳で深掘りする、未来への考察&応援エッセイ「ゲームクリエイター小島秀夫のan‐an‐an、とっても大好き⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚫︎」。第27回目のテーマは「ミッション インポッシブル:デッドカーペット」です。
カンヌ映画祭(注1)の“レッドカーペット”を歩くことになった。イマーシブ・コンペティション部門の審査員は断ったが、朋友ファティ・アキン監督(注2)とのパネルディスカッション(注3)には参加することになった。問題は、夜のプレミア上映(注4)だ。伝統的な映画祭なので、タキシードが必須なのだ。
僕のタキシード歴は、結婚式の際にオーダーメイドで作ったものが最初になる。もう三十数年も前のこと。ただこの“初号機”は、数回しか着る機会はなかった。
2014年、英国のBAFTAゲームアワード(注5)でプレゼンターを務めることになった。ただタキシード一式を運ぶのが億劫だったので、現地でレンタルをした。ところが、日本人サイズはなく、かなり大きめのものを借りることになった。ズボンもシャツもジャケットもブカブカ。仮止めはしていたものの、見栄えは良くない。現地で購入したバーバリーのコートで隠すように会場を回った。
2017年には、ロイヤル・アルバート・ホールで開催されるBAFTAの映画賞(注6)の授賞式に呼ばれた。レンタルのタキシードは着たくない。そこで代官山にあるオーダーメイド専門店で、一式を新調した。ところが、直前に母親が逝去。BAFTA行きはキャンセルになった。この時に作ったタキシードは、一度も袖を通すことはなかった。ただし、この縁がきっかけでスーツの新調はいつもこの店にお願いしている。
ゲーム制作は、体力勝負だ。週に2回か3回はジムに通い、スイミングや筋トレをずっと続けてきた。ところが、コロナ禍でジムを退会せざるを得なくなった。その後、2020年に病気を患った。髪の毛が抜け落ち、筋肉は落ち、脚の血管も浮き、体重は十数キロ以上落ちた。会社存続の危機を察したのか、2021年からコジプロの事務所にスポーツ・インストラクター(光一さん)を手配してくれた。それから毎朝、事務方スタッフと一緒にストレッチを始めることになった。徐々に体力が回復する一方で、ストレス解消に毎晩映画を観ながらの“おやつ”を食べる癖が習慣化してしまっていた。知らぬ間にお腹が出ていたのだ。
レッドカーペットを歩くには、お腹に合わせたタキシードを新調する必要がある。いつものお店に連絡をとった。カンヌまで、もう日にちがない。オーダーで間に合うかどうか。
ちょうど青山のプラダでレフン監督と僕のインスタレーション(注7)の開催準備をしているところだった。タキシードの件をどこかから耳にしたようで、「是非、うちで作らせてください!」とプラダ側から提案された。いつもの店には丁重に断りを入れた。プラダのストアディレクターにスケジュールを説明すると、オーダーメイドは間に合わないと言われた。そこで既製品を試すことにした。“ちょうどいい”サイズを試着してみた。ズボンは、少し直せばいけそう。ただ上着のボタンが留まらない! プラダの達人がすぐさまメジャーを出して、測ってくれた。「4センチ、オーバーですね」。「もう一つ上のサイズなら?」と問うと、「シルエット的にはこのサイズこそがラインが崩れず、お似合いです」と満面の笑顔。結論的には、背中の2箇所で2センチ、ボタンの移動で1センチ稼ぐ。残りの1センチは「小島さんが頑張るしかないです」。
翌朝、光一さんに相談。大腿部やお尻の筋肉をつけることで、脂肪燃焼を高め、さらに腰を捻る運動を取り入れて腹回りを減らすことになった。勿論、夜の映画鑑賞時のおやつも夜中のアイスもケーキも禁止。たかが1センチとはいえ、お腹は最後に減る部位なのだ。ダメならレッドカーペットは諦める。かくして、“デッドカーペット作戦”を開始した。
僕は念願の“レッドカーペット”を歩いている。言葉では言い表せない高揚感がある。世界中のいろんなイベントで“レッドカーペット”を歩いてきたつもりだが、この“レッドカーペット”は格別だ。人生の宝になった。ありがとうプラダ。ありがとう光一さん。次のカンヌでは、自分が関係する映画で、送り手側としてここを歩きたい。
帰国後、“デッドカーペット作戦”の“デブリーフィング”を光一さんに伝え、次なるミッションをお願いした。夏に海パンをはいて、堂々とビーチでくつろぎたい。腹筋のついた若い頃の腹を取り戻したい。そこで提案されたのが“フラフープ”。僕より少し上の昭和世代に流行っていた。簡単だと思ってやってみたが、なかなかうまくいかない。意外と難しい。数回転しては、足元に落ちてしまうのだ。それを見た光一さんは、「出来ない人でも、4週間練習すれば回せるようになりますよ」と。
それから3日目。なんとか右方向には回せるようになった。腹を隠すタキシードを着るためではない。腹筋を披露するために、腹を鍛える。ミッション インポッシブルだ。果たして成功するのか? これから、南国のビーチを満喫する“オン・ザ・ビーチ作戦”を決行する!
注1:カンヌ映画祭 カンヌ国際映画祭。1946年から毎年5月、フランス南部の都市・カンヌで開催されている映画祭。
注2:ファティ・アキン監督 ドイツの映画監督、俳優。監督作に『女は二度決断する』など。『DEATH STRANDING 2:ON THE BEACH』にドールマン役で出演。
注3:パネルディスカッション 今回の二人のパネルディスカッションは“テクノロジーとストーリーテリング”というテーマで行われた。
注4:プレミア上映 カンヌ国際映画祭では、様々な作品のワールドプレミア上映が行われる。今回小島監督が出席したのは『Die, My Love』(リン・ラムジー監督)の上映。
注5:BAFTAゲームアワード 英国アカデミー賞ゲーム部門。2003年から始まった、英国映画テレビ芸術アカデミー(BAFTA)によるビデオゲームに関連する功績を讃える賞。
注6:BAFTAの映画賞 BAFTAが主催する、英国アカデミー賞。
注7:レフン監督と僕のインスタレーション プラダ 青山店で8月25日まで開催されている、ニコラス・ウィンディング・レフンとの展覧会「SATELLITES」。
今月のCulture Favorite
小島秀夫
Profile

こじま・ひでお 1963年生まれ、東京都出身。ゲームクリエイター、コジマプロダクション代表。’87年、初めて手掛けた『メタルギア』でステルスゲームと呼ばれるジャンルを切り開き、ゲームにおけるシネマティックな映像表現とストーリーテリングのパイオニアとしても評価され、世界的な人気を獲得。世界中で年間最優秀ゲーム賞をはじめ、多くのゲーム賞を受賞。2020年、これまでのビデオゲームや映像メディアへの貢献を讃えられ、BAFTAフェローシップ賞を受賞。映画、小説などの解説や推薦文も多数。ゲームや映画などのジャンルを超えたエンターテインメントへも、創作領域を広げている。
最新作『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』新たなトレーラーは、こちら!
先日アメリカで行われた、SXSW2025イベントステージのアーカイブが公開中です。
「The Game Awards 2023」にて発表した、最新作『OD』の公式ティザートレーラーが、KOJIMA PRODUCTIONSの公式YouTubeチャンネルで公開中。
先日、完全新作オリジナルIP『PHYSINT(Working Title)』の制作を発表。
「DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH Game Premiere」のアーカイブはこちら!
anan2452号(2025年6月25日発売)より